美少女な俺様が朝チュンする!
柔らかな日光が瞼を突き抜ける。
ちゅんちゅんと可愛らしい小鳥の鳴き声と、スー、スーとかわいらしい寝息が鼓膜を揺らして、意識が微睡みの中から覚醒していくのを感じる。
冒険者ギルドから少し離れた位置にあるとある宿屋。
その2階のとある一室のベッドで眠っていた俺は、徐々に覚醒していく感覚を覚えながら、昨日のことをぼんやりと思い出していた。
俺は昨日、誰かと間違われて殺され、この世界に転生してきた。
長い一日の中で、いろんな人と出会い、同じ転生者であるレンとも、それなりに仲良くなって、昨晩には元王族だというメアリーとも、少しは打ち解けられたような気がした。
本当に、長い1日だった。
「ん……んぅ……」
ゆっくりと上体を起こせば、長い銀髪が視界に垂れる。
朝日を受けて、星のように輝いていた。
そんな銀のカーテンの隙間に、1人のかわいらしい女の子──厳密には違うけど──の寝顔が、静かに息を吸っていた。
「……え?」
一瞬、思考回路がショートする。
(いや、待て待て待て待て待て!?
なんでメアリーが俺の布団で寝てるんだ!?)
あまりに唐突な事態に驚いて、思わず体をのけぞらせる。
──むにっ。
「……むに?」
後ろについた手が、何か大きくて柔らかい、弾力のあるものを掴んだ。
触れたことのない感覚。
しかし、なぜかそれが何かわかる。
薄い布の様な手触り。
その下の丸みを帯びた雫型のフォルム。
その頂点は少しだけ固く──って。
「す、すすすすすすすすステラまで!?」
えっ、なんで!?
昨日の夜2人とも隣のベッドで寝てたじゃん!?
なんで俺のベッドに居るわけ!?
「い、いや待て。
落ち着くんだ俺……。
これはきっと、そう、万有引力というやつに違いない。
この世界では、かわいいものに女の子が引き寄せられる謎の法則でも作用しているんだ……ッ!」
早口に、自分に対して言い聞かせる様に呟いてみる。
一昨日前まで非モテだった俺には正直理性がキツい。
先ずは深呼吸して、心を落ち着かせよう。
「すぅー…………………………」
……あ。
メアリーちゃんの柑橘系の甘い匂いだ……。
あとステラちゃんの方からはかすかにりんごの様な甘い香りが……。
「じゃなくて!」
ここにいては俺の理性が保たない。
こうなっては、いち早くここを撤退するに限るだろう。
俺はそう考えると、寝る前に外していたリボンを手に取ってベッドを降りる。
髪型は面倒くさいのでポニーテールに決めた。
……念のため言っておくが、これは決して、昨日レンが俺のうなじに釘付けになっていたから、今日もこの髪型にしようと思ったわけではない。
ただ単純に簡単だからそうしようと思っただけである。
ちゃちゃっと髪を一まとめに縛って、自分の荷物をまとめる。
と言っても、ナイフくらいしかないんだけどな。
(冒険者登録が終わったら、俺がナイフで魔物を殺すのに躊躇しない様に、訓練でもしてみるか)
そんなことを考えながら、俺はその部屋を後にした。
⚪⚫○●⚪⚫○●
裏庭の井戸で顔を洗って口を濯ぎ、身支度を整える。
朝は少し冷たい空気が流れていて、のろのろと動いていた思考回路が一気に息を吹き返した。
前世、ミカネとして生きていた時期──と言っても2日前までのことなんだけど──の日課は、朝の套路だった。
その日課を解消すべく、全ての準備を整えた俺は、周りに誰もいないことを確認してから、師匠から教えてもらった套路を練る。
「ふぅ……」
息を吐きながら、段々を意識して手や足を動かしていく。
外側の筋肉は柔らかく、対して内側の筋肉に意識を集中し、固く──。
師匠の教える護身術は、八卦掌とクラヴ・マガという2つの武術を組み合わせたものである。
八卦掌の基本である歩法に、クラヴ・マガの人間の反射的な行動を利用した攻撃や防御を組み込むことで、短時間である程度の強さまで鍛える事ができる、超実戦的な護身術。
その技術体系のモットーは『臨機応変』と『素早い制圧』。
どんな状況でも相手を素早く制圧することによって、必ず自分と、加えて守るべき人の身を守る。
これは、そういったことを旨に作られた、師匠オリジナルの護身術なのである。
「ふぅ……」
数十分ほどに及ぶ、全ての套路を練り終わり、元の自然体の形へと戻り、振り返る。
「見てたのか、レンタロー」
套路の半分を過ぎたあたりから感じていた気配は、昨日、共に草原グールを撃退した冒険者レンウォード、もといレンタローだった。
「まぁな。
にしても驚いた。今のは太極拳か?」
どうやら套路の動きといえば、公園でよくおじいちゃんたちがやっているようなものをイメージしたらしく、そんな返答がやってくる。
まぁ、たしかにあのゆっくりとした動きで一番イメージが近いのはそれかもしれないし、彼が見にきた時にはもう八卦掌のイメージシンボルと言っても過言ではない走圏はもう終わってたからな。
「いんや、どっちかっていうと八卦掌だな。
イメージしやすいのだと、ナ●トの日向●ジが使ってたやつが近いんだけど、知ってる?」
「あー、懐かしい名前出てきたな。
八卦六十四掌!とかいうやつだろ?」
「そそ。
まぁ実際は全然違うんだけど……。
もしどーーーーーしても、教えてほしいんだったら、弟子入りさせてやってもいいぞ?ん?」
「ち、近い近いって!」
興味津々そうだった彼の元に近寄りながら、ニヤニヤと笑みを向けて下から顔を覗き込む。
すると、彼は顔を紅潮させて両手で突き放した。
「なんだ?
