美少女な俺様が男に間違われる!
俺たち3人が通された応接室──ちなみにレンは別室で待機しているらしい──は、そこそこ広く、清潔感のある部屋だった。
革張りのソファが長方形の机を挟むようにして2脚設置され、木製の床の上には緑のカーペットが敷かれている。
部屋の四隅には何かのモンスターを象った像が配置され、内部になにやら魔力らしい気配のゆらめきを感じた。
(一種の警報装置みたいなものだろうか?)
じっと像を眺めていたことに気づいたメアリーが、小声で教えてくれる。
「ガーゴイルって言うんだよ、ファムちゃん。
金属製の人造の魔物で、悪い人が来たら自動的に捕縛してくれるの」
「へぇ、便利。
アルソ●クいらずじゃん」
「なにそれ?」
「ガーゴイルの人間バージョンみたいなものかな。
天井の角に張り付いて、目からビーム出すの」
「なにそれこわい」
なにを想像したのか、顔を顰めてみせるメアリー。
俺も自分で言っててちょっと怖くなってしまったので、それ以上は口に出さないでおく。
これ以上やると、どういうわけか世界の壁をぶち破って霊長類最強がタックルしてきそうな気がする。
なにせ霊長類最強だからな。
世界とか次元の壁をぶち抜くくらい楽勝にやってみせるだろう。
シュワちゃんだって溶鉱炉に沈んでも、世界の壁を超えて蘇ってくるんだ、霊長類最強ならやりかねない。
それはともかくとして。
受付嬢の案内に従って、俺たちはソファに腰を下ろして誰かがやってくるのを待つ。
俺は誰がくるのか知らないけど、多分この2人は知ってるんだろうな。
「……なぁ、これから俺たちはなにをするんだ?」
そういえば昨日、入会試験が無料で受けられるようになった、とかなんとかいう話を聞いたけど、それと何か関係があるのだろうか?
「まずはギルドマスターと顔合わせだね。
これからファムちゃん師匠は勇者だから、冒険者協会の偉い人とコネを作っておいた方が、色々便利なんだよ」
「んー、よくわかんないけどわかった」
ステラがそういうならそうなんだろう。
俺はこの世界に詳しく無い。
仮に、ここが元の世界の中世ヨーロッパと似たような価値観の世界だったと仮定すると、俺が勇者として魔王を退治しに行こうとすれば、それを狙って、多分色々面倒くさいことを貴族がやらかしにくるのだろう。
おそらく、その時のための後ろ盾として、ギルドの偉い人──たぶん、ギルマスだと思う──とコネを作っておきたいのかもしれない。
──ガチャ。
なんとなく、漠然とそんなことを考えていると、背後で扉が開く音がした。
「おぅ、待たせてすまんかったな」
爽やかなバリトンボイスに視線を向けてみれば、そこには身長3メートルはあろうかという巨大な体躯を、筋肉の装甲に包んだ色黒の和装の男がいた。
黒い着流しから覗く腹筋はシックスパック、胸筋も驚くほど大きい。
髪は灰がかった黒髪で、左の額からは短い角が生えている。
おそらく、鬼族とか鬼人族とか呼ばれている類のやつだろう。
とんでもないほど鍛えられた外功……。
それだけでも半端ないというのに、こいつ、内功まで相当鍛えてやがる……。
下手をすれば俺の師匠といい勝負するんじゃないのか……?
一目見ただけで、自分との格の差を思い知らされる。
今の俺は魔力によって身体能力──ゲーム風に言えばSTR値とAGI値──が強化されているに過ぎない。
つまり、戦闘において最も重要なステータスである勁の扱い──ゲーム風に理解しやすく言うなら、DEX値──は前世のものと変わらないレベルでしかない。
対して、この目の前の男のそれは、師匠のそれと肩を並べるほどのものだ。
気配からだけじゃない。
その姿勢や歩き方、重心の移動、骨の使い方の隅々から、それらを感じることができる。
自然体でいて隙がない。
一言で言えば、ヤバい奴だ。
はっきり言って勝てる気がしない。
もしかして、この人がギルドマスターか?
