美少女な俺様が揶揄われる!
「ちょっと待って!だワン!」
魔術の気配を漂わせる彼女にそう指摘して見せる俺に、慌てたようにメザイアが口を開いた。
「確かに!
確かに急に飛びついたり顔を舐め回したりしたのは非常識だったワン!
でもその結果ファムちゃんが倒れたのは、本当に想定外だったんだ!ワン!」
「勘違い?
そんなに魔術の気配を漂わせてるくせに?」
目を眇めて、ジッ、と彼女の気配を確認する。
魔術の気配が伝わってきていたのは、このヨダレの染み付いたハンカチと、彼女の体全体からだった。
つまり、魔術を行使したのは彼女本人で間違いなく、これは敵対行為と見られても言い訳できない──ように思うのだが。
「これは、私の使ってる香油の副作用、だワン」
「香油?」
香油っていうと、あれか。
異世界モノでよく、シャンプーの代わりとして登場してくる、アレ。
しかし、記憶を探っても昨晩のお風呂でそのようなものを使った覚えはない。
この世界のお風呂は、リッカースライムとかいうスライムに全身の汚れを舐めとってもらい、その後、体に付着した粘液を薬湯で落とす──と言うモノだったはずだ。
前世のようにシャンプーをするシーンなどなかったように思うのだが。
メザイアの言葉に、俺は怪訝に眉根を寄せる。
「私が使ってるソーマピーチの香油は、触れたり触ったりした人をお酒に酔ったみたいな状態にさせる副作用があるんだ。ワン。
だから決して、害意があってやったわけでは……」
チラリ。
決まりが悪いのか、前髪の影からこちらの表情を伺ってくるメザイア。
「そんな危険なものなのに、どうして使ったんだ?
見ようによっては暗殺未遂──」
「普通はここまで酔わないんだワン!
ちょーっと、気分が高揚するくらいのはずだったんだワン!
だから言ったワン!
ファムちゃんが倒れたのは、本当に想定外だったんだ!ワン!」
「……」
信じてくれ、とでも言わんばかりに、こちらを見つめてくるメザイア。
その瞳に涙が浮かんでいるが、嘘くさい……。
しかし実際。
それ以外に妙な気配がしないことも確かで。
「ミ──ファム。
俺のことを心配してくれるのは、正直言って嬉しい。
だがやり過ぎだ」
興奮して、いつのまにかソファから立ち上がっていた俺の服の裾を引っ張って、席に座らせながら窘める。
「……そうだな。
やるにしても、方法が悪かった。
悪かった、メザイア」
「い、いやいや、そもそも私が勇者たるファムちゃんをぺろぺろなんてしなければよかったんだし……。ワン……」
落ち込んだ表情で頭を下げる俺に、メザイアは苦笑いで返す。
しかし、まさかこの体が、ただの酒気だけで酔うほどに酒に弱かったとは……。
いや、これはそう言う魔術が働いていたのだ、一種の状態異常と見てもいいだろう。
魔力量が多いから、それなりにレジスト能力も高いものと思い込んでいたが……どうやら、そうでもなかったらしい。
これは早急に、なんとか対処法を獲得しなければ。
それから俺たちは──というよりも、主にレンだが──例の冒険者失踪事件についての報告を済ませると、どういうわけか、弁償したハンカチを返すのと一緒に、彼女と香油を買いに行く話が持ち上がった。
今でこそ自分のお金は全く持ってないし、こちらの世界での貨幣価値がどの程度のものなのかわからないが……。
(まぁ、日本円換算の基準はレンにでも聞けばなんとかなるだろ)
こうして、少しアクシデントは起こったものの、無事に事件の報告は終わったのである。
⚪⚫○●⚪⚫○●
報告が終わってギルドの一階に降りてくると、何やら雑談をしていたらしいステラとメアリーと合流することになった。
ちなみに、何について話していたのか聞いてみたところ、どうやら俺とレンの関係について、いろいろ妄想を膨らませていたらしい。
「昨晩も一緒だったみたいだし、もしかしてそういえ関係なのかな〜って♪」
「ち、違うし!」
揶揄うように言ってくるステラに、否定の言葉を投げる。
それから俺たちは少しだけ、俺がこの世界に来て初めて出会ったのがレンだったということや、彼にユーリア砦まで連れて行ってもらった時のことを話した。
「もういいだろ、この話は」
どうしても2人は、俺とレンを恋仲にしたいらしく、『それで、いつ付き合ったの!?』を連呼する2人に終止符を打った。
付き合うも何も、まだ会って2日目だし、俺は女の子が好きなのであって、男は趣味じゃないんだよ、そもそも!
……なんて、後半のことは、今の姿で彼女ら2人に言ったら引かれそうな気がしたので伏せたのだが、それが余計に勘違いを生み出したのは、言わずもがな。
そんな紆余曲折の果て、これから何をするかの予定を発表することになった。
「まず、これから入会試験であるゴブリン退治に向かいたいと思ってる。
けど、その前に、あればいいんだけど教会に行きたいんだ」
教会に行けば、もしかするとあの神様っぽいやつから、これからの行動指針を提示してくれるかもしれないからな。
ゴブリン退治はその後だ。
そう説明すると、どうやら2人ともわかってくれたらしく、快く了承してくれた。
曰く、その間に依頼の最高に必要な道具類を揃えておいてくれるのだとか。
「レンは、これからどうするんだ?」
振り返り、茶髪の長身を見上げて尋ねる。
「特に何も決めてない。
──が、試験に俺が出るのは不正扱いされるだろうから、残念ながら一緒には行けないな」
「いや、別に残念じゃないけど」
「うぐ」
俺の切り返しに、少しだけ悔しそうに顔を歪めて見せるレンに、ニヤニヤと笑いかける。
「なんだ、レン。
お前は残念なのか?
そうだろう、そうだろうなぁ、え?
こぉんなかわいい女の子と一緒にいられなくなるんだもんなぁ?」
「そんなんじゃねぇよ!?」
「ほんとかぁ?
実はちょっと、いや、かなり惜しんでるんだろ?
お前さえ良ければ教会についてきてもいいんだぜ?」
強がりをいう彼を、ニヤニヤと笑いながら責め立てる。
まったく。
やっぱりこうやって人を掌でコロコロ転がしてみるのは楽しすぎる娯楽だ。
これからは暇つぶしとストレス発散を兼ねて、毎日レンを弄ってやろう。
しかし、そんな2人の掛け合いも束の間。
ステラはそんな俺たちにニコリと笑いかけると、とんでもないことを口走った。
「ファムちゃん師匠、レンウォードさんと一緒の時は、いつもより楽しそうだよね♪
もしかして好きなの?」
「断じて違う!」
「アハハハハハハ♪
あっやし〜い♪」
「違うから!
なんで俺様がこんな!」
形勢逆転。
レンを攻めていたはずの俺が、いつの間にかステラに揶揄われる構図が完成していた。
くそぅ、マジで違うんだからな!?
俺に、俺にそういう趣味はないんだからなぁ!?




