美少女な俺様が弟子にはぐらかされる!
あの後、一応ということで、元騎士見習いという事で顔見知りでもあったステラとメアリーが、なんとかギルドマスターに事情を説明したことで、俺たち3人は明日、冒険者ギルドへの入会試験を無料で受けられることが決まった。
ちなみに、その間俺はロビーで待機していたので、3人の間でどんなやりとりがあったのかはわからないが、一瞬『公爵』(?)みたいな単語が僅かに聞こえてきたのは少し気になった。
気にはなったが、尋ねるタイミングがなかったし、わざわざ俺をはずしたということは聞いてほしくないことなのだろうな、とスルーすることにした。
さて、そんなこんなで空いている宿を見つけた頃には、既に空はオレンジ色に変わっていた。
この分だと、教会に向かうのは明日になりそうだ。
できれば早くお告げが聞けるかどうかを試したかったんだけど……。
仕方ない。
俺は諦めて、今日はもう宿で休むことを決めた。
「いらっしゃい、食事だけ?それとも宿泊も?」
カウンターに立っていたのは、この宿の看板娘なのだろうか。
黒い髪の狼系の獣人の少女だった。
「宿泊だけだよ。
部屋は3つ頼むね」
街を歩く間、散々獣人を眺めていたが、未だにこの人間の頭から生えるオオカミの様な耳には、少々気圧される。
──が、しかし。
「えっ、相部屋にしないの?」
ステラがサラッと行った注文に、俺は疑問符を浮かべた。
たしかに、俺は元はと言えば男だ。
だから、一つ屋根の下、可愛い女の子2人と一緒に寝るのはちょっと心臓がもたない。
何せ、前世は非モテだったからな。
だから、正直にいうと彼女の提案は嬉しいものだったりする──のだが、俺たちはもう友達だ。
彼女たちの視点からすれば、遠慮する必要なんてもうどこにもない筈で、その行動は少々不自然である。
ちなみに、これまで当たった宿は全部部屋がひとつも空いていなかったので、宿泊を勧められたのはここが初めてだったりする。
怪訝にステラの方を見れば、なぜか目を逸らされた。
続いてメアリーの方を見ても、同じく目を逸らされる。
……これって、もしかして。
(もしかして、俺のことがかわいすぎて、一緒の部屋で寝泊まりなんかすれば理性がもたないからとか、そういうことなのか!?)
あー、なんということだ。
俺のこの美貌が、よりにもよってこんなところで弊害を生んでしまうなんてっ!
俺はそんな2人の反応にガックリと肩を落とすと、『わかったよ、別の部屋で──』と言いかけたところで、看板娘らしい狼少女が口を開いた。
「あー、ごめんね、3人とも。
話してるところ悪いんだけど、ウチ、もう空いてるの一部屋しかないんだよね……」
言われた瞬間、2人が俺から距離をとって、なぜかコソコソと内緒話を始め出した。
……あっ、これ、違うわ。
俺が可愛すぎるとかじゃないわ。
むしろ、俺様ハブられちゃってるわ。
砦の中での印象とは全く違う反応を見せる2人に、心底傷つき、頭の中が真っ白になる。
そういえば聞いたことがある。
あまりにもかわいすぎると、女子からはいじめの対象になるという噂を。
そして最終的に窓から椅子とか机を放り投げられて、こう言われるのだ。
『オメェの席ねぇから!』
……まずい。
これはまずいことになった。
もしこんなところで2人にハブられたりなんかすれば、俺は心細く1人でこの右も左も分からない異世界を歩まねばならなくなる!
それに今はお金が一銭もない!
あるのはこのキュートな体だけ。
……つまり、このままいけば俺は──ッ!?
そんな俺の内心を悟ったのか。
看板娘は俺の肩をカウンター越しに叩くなり、優しい目でこう言った。
「強く生きろよ」
「やめろ、その言葉は俺に効く……っ」
この世界は、残酷だ……。
──と、そんなことをしていると、おそらく客室へと続くのだろう階段の脇の廊下から、数時間前に見た記憶がある青年が現れた。
「そろそろ晩飯食って準備するか……って、あっ、お前!?」
風呂上がりなのだろう、濡れた短い茶髪をタオルで拭いながら、筋肉質な背の高い男が、俺の顔を指さしながら叫んだ。
たしか、レンとか呼ばれていた奴だ。
俺をあの迷いの森から救出し、砦に預けてくれた張本人。
つまり、面識のある知人。
俺は、後ろでまだ何やらこそこそ会議している2人に視線を向けると、ヨシと拳を握り、いいことを思いついたとばかりに口角を上げた。
「ちょうどいいところに来た!
レン、お前ちょっとの間でいいから俺様を匿ってくれ!
礼は俺にできることなら後で何でもしてやるから!」
こいつは最初、俺の美貌による精神支配的な効果を理性で無力化して見せた人間だ。
ならば、こいつなら同じ部屋で寝させてもらうくらいであれば安全な筈。
少なくとも、あの2人と一緒にいて同じ部屋にいるのにハブられる気まずい状況になるよりはマシだ。
それに、彼からしてもこの提案は魅力的な筈。
なぜなら俺は空前絶後なレベルの超絶怒涛な美少女である。
そんな俺が、お礼に何でもしてあげるというのだ。
砦に連れて来られる前の彼の反応からして、恐らく前世の俺と同じく非モテであることが予想される彼にとって、これは非常に美味しい罠、もとい報酬だろう。
エッチなことはごめんだが、それ以外の、例えば膝枕だとか耳掃除とか、そういう感じのものなら別にやってあげてもいい。
それでも非モテな彼にはかなりいい条件のはず。
そう、思っての提案だったのだが。
「だが断る。
この俺の今最もすべきことは、晩飯を食って外出の準備をして、然るべき時間に時計塔広場へと向かうことだ。
お前に構っている時間はねぇ」
レンの返しに、思わず『キッサマーッ!』と叫びそうになるのを堪える。
……それにしても、彼がこのネタを知っていたのは、果たして偶然だろうか?