「……」
「……」
パチリ。
暫定、ギルマスと思しき男と視線が合う。
今にも脳内に『目と目が逢う瞬間気づいた〜♪』と例のメロディーが流れそうな気配。
もう脳内ではそのイントロが流れ始めている。
それと同時に思い出す。
昨日、ユーリア砦でハンス中隊長に突然プロポーズされた過去を。
あの隆々な筋骨に覆われた巨躯を。
今目の前にいる彼と、そのハンス中隊長のあの濁った青い瞳が、重なる──。
「……ふむ、確かに予言通りの見た目だ」
「……ほへ?」
──が、しかし。
彼は俺の美貌に理性を奪われることなく、俺の顔面を一瞥したきりでステラの方へと──正確には、その胸部装甲へと視線を移動させた。
「だが、確か予言では女だと書かれていた。
しかし公爵さんよ、ここにいるのはどう見ても男だろ」
「んなぁ……ッ!?!?!?」
気がついた時には例のBGMは消えていた。
そんなことよりももっと重大な発言に、意識を奪われ絶句してしまったからだ。
(こいつ……!?
俺の美貌が効いてない……だと……ッ!?)
しかも俺のことを男だと言いやがった!
失礼なことにステラの胸を見ながらだ!
「ふぁ、ファムちゃん!?」
気がついた時には、俺の体はわなわなと震えていた。
心なしか、魔力っぽいものが体の奥底から込み上げてきているのを感じる気がしたが、どうだっていい。
「ッ!」
俺は、キッ、と彼を睨めつけると、その身体能力に有無を言わせて猛スピードで飛びかかった。
「だぁれが男じゃボケェエエエエ!!!!!」
意識の端で、部屋の角に設置されたガーゴイルが動き出すよりも早く、俺の拳が男に届──
「あぇ?」
「あっ、すまん!」
──こうとした直前。
気がつくと、俺の視界は天井を映していた。
「……投げ、られた?」
それに気がつくまでには、しばらくの時間が必要だった。
自分の右腕に絡まる男の腕を見て、ようやくそれが理解できる。
──いくら気が立って注意力が散漫になっていたとは言え、技が終わるまでなにをされたか気が付かなかった。
……これが、ギルマスの実力……。
前世、昔師匠に散々ぶん投げられた過去を思い出す。
それを思うとなんだか懐かしい気分になったが、同時に悔しさもあった。
(……俺、こいつ嫌いだ)
投げられたことを実感して腹が立った俺は、ムッと眉を顰めるなりそのまま起き上がり、彼の顔を睨みあげた。
「あー、えっと、すまん。
つい、反射的に──」
「そんなことはどうでもいい。それより訂正しろ」
ビシッ!と指先を彼に向けて、キッと目を三角にして、続ける。
「俺様は女だ!美少女だ!
ファム・ファタールが如く世の男どもを虜にするくらいの空前絶後の超絶怒涛の美少女だ!
よぉく覚えておきやがれデカブツ!」
フン!
鼻息荒くして、言い切ってやる。
そんな俺の怒涛の美少女宣言に圧倒されたのか、しばらく彼はなにも言い返してこなかった。
俺はそんな彼にあっかんべーをして、足音荒くソファへと帰投する。
そして帰投するなり、手足を組んで目を瞑り、完全に外界と意識を遮断せんと試みる。
まったく!
誰が男だ!
こぉんなにかわいいのに!
美少女なのに!
ただ胸がないだけで男にしか見えないとか、マジで失礼極まりないだろ、アイツ!
しかもステラの胸を見ながら言ったんだぞ!
あーくそ!
くそがぁ!
「……あー、本当にすまなかった。
昔からデリカシーがないと良く言われるんだ。
これでも気をつけている方なんだが……」
マジでデリカシーねぇな、今その話すんじゃねぇよ!
