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第9話

 俺が宿屋の一階の食堂で朝食を取っていると、一人の後輩ワンコが二階から慌てて下りてきた。


「お、おはようございます、クリード先輩!」


「ん、おはようユキ。よく眠れたか?」


 俺がパンにかじりつきつつ返事をすると、ユキは俺の前でびしっと背筋を伸ばす。


「は、はいっ! おかげさまで、この不肖の後輩ユキ、ぐっすり眠ることができました! ……と、ところであの、クリード先輩……?」


「なんだ」


「いえ、その……ボクって昨日、ひょっとして先輩に、すごく失礼なこととかしました……? 昨日は、その……飲み会を始めたあたりから記憶が飛んでいるんですけど、セシリーとルシアが、自分が何をしたか先輩に聞いてこいって……」


「あー……。ったく、あいつら」


 面倒事を俺に押し付けやがって。


 ちなみにだが、今のユキの服装は武闘着ではなく、どう見ても寝間着だ。

 寝起き姿そのままのようで、やたらと男心をくすぐる色気がある。


 着替えるよりも先に慌てて下りてきたってことなんだろうが、俺はともかく、ほかの客もいる共有スペースでお前はそれでいいのかと問いたい。


 ともあれ俺は──


「ユキ、お手」


「わんっ!」


 俺がユキの前に手を出すと、後輩ワンコは俺の手にぽんと自分の手を置いてきた。


 彼女は一瞬のちにハッとした表情になり、慌てて手を引っ込める。

 その手を胸に抱くようにして、恥ずかしそうに身を引くユキ。


「ボ、ボクは、いったい何を……」


「ま、そういうわけだ」


「そういうわけって、どういうわけですか!?」


「ちなみに、昨日のユキがやった一番とんでもないことは、何かというとだ──」


 俺は席から立ち上がり、ユキの前に立つ。

 たじろぐユキ。


 俺とユキとだと、男である俺のほうが、当然に身長は上なのだが──


 俺はそんなユキの頭部を、両腕で自分の胸に抱き寄せた。


「ふぇっ……!? ク、クリード先輩!?」


「俺は昨晩、お前からこんなことをされた」


「えっ……えぇえええええっ!?」


 俺はすぐにユキを解放してやる。

 後輩ワンコはこれ以上ないというほどに茹で上がっていた。


 俺は席に戻り、オレンジジュースを口にする。


「え、あ……ボ、ボクが……先輩の頭を、胸に抱いて……ぎゅーってしたって、そういうことですか……?」


「ああ、そうだ」


「う、嘘ですよね……?」


「残念ながら本当だ」


「え、えと……というと、やっぱり……ベッドの上で、ですか……?」


「ぶーっ!」


 俺はオレンジジュースを盛大に吹いた。


 記憶がないからって、なんという勘違いをしているんだこいつは。


「げほっ、げほっ! そ、そんなわけあるか。ここでだ、ここで」


「ここで!?」


「あー、待て待て。お前は多分、何か間違った想像をしている。そうじゃない、そうじゃないんだ」


 ちょっとからかうつもりが、こっちまでダメージを受けてしまった。

 なんてこった。


 と、そこに──


「ふわぁあああっ……! いやぁ、朝からお熱いっすねー、ご両人」


「ユキ、どうでもいいけどあなた、まずは顔を洗って着替えてきなさいよ。殿方の前に出ていい格好をしていないわよ」


 ルシアとセシリーが、二階から降りてきた。

 こちらはきちんと身なりを整えている。


「へっ……? あぁあああああっ、そうだった! ボ、ボクはいったん失礼します、クリード先輩!」


 セシリーに言われてようやく自分の格好に気付いたユキは、慌てて二階へと駆け上がっていった。

 やれやれ……。


「おはようございますっす、クリードの兄貴」


「おはよう、クリード」


 ルシアとセシリーが挨拶をしつつ、俺と同じテーブルにつく。

 注文を聞きにきたウェイトレスに、セシリーは俺と同じ朝食セットを頼む。


 ちなみにルシアは、昨晩食い溜めたから朝食はいらないらしい。

 逆にみじめな気がするんだが、いいのかそれで。


 俺は二人に挨拶と、ちょっとした苦情を返す。


「おはよう、セシリー、ルシア。……ていうかお前ら、朝から妙なもんをけしかけるなよ」


「あら、その様子だと、ユキへの対応でそれなりに苦労をしたみたいね。ふふっ、少し溜飲が下がったわ」


 セシリーはそう言って、楽しそうにくすくすと笑う。

 俺としてはバツが悪く、ぽりぽりと後ろ首をかくしかない。


「あのなぁ……。セシリー、なんでお前はそう、俺を目の敵にするんだ」


「あなたが私のことをからかうからでしょ。お返しよ」


「ちっ、覚えてろよ」


「そっちこそね」


 セシリーとそんな風に言い合ってから、互いに顔を見合わせて吹き出してしまう。


 それを見たルシアが、「クリードの兄貴は、今日も誑しオーラ全開っすねぇ……」などとジト目でつぶやいていた。


 しばらくするとユキも朝の支度を終えて下りてきたので、食事を終えてから四人で宿を出る。


 そして街中を、第一迷宮のある北門方面へと歩き始めた。


「今日は地下二階だな。地下一階よりもモンスターは強くなるが、お前たちも昨日より強くなっているから、普通にいけるはずだ」


「ううっ……またあの地獄の特訓のごとき、迷宮探索が始まるんすね……」


 ルシアがしょんぼりと肩を落とす。

 昨日の俺ペースの探索が、トラウマになっているらしい。


「何ならもっとゆっくりペースで探索してもいいけどな。そのほうがいいか?」


 俺がそう聞くと、ルシアの顔にぱああっと希望の光が宿った。


「も、もちろ──」


「もちろん、昨日と同じくビシバシお願いします、先輩! ボクたち、ちゃんとついていきますから!」


 ユキがルシアを遮って、元気よく返事をしてくる。

 ルシアの顔が再び絶望色に染まった。


「私も昨日と同じでお願いしたいわ、クリード。それになんだか、今日は昨日よりも頑張れる気がするの。体が軽いみたい。魔力も体からあふれ出しそうなほどよ」


 セシリーもユキに同意する。

 ルシアはこの世の終わりという顔をした。


 まあルシアの悲哀はさておき。


「体が軽く感じたりするあたりは、レベルアップの効果だろうな。俺も二年前、冒険者を始めたばかりの頃は、日ごとに成長を実感したもんだ」


「ということは、今はそうでもないの?」


「まあな。レベルアップは低レベルのうちは急速だが、高レベルになってくると、なかなかそうもいかなくなってくる。例えば、俺が29レベルから30レベルにアップするのには、だいたい三ヶ月かかった。日々、第三迷宮の強敵を相手にしていたにも関わらずだ」


「そうなんだ……。じゃあ、私たちが昨日のチンピラどもに勝てるようになるのも、そんなに容易い話じゃないわけね……」


「あー、いや。昨日のあいつら程度なら──」


 と、セシリーとそんな話をしていたときだ。

 交差点で横手に視線を向けたユキが、何かに気付いて、俺のそばに寄って耳打ちをしてきた。


「……クリード先輩、噂をすればなんとやらです」


 昨日、冒険者ギルドで出会ったチンピラ冒険者三人組が、向こうから歩いてきたのだ。


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