美少女な俺様がお風呂に入る!
夜の帳が下り始め、赤い空が街を囲う壁の向こうに消えていく。
濃紺のカーテンには満天の星が降り、巨大な二つの月がこちらを見下ろしている。
そんな情景を、ギルド職員のユナ──この街ではそう名乗っている、狼系の獣人に扮した草原グールは、借りていた宿の窓から見上げていた。
(今晩は太陰の満月、少陰の三日月、か……)
大きい満月の陰に小さい方の月が隠れて、三日月の形になっている。
これが俗説の占いであれば、今夜は僅かに運が悪いと評価されるだろう。
「はぁ……勇者……。
まだ育ってなければいいけど」
言わずもがな、彼女は今日の昼頃にレンウォードから異世界人を自称する少女を、砦に保護したという連絡を受けていた人物である。
昼休みには教会の無花果の木の下で、手下のシェドゥーという魔物を使って、現行の勇者の戦闘能力の把握もさせた。
……そろそろ、戦力評価も終わって報告にやってくる頃合いだと思っていたが……。
「……遅い」
舌打ち一つ、そういえば奴らの──ゴブリンほどではないにしろ──頭の悪さを忘れていたという事に思い至って、頭を掻きむしって暴力的なため息を吐く。
シェドゥーは影の中を自由に泳ぎ回ることができる、小鬼の姿をした魔物だ。
ウサギのような真っ黒な頭部には、牛のような短いツノが2本生えており、独自の社会性と言語を持つ。
頭が悪い為に他の言語を覚えたりすることはないので、普通ならば指示を出す時には翻訳の魔法が必要だが、彼らに与えたお面型の魔具によって不要になったのは、魔王軍のささやかな実績である。
これがあれば、言葉の通じない魔物ともコミュニケーションが取れるのだから。
ちなみに、戦闘能力はそこまで高くはないが、夜に出くわしたりすると異様なまでに強くなる。
今日の晩ご飯を夜に呼んだのも、それが目的だったりする。
──しばらくして。
「マン・アンスール」
《我が主人》
嗄れた声が、ユナの耳に届く。
「やっと来たか、待ちくたびれた」
愚痴をこぼしながら振り返る。
するとそこには、一部が海老茶色に染まったボロのローブを身に纏ったシェドゥーが居た。
身長的には12歳の、大人になりたての人間程度のサイズしかないシェドゥーのローブのそれは、恐らく血の跡か。
それも、人間のものではなく、シェドゥー自身のもの。
「……やられたの?」
「……ケン」
《やられた》
悔しそうに俯いて見せるシェドゥーに、クハハ!と思わず笑い声が漏れる。
シェドゥーが眉を顰める。
「ごめんごめん。
なるほど、勇者は君の《隠蔽》を見破れたのか」
あまつさえ、殺されかけもしていた。
連絡が遅かったのは、傷を治していたからか。
それから、ユナはシェドゥーから報告を聞いた。
どういう作戦で勇者の実力を図ろうとしたのか、勇者はどうやって対処したのか。
そして、その始終を聞いて、ユナは愕然とした。
いくら魔力量が多いとはいえ。
身体能力が高いとはいえ。
それと戦闘センスというものは、必ずしも比例しない。
そのため、生まれたばかりの──この世界に喚ばれたばかりの勇者は、戦闘センスなんて皆無で、ただ力任せに戦うようなヤツだろうと予想していた。
実際、ユナに指示を出した草原グールの部隊長も、上層部からそのように伝えられていた。
だから、ほんの少し油断していたのだ。
(まさか、そこまで戦えるなんて……)
これは、本当にまずいかもしれない。
見つかったら即終わり……。
もう少し、慎重にことを運ばなければならないだろう。
──本来であれば。
「マン・アンスール?」
《主人?》
嗄れた声が、怪訝そうに尋ねた。
ユナの体が、小刻みに震えていたからだ。
「私はね、シェドゥー。
人間が生命の危機に立たされた時の、生存本能の無我夢中な性欲から生まれる生気がだぁいすきなんだ……////」
呼びかけに返答する彼女の顔は、恍惚に紅潮していた。
《変身》は無意識のうちに解けかけ、グリッジがかかったみたいなオーラの中に、僅かに本来の姿である真っ黒な陰人形のような姿が浮かび上がる。
全体的なサイズ感は元の人間大のそれとは変わらないが、手足の大きさだけが異常に肥大化しており、陰のように真っ黒な肉体は腐ったように爛れている。
何もない、のっぺりとした顔面には、ただ丸い眼球だけがいくつか無造作に埋め込まれ、口に当たる部分が粘ついた液体が糸を引いている。
草原グールの容姿だ。
「そして、それと同じくらい──私は私が命の危機に瀕した時に感じる高揚感と、生存本能に煽られた性欲が入り混じったあの感覚がッ!たまらなく好物なんだぁ……ッ////」
ハァ、ハァ、ハァ。
荒い吐息が、白い蒸気となって口から漏れ出していた。
ムワッとした、何かが腐ったような濃く甘い臭気に、シェドゥーは思わず顔を顰める。
おそらく彼女は想像していたのだろう。
否応無しに蹂躙されていく夕飯の生気の味と、として、自分が無慈悲にも蹂躙されていく、ある種被虐主義的な高揚感を。
「……イイ。
興奮してきたよ、シェドゥー。
今晩だッ!
