美少女な俺様がメアリーを励ませる!
「俺、『実は記憶喪失は嘘』って言ったら、信じる?」
頭の後ろを掻きながら、少し申し訳なさそうに切り出した俺の言葉に、しばしの沈黙が訪れる。
きっと、2人は驚きのあまり声が出ないのだろう。
そう思っていたが、実際は違った。
「「何を今更……」」
「……え?」
2人口を揃えて呟かれたそれに、虚を突かれる。
「あれで隠せていたつもり……って、もしかしてファムちゃん師匠って結構ポンコツ?」
「なっ!?」
「ファムちゃん。
記憶喪失の人があんなに自信満々に戦えるわけないでしょ?
私だって剣くらい習ってるんだから、それくらいわかるよ」
「なな……っ!?」
なんという事だ!
俺とした事が、こんなにあっさり見抜かれてしまうだなんて!?
……いや、確かに俺は嘘をつくのが苦手だ。
学芸会での演劇だって、あまりの下手さに木の役しかさせてもらえなかったことは、精神的に30近い年齢になった今でもはっきり思い出せる。
「……まぁ、ポンコツと評価してくれたステラには、あとできっつい修行をつけるとして」
「うっ」
驚きに見開いていた目を、そのままステラのほうに眇める。
まぁ、修行といっても、まずは歩法しか教えないからそこまでキツくなることはないんだけどね。
手本の時にちょっといっぱい技を受けてもらう事で手を打とうか。
懐かしいなぁ。
俺も師匠にぶんぶん振り回された記憶があるわ。
「こほん」
閑話休題。
わざとらしい咳払いを一つして、話を続ける。
「あー、記憶喪失じゃない云々の話をしようと思ったのは、俺の故郷での話をしようと思ったからだ」
ベッドのシーツを握りしめて、呼吸を整える。
こんな話、彼女の前でなければ──前世の日本であれば、きっと馬鹿にされて笑われて、気持ち悪がられていたに違いない。
だから、少し勇気が必要だった。
でも、彼女は──メアリーは話してくれた。
ならば、それに応えるべきだ。
俺は一呼吸置いて、口を開いた。
「俺の元いた世界には、LGBTという概念があるんだ。
一言で説明すると、心の性別と実際の体の性別の違いによって生まれるジレンマ……みたいな物だな。
例えば、体は男だけど心が女だとか、体は女だけど心は男だとか。
男だけど男が好きとか、女だけど女が好きとか。
彼ら彼女らは、俺がいた世界では一種の精神病とされていて、気持ち悪がられ、見せ物にされていた時期があった」
一呼吸置いて、『……実は、俺もその1人でね』と付け加える。
きっとその台詞を吐き出す俺の口は、少なからず震えていただろう。
深呼吸して、話を続ける。
「さっき話したようにさ。
これ、周囲からは病気だって思われてたんだよ。
いや、それならまだマシか。
障害──あぁ、この世界にこの概念ってあるのかな?」
話がうまく伝わるかを確認するべく、メアリーに目配せをする。
「あるよ。
でも、ファムちゃんが言うみたいな、精神面のものは聞いたことがないよ。
多分こっちだと……その、頭のおかしい人とか、ネジが外れてる人、みたいな言い方をされてると思う」
「あぁ、うん、まさしくその通り。
元いた世界でも、この精神面での障害って見えにくいからさ、そういう風に誤解されがちで、障害を持ってる人=頭のおかしい人っていう図式が成り立っちゃってるんだよね。
だからかな、LGBTの人たちは頭のおかしい障害者だと思われ、気持ち悪がられて、奇異の目で見られるんだ」
だから、彼らは心の奥底に本当の自分を押し殺した。
一番身近な人に知られるのが怖かった。
知られて馬鹿にされるのが怖かった。
いじめられたくなかったし、気持ち悪いと思われるのが屈辱的だった。
だから、自分が思う男としての、あるいは女としての理想を仮面のように貼り付けた。
バレないように隠して、隠して、隠し通そうとした。
俺もそうだ。
俺の場合は、体は女だけど心は男女両方でいたい男、というちょっと複雑なやつだった。
可愛いものが好きだったけど、似合わないのがわかっていたし、買ったところで家族にバレて馬鹿にされるのが怖かった。
たまに出る仕草に『女みたい』という指摘を受ければ、嬉しい反面、ニュアンスが馬鹿にされているもので傷ついたこともあった。
「──でも、そんな彼ら彼女らの主張によって、今じゃ一つの個性として受けいられつつあるんだ。
病気や障害としてじゃなくて、それは個人が持つ性格の一端だと認められつつあるし、それを尊重できる人も増えつつあるんだ。要するに──」
一気に喋りすぎて酸素が足りなくなったのか。
一呼吸置いて、俺は最後にこう主張した。
「メアリーのそれは、恥じるべきものじゃない。
メアリーの好きな姿で、堂々としていてもいいんだ。
別に女でいたければ女の格好をしてもいいし、男でいたければ男の格好をしてもいい。
誰に決められるでもなく、自分の好きな姿でいる。
だってそうだろ?
好きでその体になったわけじゃないんだ。
それに気が変わることもある」
だから俺は──この姿でこの世界に来させてくれた神様には、感謝してるんだ。
じゃなければ、初めて池に映る自分を見て『美少女だやったー!』なんて喜んだりしないし、男を手のひらで弄んで楽しんだりしない。
そりゃあ、多少、息子と永遠の別れになったことは、悲しかったけどさ。
どうせなら1回くらい使ってやりたかった。
俺は、また忘れていた呼吸を取り戻すと彼女の瞳をジッと見つめた。
その青い瞳は何かを考えるように伏せられていて、詳しい表情を読み取ることは、俺には難しかった。
それでも、俺が一生懸命励ましていると言う気持ちは伝わったことだけは、なんとなく理解することができた。
「……そっか、そう言う考え方も、ありなんだよね」
嬉しそうな彼女の呟きは、しかし俺の鼓膜にまで届くことはなかった。
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