美少女な俺様が冒険者たちに襲われる!
ユーリアの街は、勇者誕生の伝説で栄えた街である。
そのため、勇者に関わるモニュメントが様々な広場に建てられていたり、中央には巨大な教会が設置されていたりする。
その教会──聖ユーリア教会には街の中でも最も背の高い尖塔を有しているので、街のどこからでもその塔を見ることができるようになっていた。
そんな尖塔の影にひっそりと生える無花果の木の下に、1人の少女が立っていた。
「ティール・オセル・マン・アンスール・ラド」
《結界に引っ掛かった者がいるようです》
木陰の中から嗄れた声が聞こえてくるが、それは少女の声ではない。
文字通り影の中から聞こえてくる声の主は、狼のような耳の鼓膜にしか届いていなかった。
「ペオース、ユーリア・ハガル」
《おそらく、忌まわしき勇者かと》
嗄れた声が言う“結界”には、強い魔力に反応して情報を伝える、いわゆる鳴子の様な機能を有していた。
それが、今まで感じたことがないほど大きく揺れているのを、声の主は感じ取って伝えたのである。
「そう。
じゃあ今日の晩ご飯は早めに済ませておいた方がいいかもね。
それと──今の勇者の戦闘能力、測っておいてくれる?」
「イング」
《御意》
少女の指示を受け、影の中の声が気配ごと消える。
残ったのは、わずかな魔力の残滓のみ。
狼系の獣人の姿をした少女はそれを見届けるなり、顎先に指を当てながら呟いた。
「それにしても──」
その先は口に出さない。
心の中で、臆病な骨ヅラの魔王に心底感心するに留める。
(まさか、本当に勇者が現れるなんて)
クツクツと喉を鳴らして笑う少女。
彼女の体には、冒険者ギルドの職員であることを示す制服が身に纏われていた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
「ここがユーリアの街かぁ!」
巨大な壁と一体化した門を抜けて、初めて目にする異世界の街の情景に感嘆の息を漏らす。
統一感のない色やデザインの家々がごっちゃに集合し、それが返って一つの統一感を見せている。
そこかしこに見える階段や坂道は入り組んでいて、見上げた歩道橋にはたくさんの子供たちが犬のような動物と触れ合いながら駆け回っていた。
そして、何より目立つのは、遠くにあっても尚、その存在感を主張する巨大な尖塔。
「ユーリアの街は、勇者が最初に現れる街って言われててね。
いろんな種族の人たちにとって、融和のシンボルになってるんだよ」
「へぇ……!」
上ばかりではなく地上にも目を向けてみれば、ステラの言う通り、街をいく人々に種族の隔たりはなく、エルフや獣人、ドワーフなどが悠々と闊歩していた。
むしろ、ファムたちの様なヒュームは数が少なく見える。
「それじゃあ、早速ギルドに冒険者登録をしに行こうよ!
お姉ちゃんが案内してあげるっ!」
そんな風に感傷に浸っていると、不意に、想像よりもやや硬い手がファムの手を引っ張った。
メアリーである。
かわいい子だから、きっと手は柔らかいのだろうと思っていたが、彼女は元は見習いとはいえ騎士だ。
剣を握り、何千と振ってきたその手は何回も血豆を潰して硬くなっていたのは当然と言えた。
「うぁ、うんっ!」
楽しそうに笑う彼女に、遅れて返事をする。
「メアリーちゃん、急に走ると危ないよ!」
そんな2人の後を、さらに遅れてステラが追いかけた。
あぁ、ようやく異世界に来たんだな。
改めて、そう実感するのだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
その日、冒険者ギルドは──と言うよりも、ユーリアの街はざわついていた。
見る人見る人が、彼女の美貌に目を奪われ、すべての動きを止めて凝視した。
男からは劣情の眼差しが、女からは羨望の眼差しが向けられ、そして冒険者たちはそんな彼女が巻き散らす強大な魔力に心の底から震えていた。
だから、そんな少女が冒険者ギルドの受付嬢に向かって、こう呟いた時。
彼らは一斉に武器を抜かざるを得なかった。
「あの、冒険者登録がしたいんだけど」
鈴を転がすような心地いい声は、彼らの警戒心を底上げさせるのに十分であった。
──というのも、彼らは確信したのだ。
この少女が──ファムが、草原グールであることを。
「──ッ!?」
冒険者たちが一斉に斬りかかってきた。
(まさか、これが噂のテンプレ展開かっ!?)