今晩、2人を同時に食そう!
そしてッ!
最ッ高にハイな気分で昇天させてあげるんだぁ……ッ////」
そう宣言して見せる彼女の瞳は、赫く血走り、口は空の三日月のように裂けて、ギザギザに並んだ歯をギラギラと輝いていた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
一方。
部屋に荷物を置いたファムたちは、一階の食堂で夕食を済ませると、浴場へ向かうことになっていた。
浴場はどうやら男女混浴らしく、カウンターでお金を支払うことで湯着を借りることになっていた。
(なるほど、役割的には水着みたいなものか)
日本の温泉だと全裸になって入ることが当たり前だが、ヨーロッパではむしろ水着を着て混浴をするというのが普通だと、何かの本で読んだ気がする。
ステラやメアリーとの、本当の意味での裸の付き合いができないのは残念だが、しかし本当に彼女たちの体を見てしまうのも気が引けてしまうのも事実。
ある意味助かったかもしれないが、ちょっとだけ残念だと思ってしまうのは、元男として仕方がない。
カウンターの少女──ファムは知らないことだが、彼女はもうすでに立派な大人である──から受け取った、白い木綿製の湯着を眺めながら、そんな風に思う。
質感的には、前世でいうところのスウェットに近い。
(なんか、思ってたのと違う)
もっと起毛してて、バスローブみたいなものをイメージしていただけに、少しがっかりする。
(一回でいいから着てみたかったんだよなぁ、バスローブ)
残念な気持ちになりながらも、まぁ異世界だしと気を改めて、ステラたちの後をついて脱衣所へと向かった。
ちなみに、これは余談だが、ファムはどうやらバスローブと湯着を同じものとして考えているようだが、実際にはお風呂上がりに着るものだと言うことは知らないようであった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
閑話休題。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう……ッ!?)
その日、ファムは思い出した。
浴場までの道筋に逃げ道がないということを。
生前男子だった時の、モテなかった人生を。
──というわけで。
俺、絶賛キョドリ中。
お陰で脚はガクガク震えて緊張で心がいっぱいである。
……なぜかって?
これから女子2人と!
裸でお風呂に入るからだよッ!
湯着着てるけど!
それ以前に脱衣所で裸になるんだしッ!
見えちゃうじゃないかっ!
アレがモロに!
はぁ、はぁ、はぁ……。
百歩。
百歩譲って、湯着は水着のようなものだと捉えたとしよう。
だがしかし、果たして更衣室まで男女同じにするだろうか。
いや、しない。
するはずがない。
だがしかし、俺は今少女だ。
見た目年齢12歳くらいの幼い少女。
故に、共に着替えるということに対して、第三者視点で全く違和感なんてない。
いくら中身が男とはいえ、それは覆らない事実。
だから、俺は女子の着替えを目の当たりにすることを受け入れなくてはならないし、彼女らの前で裸になる覚悟も決めなくてはならない。
大丈夫だ。
俺は今は女の子。
多少えっちなところを見ちゃっても犯罪にはならないはずだ。
それに、何より見ようとさえしなければいいのだ。
見ようとさえ──。
脱衣所の扉が開く。
同時に俺は、目を瞑った。
「っ!」
そうだ。
目を瞑って仕舞えば、女子の着替えを見てしまうこともない。
それに俺は、目を瞑っていても周囲の状況を把握する術を体得しているから、これでも実は結構余裕だったりする。
(あぁ、前世で師匠につけてもらった稽古を思い出すなぁ)
目隠しチャンバラ。
目に頼らず、その他の五感ならぬ四感を全て用いて、周囲の状況を把握する、いわゆる気配察知。
心眼という基本技術に含まれるそれを用いることで、たとえ閃光弾で視界を奪われたとしても行動できるという、無駄に高度な技を、俺は今使って──。
(あっ、ダメだ。
目を瞑ったせいで気配が敏感になって、余計はっきりわかってしまう……ッ!)
