ごく平凡な冒険者の俺が終止符を打つ!
「おしゃべりはそこまでにして、早く私と遊ばない?」
不意に。
会話に割り込むようにして、退屈そうな声が聞こえてきた。
言わずもがな、ユナである。
話しかけた方に視線を向ければ、すでに幻影の軍勢は姿を消しており、街明かりに僅かに照らされる時計塔広場には、ただ彼女の姿があるだけ。
──しかし。
(別の複数の気配が、地中に隠れてる……。
いや、これは地中というより……影の中か?)
地表に近い、しかし地表でもない。
同時に地中のように見えて、地中ではない。
魔法──もとい、魔術のある世界だからすぐに分かったが、もしそうでなければ混乱していたところだが。
(おそらく、さっきレンに奇襲を仕掛けてきたやつと同じか。
影に潜られるのは厄介だが、そいつらを感知できるのは多分、俺だけ……であれば)
一瞬のうちにそこまで計算を済ませると、チラリとだけレンの顔を見上げて口を開く。
「お前はユナとやらを相手にする事に集中しろ。
影の中に潜んでる敵は、俺様が相手をする」
影の中に潜られている間は攻撃できないが、しかし相手が攻撃する瞬間は必ず影から姿を見せるだろう。
そこを狙えば、ちゃんと対処できるはず。
「えっ、影の中……!?
……わかった、そっちの方は頼む」
驚きつつも、しかし意を決したのか。
レンの手元に陽炎のようなモヤが集まって、一振りのロングソードが現れる。
「ねぇ、まだ?」
なかなか始めようとしてくれない事に痺れを切らしたのか、ユナが話しかけてくる。
「その前に一つだけ聞きたい。
──事件の被害者はどこに行った?」
レンはその剣の赤い柄をしっかり握り、その切先をユナに向けて口を開いた。
分かりきっていた質問だった。
その被害者はもうすでに──。
「食べちゃった♡」
チロリ、舌なめずりをする。
そんな彼女の仕草に、ようやく決心がついたのか、はたまたただ確認したかっただけなのかはわからなかったが、彼は一つ息をつくと、剣を腰溜めに構えて、吐いた。
「そうか。
なら遠慮は無用だな!」
⚪⚫○●⚪⚫○●
レンは最初、あのユナが実は草原グールだったという事に驚いていた。
自分が助けた、そして自惚れにも自分のことを好いてくれていると勘違いしていた事に、やや八つ当たり気味な苛立ちさえ覚えていた。
だから、広場で彼女の顔を確かめた時、彼は悲しささえ覚えた。
しかし同時に、納得もしていた。
そうだ、こんな自分を好きになってくれる人なんて居るはずがない。
こんな、人殺しを親に持った自分なんて──。
前世の記憶を思い出した時から、人の目が怖かった。
また虐められるのではないかと、微かに聞こえる、何と言っているかわからない遠くの誰かの井戸端会議に恐怖していた。
街を歩く人々の声が恐ろしくて、ずっと部屋の中に隠れていた頃だってあった。
しかし、今は違うのだ。
人殺しの子供だったのは前世の話だ。
それを今のこの世界の人は知るはずがないことで、人々と接しているうちにそれを実感していった。
だから、彼は少し、しくじってしまったのだ。
──この世界で初めてできた友達と、度胸試しに魔物のいる森へと入った。
レンは剣術を齧っていたので、弱いゴブリン程度なら何とかなるとさえ思っていたから、調子に乗っていたのだ。
彼は友達を誘って、入ってはいけないと口酸っぱくして言われていた森に入った。
結果、運悪くゴブリンの集落に遭遇してしまい、友人達を亡くしてしまった。
こんなの、自分が殺したのも同義だ。
村の皆んなが彼を非難した。
素焼きのツボを投げつけられて、頭から血を流した日もあったし、生ゴミを頭から被せられたこともあった。
本当はそこで償いを見せるべきだったが、彼はそんな人々に恐怖して、ある晩、村をこっそり抜け出した。
腰に、あの時の剣を吊り下げて。
そうしてレンは冒険者になった。
村社会のネットワークは広いもので、どこに逃げたとしても、友人を殺した噂が付き纏った。
最近になって、ようやくそれも薄れてきたが、しかし。
まだ、心の傷が癒えていない。
故にこの状況を、すっと受け入れることができた。
彼女は魔王軍の一味だった。
それだけで、この憂さを晴らすいいきっかけとなって、彼の体を突き動かした。
「ぜやぁっ!」
雄叫びを上げつつ、烈火の如く斬り上げる。
「躊躇しないのね……ッ!」
「必要あるかッ!?」
バックステップを踏みつつ回避するユナ。
完璧なタイミングで距離を取り、完全に回避したと思われたが、直後、腹部に僅かな裂傷が走った。
「っ!?」
薄く引き伸ばされた魔力による斬撃。
刃が薄すぎて見えなかったのだ。
冒険者をしていると、さまざまな強者に出会うことがある。
そんな時、初心者たちは彼らに頼み込んで稽古をつけてもらうか、遠くから戦いを盗み見て、技を覚える。
彼が使ったのはそうやって覚えた技の一つで、相手に武器のリーチを誤認させることで、技の命中率を上げるものだった。
(サムライクラスのスキル、《薄羽蜉蝣》か……ッ!?)