テレてんのか?かわいいやつだな、ん?
まぁ、俺の方がかわいいけどな!」
「ナルシストかよ……ったく」
くっついてからかってきたかと思えば、自分の魅力を自分で褒めるナルシストぶりを見せられてため息をつく。
ふむ。
これはあれだな。
自分から頼み込むのは気恥ずかしくて話を逸らした感じだな?
(こういうやつは、押してダメなら引いてみろ、だな)
俺は彼から離れると、宿の方へと歩き始めた。
「まぁ、気になったらいつでも教えてやるよ。
同郷の者同士、仲良くやろうぜ」
⚪⚫○●⚪⚫○●
朝の日課を終えて部屋に戻ろうとすると、食堂の方から声が聞こえて振り返る。
「ファムちゃーん!」
「わふっ!?」
鼻腔を柑橘系の甘い匂いがくすぐる。
メアリーが俺に抱きついてきたのだ。
「メアリー、おはよう。
なんか今日は元気だな?」
昨晩のテンションとはまるで真逆の態度で察してくる彼女に、俺は訳がわからずたじろぐ。
一瞬、まさか、今朝の美少女万有引力が証明されたのだろうかなんて訳のわからない事が脳裏をよぎる。
落ち着け、落ち着くんだ俺……!
彼女の吸い込まれる様な瞳から視線を逸らして、呼吸を整える。
──と、ふと、彼女の金色の髪の隙間。首筋のあたりに、どこかで見覚えのある模様が浮き出ていることに気がついた。
「……?」
俺の目の高さからだと、少し見上げることになるのだが、彼女の首筋。
鎖骨と首の腱の間の凹んでる場所あたりに、見覚えのあるハートマークが浮き出ているのである。
(これ、俺の下腹の模様と似てる……)
黒だかピンクだかわからない色合いの紋様のハートマーク。
ただ、それが普通のハートマークと違うのは、どこかコンピューターの電源マークみたいに、ハートの尖っているところから突き出る様にして、鍵穴の様な模様が追加されている所だろうか。
こんなの、昨日一緒にお風呂に入った時は無かったと思うんだけど……。
「ファムちゃん?」
じっと見つめ過ぎたか。
怪訝そうに──というよりもむしろ、なぜかやや頬を赤く染めながら名前を呼ばれる。
「あー、いや。
メアリーの首。こんなタトゥー入ってたっけなぁ、って」
言って、ハートマークだか電源マークだか鍵マークだかわからないそれに指を触れる。
「え、私タトゥーなんて入れてない筈なんだけど……」
言いながら、腰のポーチからワンドを取り出してひょひょいと振ると、彼女の目の前に小さな鏡ができる。
しかし、鏡には何も映っていなかった。
おかしいな。
俺の目にはちゃんと映ってるんだけど。
メアリーの作り出した鏡とマークを交互に見やり、眉を顰めて顎先に指を当てる。
そんな様子の俺を見て、ふと何を思ったのか。
「んー?何もないけど……。
……もしかして、誤魔化すためにそんな嘘を!?
ファムちゃんったらかーわいー!」
ワンドをポーチに突っ込んで、俺の小さな体に抱きついた。
「ちが、ちょっ、当たってる、当たってるからぁ!?」
柑橘系の甘い匂いが鼻腔いっぱいに漂ってきて、彼女の小さくも柔らかい胸に顔を埋めさせられ、頭が真っ白になる。
こうして、俺の異世界での二日目の朝は呑気に過ぎていくのだった。
走圏って、慣れてないと黄金の玉が太ももに挟まって痛いよね。
⚪⚫○●⚪⚫○●
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