美少女な俺様が覚悟を決める!
「逃げられたか……」
冒険者たちはギルドの外までは追いかけてこないようで、それを後ろ目に確認した俺は、ナイフを拾って溜息をついた。
あの時。
天井の梁から明らかに怪しい骨の仮面をつけたローブの人を捕らえようとした時、俺はわずかに躊躇してしまった。
結果的にはナイフを持った手で殴ろうとしたわけだが、その一瞬前にはそのナイフで奴を斬りつけ、すぐさま無力化するつもりだった。
だけど……。
(人を切るのは、抵抗あるよな……)
あれは模擬戦なんかじゃない。
本当に人を殺しにきていた。
実戦だ。
以前、師匠に言われたことがある。
あの金髪碧眼の、常に黒いジャージ姿をした、イラクの紛争を経験したことのある、いわゆるホンモノを知っている人の言葉だ。
曰く──
『お前らは本当に人を殺さなければならないと思った時、それを躊躇するはずだ。
だがその躊躇のせいで失われていく命がある。
故に、お前らはそのような状況に直面した時、本当に誰かを守りたいならば躊躇せずにそいつを殺すことだ』
言われた時は、分かったつもりでいた。
俺もその時は、そんな状況になれば躊躇しないつもりでいた。
しかし実際はどうだ。
こっちの世界に来て、何だかゲームみたいだとか、ラノベみたいだとか考えていたが、ここはリアルだ。
正真正銘の現実で、一度死んだら二度目がない。
今回の騒動はおそらく、人の心を操る魔法か何かを使ってこちらを仕留めに来たのだろう。
理由は──まぁ、何となくわかる気がするが、となれば、これからもこう言った場面に直面することも多くなるだろう。
もしかすれば仲間を乗っ取られる可能性だってある。
そう言った時、敵を殺せないのではやっていけない。
(訓練、しないとな。
人を殺すための、訓練を)
ナイフについた血糊が生々しい。
俺は血振りをするとそのまま腰の鞘に戻して、ギルドへと踵を返した。
⚪⚫○●⚪⚫○●
ギルドに戻ってくると、ステラとメアリーが仁王立ちしていた。
見れば、なにやらメアリーが短い枝のような杖──たしか、こういうのをワンドと言うんだったか──を冒険者たちに突きつけており、対する彼らは床に這いつくばって伏せていた。
というか、眠ってる?
(この短時間に何が起きたんだ?)
「あっ、ファムちゃん師匠」
ステラが気がついて、振り向きながら名前を呼ぶ。
「えっと、何が起きてるんだ?」
「メアリーがこの人たちに掛かっていた精神汚染の魔術を解呪しているんだよ」
「あぁ、やっぱりか。
さっきその術者らしいのを見つけたんだけど、逃げられちゃったよ。
……にしても、メアリーって魔法使いだったんだな」
手荷物が少なかったことから、なんとなく予想していた。
ステラとは違って剣を腰に提げていなかったし、持ち物もかなり少ない様子だったのは、つまり彼女は剣士ではなく魔法使いだったせいなのだろう。
ぽつりと呟いた言葉に、しかしステラは否定の言葉を返した。
「違うよ、ファムちゃん師匠。
彼女は魔法使いじゃなくて魔術師なんだ」
「……一緒じゃないの?」
魔法使いも魔術師も、日本では同じ意味だとして捉えられていた気がする。
実際、オカルトの世界でもほとんど区別なんてされていた記憶がない。
そんな疑問に、ステラが解説する。
曰く、魔術には様々な法則や理論といったものが存在するが、魔法はそれら全てを無視した現象全般を指すもののようだ。
言うなれば、魔術は前世でいうところの科学に含まれるが、魔法は御伽噺の存在ということらしい。
「へぇ。
ちょっと興味あるかも」
異世界に来たからには、やっぱり異世界らしく魔法、もとい魔術というものを使ってみたい気持ちがある。
幸い、俺は魔力量が多いらしいからな、使えないことはないはずだ。
それに大学ではちょっとばかし哲学も齧ったこともある。
理解するのにも時間はかからないだろう。
そんなことを思いながら呟いた言葉に、メアリーの肩がピクリと震えた。
「ファムちゃん、よかったら後でお姉ちゃんが教えてあげよっか!?」
解呪が終わったのか。
ワンドを振って術を切り上げると、目をキラキラさせながら抱きついてきた。
柔らかい、柑橘系の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
(あー、女の子の匂い……)
一瞬、ぽぅ、と呆けそうになるのをグッと堪えて、メアリーを抱きとめた。
「ホントっ!?
じゃあ時間ができた時にでも頼もっかな」
魔術を使えるようになれば、魔王討伐もやりやすくなるはずだ。
それに何より、とても楽しみだ。
「それじゃっ、ファムちゃんは武術の師匠で、私はファムちゃんの魔術の師匠だねっ!
お姉ちゃん、頑張っちゃう!」
こうして、俺はメアリーを魔術の師匠として迎えるのだった。
……ちなみに、予定していた冒険者登録については、ギルドがメチャクチャになってしまったので後回しになった。
メアリーの言によれば、明日また来れば問題ないとのことらしかった。
……なら、次は教会かな。
いや、まずは荷物を置きに宿を取るのが先決か。
というわけで、俺たち一向は近くの宿に向かうことに決めたのだった。
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