瞬時に技の正体を察知して、さらに距離を取る。
ロングソードを装備していたので、反射的に彼のクラスがソードマンであると思い込んでいたユナ。
しかし、彼から放たれた技がサムライのものだったために、やや油断したのだ。
首筋を伝うゾワゾワという感覚に、ユナは舌なめずりをしてみせる。
「いいよ、いいよ!
もっと私を楽しませて!」
相手がサムライというなら、対処の仕方もある。
ユナは全身を覆う《変身》の魔力を表皮の防御に回すと、元の、黒い影人形のような、腐った気持ち悪い姿を晒した。
足を一歩前に出し、相手が剣を振り下ろす前に懐に入り込む。
しかし。
(これがCoCならSAN値チェック待ったなしだなッ)
斬り上げた勢いのままさらに足を踏み出し、上から下に斬り落とす。
切先に溜めた魔力が空中に線を引く。
それがある一つのルーンとなって、振り下ろした瞬間に魔術が発動する。
「《小飛輪》ッ!」
振り下ろすと同時に、バスケットボールサイズの火球が懐に潜り込んできた草原グールを弾き飛ばす。
腐ったような、濃い甘い臭いの煙をあげながら、2回、3回と石畳をバウンドして飛んでいく。
レンが得意とするコンボ技。
転生した時に獲得した、唯一のチートスキルである《精神分裂》は、自身の精神を二つに分裂させ、片方ずつで別々のことを演算処理することができた。
これがあったからこそ、彼は剣による攻撃と同時にルーンを描き、魔術を発動させるなどという高等テクを披露することができたのである。
ちなみにこの《小飛輪》という魔術名は彼の自作で、小さな太陽という意味だったりするが、これはまた別の話。
(草原グールは基本的にあまり防御力が高くない上、火属性と光属性の魔力に弱い。
今の感じだとクリティカルは確実、あと2、3回繰り返せば勝てる!)
振り抜いた剣を、そのまま流れるように腰溜めに構えると、一気に距離を詰め──
「待てッ、早まるなッ!」
少し離れた位置からミカネの警告が耳朶を打つ。
レンはその言葉を信用して前足で勢いを制御すると、直感に従って横に向かって転がった。
直後。
目の前の地面から、真っ黒な影のような腕が──腐ったように溶けたような腕が勢いよく生えて来た。
「あっぶね!?」
途中で軌道を変えてこちらに向かってくるそれを、間一髪で斬り払うことに成功する。
黒い腕は炎に包まれ、灰となって朽ちていった。
「あーっ、もう!邪魔しないで!」
草原グールの技か。
おそらく《変身》の応用か何かだろう。
こんな使い方をしてくる草原グールの例は聞いたことがなかったが。
奇襲を邪魔された事に怒ったのか、草原グールはミカネの方に向けて黒い腕を伸ばした。
「ミカネッ!」
「無問題!」
ちょうど掴んでいたボロローブの魔物を振り回し、伸びて来た黒い腕を弾き飛ばす。
──バキゴチャッ!