あっさりと提案を拒否され、スタスタと食堂の方へと歩いていく彼の背中を目で追いかける。
……不意に、看板娘の姿が視界を掠めるが、彼女はクツクツと喉を殺すような笑い声を上げるだけだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
結局、その後ステラとメアリーの会議は、3人で一部屋に泊まることが決定したらしく、最後の空き部屋であった、ベッドが二つある部屋に通されることになった。
あぁ、憂鬱だ。
きっと、ベッドも片方はステラとメアリー、もう片方は俺が1人で使うことになるのだろう。
もしそうであれば、俺はもうこれから立ち直ることはきっとできないだろう。
そんなことを考えていると、『どうしたの、ファムちゃん師匠?』とステラが声をかけながら、メアリーから距離を離す様にして自分の体に抱き寄せた。
下から顔を見上げれば、視線はメアリーの方を向いて何かを訴えかけていた。
「なんでも」
彼女のわざとらしい行動に、頬を膨らませてそっぽを向く。
ここでロビーでのことをとやかく言うのも大人気ない。
見たところ、2人ともまだ20歳未満。
つまり精神的には俺の方が年上なはずなのだ。
であれば、俺が膨れていては情けない。
……んだけど、何でかな。
この体になってから、途端に思考が子供っぽくなった気がするのは。
置くべき荷物もない。
せめて自分が寝るべきベッドくらいは選ばせて貰おうと、チェストを挟んで二つ並んだベッドのうち、右側のベッドに腰を下ろ──そうとしたところで、『待って』とメアリーが俺を呼び止めた。
「?」
何事か。
そう思って振り返ってみると、彼女はポーチからワンドを取り出していて、杖先をベッドに向けていた。
「ファムちゃんは記憶喪失らしいから忘れてると思うから説明するけど、こういう宿の布団は、使う前に一度、はたくなりして、虫がいないか確かめた方がいいよ」
「えっ、虫!?」
言われた言葉に、背筋にぞわぞわとした感覚が走る。
俺は虫が大嫌いなんだ。
ガサガサ動いて気持ち悪いし、音を聞くだけで鳥肌が立つ。
俺は慌ててメアリーの後ろに隠れると、耳を両手で塞いで目をギュッと閉じた。
耳を塞いだ両手越しに、バンッ!と勢いよく窓が開くような音が聞こえる。
次に、何か風が巻き起こっている様な感覚。
ゴポゴポと何か水が泡を立てる様な音がして、閉じたまぶた越しに何度かの閃光が閃く。
最後に熱風がして、冷風が来る。
部屋の中で何が起きているのか、全く想像がつかない。
しばらくそうやって目を瞑っていると、冷風が止んだ時に、誰かがポンポンと頭を叩いたのがわかった。
どうやら、もう済んだらしい。
「……虫、いなかったか?」
恐る恐る、目を開けながら2人に尋ねる。
「んー、どうだろ。
いたかもしれないね」
「ひぅっ!?」
悪戯っぽく言ってみせるメアリーに、思わず息を呑む。
そんな俺の反応が面白かったのか、2人ともクスクスと笑い声を上げた。
「「ファムちゃん(師匠)、かーわいー!」」
かと思えば、2人口を揃えて揶揄いながら、俺の銀髪をわしわしと撫でくりまわし始めた。
「やっ、やーめーろーっ!?
俺様がかわいいのは当たり前だが、そうやって揶揄うのだけはやめろーっ!?」
なっ、何なんだこいつら!
ロビーで俺をハミゴにしといてからに!
かと思えばこうやっておちょくりやがって!
「あーっもうっ!
何がしたいんだぁっ!?」
思わず、2人の手を掴んで無理やり撫で撫で攻撃を切り抜ける。
すると、途端に優しい顔になって、ステラが口を開いた。
「ファムちゃん師匠。
ギルド出たあたりから、ずっと難しい顔してたでしょ?」
「……え?」
言われて、顔に手をやる。
触ってもよくわからないが、心なしか、頬のあたりが強張っている様な感じがあった。
言われて、心当たりがあった。
──人を殺す覚悟をしなければ。
そうしないと、いずれ仲間を危ない目に合わせるかもしれないからと、決意して。
きっと、そのせいで顔がこわばってしまっていたのだろう。
「だから、ファムちゃんがちょっとでも笑ってくれる様にって工夫してみたんだけど……。
どうやら、成功したみたいだね!」
にへら。
そう言って笑う2人に、俺は少し照れ臭くなって、熱を持ち始めた表情を隠す様にそっぽを向けた。
「……あ、ありがとう」
この時、俺はこの騒動によるショックが大きすぎて、ロビーでの件が完全にはぐらかされていたことに気が付いていなかったのは、また別の話である。
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