巨体が、それに見合わないような俊敏な動きで向かいのソファに向かい、腰を下ろす気配。
隣では、メアリーとステラが微妙な表情を浮かべていた。
「お詫びに、何か茶菓子を用意させよう」
言って、男がパンパン!と2回程手拍子をする。
と、しばらくしてギルドの従業員女性が1人、ワゴンを押して部屋に入ってきた。
ワゴンの上から、何やら甘い匂いが。
「……」
釣られて、うっすらと片目だけ瞼を開けてみると、3段組みのケーキスタンドとポットが乗せられていることに気がついた。
スタンドには、上段に3種類のスコーン、中断に5種類ほどのクッキー、下段には3種類のプディングが乗っていた。
ポットから香るのは、紅茶に似ているがすこし違う風味が混ざっているようにも思える。
「興味を示してくれたようで」
素なのか、それともわざと揶揄っているのか。
男は目敏く、俺が瞼を持ち上げたのを見て口角を上げた。
「ちょうど、モーニングティーの時間だからな。
被ってて助かった」
「それを付け加えなければ、俺様の機嫌も少しは治ったかもしれんな」
「そうなのか?
では、聞かなかったことにしてくれ」
イラッ。
彼の言葉に、思わず青筋が立つ。
前世ではこんな感情的になることなんてなかったのに。
この体になってから何故か知らんが堪えられなくなってきた気がする。
スタッフがケーキスタンドを設置して、それぞれの前にカップを置いて、ポットから紅茶(?)を注ぐ。
いや、紅茶というよりも紫茶と言った方がいいかもしれない。
なぜなら注がれたその液体は、クリアな紫色に染まっていたのだから。
「なにこれ?」
ポットからカップに注がれたついでに、生クリームのようなものをホイップされるのを見届けながら呟く。
「幽霊茶だ。
ゴーストの体内で茶葉を発酵させたものでな。
最近、東洋からよく輸入されるようになったんだ」
「ふぅん、ゴーストの体内で……」
……え?
ゴーストの体内?
「そう。
だから魔力も豊富に含まれていてな、マナポーションの代わりになると、冒険者たちの間で最近流行ってるんだ」
「……へ、へぇ……」
カップの中の紫色の液体を見ながら、相槌を打つ。
幽霊、というのがいまいちパッとイメージできないが、要するに死んだ人の霊魂を使ってるんだろ、これ?
なんか、そう聞くと一気に冒涜的な飲み物に見えて仕方ないんだが……。
チラリ、ステラの方を窺ってみれば、なんということもなく口をつけていた。
逆隣のメアリーも、平然と口をつけている。
「飲んだことのない茶葉だね」
「今回の茶葉は、ヨイツ北部から取り寄せました、エルトメンヒェン種のアルラウネを使わせていただいております」
「へぇ、飲んだことなかったけど、こんな味なんだ……。
温度もいいし、甘味と酸味がちょうどいいバランスだね♪」
「恐れ入ります」
……やべぇ、何の話してるかさっぱりわからん。
お茶の話なのはわかるけど、死んだ人の魂で発酵させたっていうのが衝撃的すぎて飲む気が起きない……。
くそう、これが異世界か……ッ。
郷に入っては郷に従え、ということわざがある。
ここは俺も腹を決めて、飲んでみようじゃないか!
俺は目をキュッと瞑ると、カップの蓋に口をつけて、クイッと傾けた。
熱い中に、仄かな冷たさを感じる。
冷たいのはおそらくホイップクリームか。
溶けきっていないのか、口の中で分離して、奇妙な舌触りを実現する。
「……」
肝心の味の方は、よくわからんが紅茶と違って少し甘みが弱い。
どちらかと言うと酸味と苦味が強めで、それを中和するように柔らかな甘みがあるようだ。
甘さのそれは蜂蜜に少し似ている。
「……うぇ」
はっきり言って、俺の口には合わない。
大人の味って感じがする。
前世の俺なら飲めたかもしれないが、はっきり言って不味い。
いや、不味いというより、これは──。
「……すっごい、冒涜的な味がする……」
その言葉を最後に、俺は二度とカップに口をつけることはなかった。
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