揺れ動くステラの巨乳。
意外と大きかったんだと言うことが、目を閉じたことではっきりと分かった。
綺麗なボディラインが、真っ暗な視界の中に鮮やかに描かれていく。
対照的なのはメアリーの体だ。
背が低くて胸は平ら。
揺れているのはどちらかといえば股間の方で──。
……股間?
思わず、目を見開いて目の前を歩くメアリーの方を見る。
「……!?
…………!?」
頭の中が混乱してくる。
目の前の彼女はどう見ても少女だ。
しかし気配は男性のよう。
(……あっれぇ、おかしいな。
メアリーちゃん、どう見ても女の子……だよな?)
砦で借りた服の匂いは、確かに女の子の匂い特有の、やや甘い香りがしていた。
実際、今でもわずかに柑橘系の甘い匂いが鼻孔をくすぐってくるのが伝わってくる。
……もしかして、俺の気配察知能力が弱ったのか?
まぁ、確かに最近使うことなんて滅多になかったし、精度が落ちていても仕方ない……か。
「あれ、ファムちゃん師匠?
難しい顔してどうしたの、考え事?」
ステラが振り返り、顔を覗き込む。
(し、しまった!
思わず目が……ッ!?)
彼女の顔を見たときには既に遅い。
更衣室全体の姿を、俺の視界が映し出し──あ、大丈夫だ。
他に客の影がない。
俺はほっと胸を撫で下ろしながら、何でもないように口を開いた。
「い、いや別に。
それより、早く着替えようよ」
ちょうど空いているロッカーを見つけて、いそいそと服を脱ぎ始める。
ええい、こうなったらやけくそだ!
周りを見ないようにして、一気に着替えてしまえ!
白いスカートを脱ぎ捨て、青のワンピースの裾をたくし上げる。
服を脱ぎ捨てれば、可愛げのない簡素な下着と、下腹のタトゥーのような、ハートがいくつも連なったような模様が露わになる。
改めて見ると、なんか淫紋っぽいんだよなぁ、これ。
「ファムちゃん、そのお腹の模様って──」
ステラとは違う方向から、今度はメアリーの声が聞こえてくる。
──が、しかし。
今ここで手を止めて、意識を別に向けてしまうと彼女たちの着替えを見てしまいかねない。
ステラの方からは既に衣擦れの音が聞こえてきていた。
「な、なんだろうねぇ……!あはは」
簡素な反応を返すにとどめ、湯着を取り出して広げた。
簡易なもので、大きなバスタオルのような長方形の布だった。
ただ、そのまま体に巻くには大きすぎて、どうやるのかわからない。
……え、これ、どうやって着ればいいの?
「むむむ……?」
眉根を寄せて、顰めっ面をしてみる。
しかし、そんなことをしたところで、いい案が浮かぶはずもなく、やがて、どうやら湯着を着終えたのだろう。
ステラが背後に回ってきて、バスタオルのような湯着を掠め取った。
「あっ」
思わず上を見上げる。
するとそこには、器用にあの長方形のタオルを体に巻きつけたステラの姿があった。
見た感じ、古代ローマのトガとかいう衣装に似ている気がする。
「わからないなら、私が着せてあげよっか?」
言い放つ彼女の視線は、なんだかよくわからないがギラギラと輝いていた。
「ひぅっ!?」
えっ、なんですかステラさんちょっと怖いんですけど!?
ハァハァと荒い息をしながら、俺に襲いかかってくるステラ。
本来なら回避することも余裕だったが、何せ着方がわからない。
俺は甘んじて彼女の好意を受け入れることにした。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございますm(_ _)m
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