骨が折れ、筋肉が変に裂ける様な気持ち悪い音がして、掴んでいた魔物が一気に黒曜石のような結晶──魔石に姿を変える。
「なっ!?
もう全滅させられたの!?」
それを最後に、どうやら配下の魔物を全て魔石に変えられたことを悟った草原グールは、驚きに顔を歪めるなり、すぐにそれを気持ちの悪い笑みに変えた。
「……ッ///
想定外……っ!こんなの、想定外よ!
いいわ、いいわ!濡れてきたぁ……ッ!」
気が狂ったのか、ケラケラと笑い始める草原グールに、気味悪がって2人は一歩退いた。
「あぁ!
なんていい響きかしらっ!
全滅!そう、全滅よ!
これから私は手も足も出せずに嬲り殺されるの!
やっぱり私は無力な女なんだって力尽くで教えこまされて、生存本能に性感帯が刺激されて、絶頂をむかえるのだわ!」
アハハハハハハ!!!!!!
甲高い笑い声が、時計塔広場にこだまする。
「……お、おいレン。
お前が好きになった女ってのは、随分特殊な性癖をお持ちのようだぞ?」
「……止めてくれ。
あれは気の迷いだったんだ」
「俺様へのプロポーズと同じくか?
一緒にされるのはこちらとしては傷心ものなんだが」
言って、肩を竦めて見せるミカネ。
対するレンは、面倒くさそうに溜息をつく。
「ねぇ、何してるの?
早く私を嬲り殺してよ!
殺さないなら──」
ゆらり、草原グールの体が左右に揺れながら立ち上がる。
体は前傾姿勢、突っ込む気満々の体勢。
それに何かを悟ったレンは、足で何やらルーンを描くと、防御の姿勢に入った。
直後。
「──ワタシガコロシテアゲルッ!!!!!!」
一瞬、グールの魔力が膨れ上がり、爆発。
それがジェットエンジンのような役割を果たしたのか、猛スピードで彼に突っ込んできた。
──ガンッ!
硬い金属同士を打ちつけたような激しい音が響き、レンの正面に展開された魔術の壁にやって突進が防がれる。
一瞬の硬直。
それをミカネは見過ごさず、一気に接近すると、その横腹目掛けて飛び蹴りを繰り出した。
蹴りは見事にヒットし、数メートルほど吹き飛んで転がり、動きを止めた。
「イイネッ!イイネッ!モットチョウダイッ!モットタノシマセテ!モットヨロコバセテ!」
再び爆発。
突進。
おそらく、自分が死ぬまで続けるつもりなのだろう。
(だったら!)
「強い打撃はくれてやるが悦ばせてやるつもりはねぇ!」
一直線に向かってくる黒い物体の下に潜り込むように体勢を変えると、下から上に打ち上げるように蹴りを放つ。
ミカネの小さな足がちょうど鳩尾を捉えて爪先を引っ掛け、勢いを殺さずに真上へと軌道が逸らされた。
「グフッ!?」
近づいていたはずの勇者の姿が急に消えて、草原グールの視界に月が映る。
大きな月は満月で、小さい方は三日月だ。
そんな月の中に、一つの小さな太陽が現れる。
魔力で形作られた、小さな太陽。
自分をカウンターで焼いた、あの重い太陽。
昼と夜が交錯する──。
「最後は任せた!」
「言われずともやってやる!」
ミカネのスイッチに、レンが声を上げた。
その両手には剣が握られており、その切先にはバスケットボール大──いや、それよりも2回りは巨大になった火の玉が掲げられていた。
「《小飛輪》!」
レンが剣を振り下ろす。
小さな太陽が草原グールを飲み込んで、石畳に叩きつけられた。
──ゴゥン!
やや大きめの爆発が石畳を焦がす。
その爆炎がおさまった頃には、すでにそこには、ボロローブのものよりも一回り大きい魔石が落ちているだけだった。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございますm(_ _)m
もしよろしければ、ここまで読んだついでに感想、いえ、評価だけでもしてくれたら嬉しく思います。
そして、また続きが読みたい!とお思いであれば、是非ともブックマークへの登録をよろしくお願いしますm(_ _)m