腰から引き抜いたナイフを使って、襲い来る剣を全て受け流し、人の隙間を縫って身を護る。
護りながら、怪訝に眉を潜めていた。
というのも、冒険者たちの何人かが、彼女に対してこう叫んでいるのを聞いたからだ。
「この草原グールめ!
騙されると思うなよッ!」
「草原グールの癖に魔力を隠すのが下手だな!
生まれたばかりかッ!?」
「クソッ!草原グールにしちゃあ強すぎねぇかこいつ!?」
草原グール、草原グール、草原グール。
どうやら、よくラノベとかで見る、冒険者ギルドに加入しようとしたときに襲ってくる噛ませ犬を倒すあのテンプレ展開ではなく、ファムのことを草原グールと勘違いしての行動のようであった。
「ちょっ、待って!
俺はグールじゃねぇ!人間だッ!」
「人間がそんな年齢でそんな量の魔力を持ってるわけねぇだろ!」
突き出されてくる槍の上に飛び乗り、さらにそれを足場にしてギルドの天井の梁に飛び乗る。
(さっきから魔力魔力魔力って言われてるけど、俺ってどんな量持ってるんだよ!?
基準がわからないから判断できねぇ……!)
梁に身を隠していれば、下からは矢が何本も射られまくる。
普通であれば、影に隠れていれば当たらないはずなのに、彼らの弓は空中で軌道が曲がる。
前世、アーチェリーの動画で見たことがある。
中世西洋の弓術では、矢の軌道を空中で曲げることができたらしい。
実際にやって見せていた人がいたから、多分この人たちもそうなのだろう。
あるいは、魔法か。
(魔法……)
飛んでくる矢をへし折りながら弾き落としながら、違和感を覚える。
砦では、彼らの言う魔力量に関係なく、俺を丁重に扱ってくれていた。
騎士団は草原グールのことを知っていたし、きっと彼らも同じなのだろう。
もし、仮に彼らの反応が常識であれば、ファムは砦に預けられた時点でリンチにあっていたはずだが、そうはならなかった。
その点を鑑みれば、この状況に違和感を覚えるのも不思議ではない。
──つまり。
(セオリー通り考えるなら、精神操作系の魔法でもこっそり使ってる奴が近くにいるはず──)
見える範囲を観察しつつ、違和感のある場所がないか、変な行動をしている人物がいないかを探る。
すると、冒険者たちの中に1人だけ、何もせずに突っ立ってこちらを見上げている人物に気がついた。
「あれか……ッ!」
灰色のボロボロのローブに、骨の仮面をつけたシャーマン風の人物。
口元だけがわずかに見え、何かをぶつぶつ呟いているのが聞こえるが、他の人たちの怒声が大きすぎて聞き取れない。
ファムは梁の上を怪しい人物の真上まで移動すると、真っ逆さまに怪しい奴に向かって飛び降り、ナイフを持つ拳で仮面を殴りつけ──ようとして、靄のようなものを突き抜けたような感覚に陥り、慌てて体勢を立て直した。
(消えたッ!?)
幻影魔法とかそう言った類の魔法だろうか。
「チッ!」
後ろから振り下ろしてくる剣を受け流し、人混みに目を走らせる。
いない。
(こう言うとき、このパターンの敵はどう動くかっていうと──まぁ、逃げるよなッ!)
出口付近の空気が、わずかに陽炎のように揺れるのを見逃さず、ファムはナイフを投げる。
──ドスッ。
手応え。
ファムは確信すると、ギルドを出た。
そこには、彼女の投げたナイフだけが地面に落ちていた。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございますm(_ _)m
もしよろしければ、ここまで読んだついでに感想、いえ、評価だけでもしてくれたら嬉しく思います。
そして、また続きが読みたい!とお思いであれば、是非ともブックマークへの登録をよろしくお願いしますm(_ _)m




