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第8話

「「「「かんぱーい!」」」」


 かこん、と四人分の木製ジョッキが打ち合わされる。


 ここは第一迷宮都市にある大衆酒場の中でも、それなりに上等の店だ。


 俺は店のテーブルの一つを占拠して、ユキ、セシリー、ルシアの三人とともに今日の打ち上げを始めていた。


 テーブルの上には、色とりどりの料理が次々と運ばれてきている。


 注文した分がすべて揃えば、テーブル上はたくさんの料理で埋め尽くされることになるだろう。


「さ、今日は先輩である俺からのおごりだ。じゃんじゃん飲んで食ってくれ」


押忍(おす)、ごちそうになります、クリード先輩! いっただっきまーす! はぐっ、もぐもぐっ……んんーっ、おいひーっ!」


「うぇーい! さすがクリードの兄貴、太っ腹! うちもいただくっすよ! がつがつ、むぐむぐ……むぐっ!?」


「ああもう、ルシア。がっつきすぎて、のどに詰まらせてんじゃないわよ。ほら、お水」


 ユキ、ルシア、セシリーの三人は、三者三様、宴会を楽しみ始める。


 考えてみれば、こう賑やかな飲み会は久しぶりだ。

 ここ最近は一人酒ばかりだったからな。


 ──冒険者ギルドに行って一通りの処理を済ませた俺たちは、その足でこの酒場まで来て、宴会を始めた。


 ギルド併設の酒場でもよかったんだが、こっちの店のほうが、多少値は張るにせよ酒も料理も上等なものが揃っている。


 今は金には困っていないので、こっちを選んだ。


 俺は上等のビールをジョッキ一杯飲み干すと、足元に置いた小型の樽を取って、おかわりのビールを注ごうとする。


「んーっ、んぅーっ!」


 が、それに気付いたユキが、エビを頬張りながらぶんぶんと首を横に振る。


 口に入れたエビをごくんと呑み込んでから、ユキはこう言ってくる。


「待ってください、先輩! 先輩のビールは、ボクに注がせてください!」


「ん、そうか? 悪いな」


「いえいえ、全然です。もうクリード先輩には、たくさんお世話になってますから。こんなことなら喜んでやりますので、ボクのことはアゴで使ってください。ささ、どうぞどうぞ」


 席から立ったユキは、樽を抱えて俺のジョッキに中身を注ぐ。


 とぷとぷとぷっと注がれていくビールは、やがて泡がジョッキからあふれ出しそうになった。


 俺はその前にジョッキに口をつけて、中のビールをぐぐっと飲んでいく。

 うまい。


 隣には、にこにこしながらその様子を見ているユキがいる。

 この娘もさっそく酔ってきているのか、頬がほんのり赤く染まっている。


「うまいな。ここのビールがうまいのもあるが、ユキに注いでもらうとまた格別だ」


「またまたぁ。クリード先輩ってば、上手なんだからぁ♪ えへへーっ、でも嬉しいです」


「っと、ユキのジョッキも空いてるな。入れるか?」


「あ、いただきます! ありがとうございます、先輩!」


 とぷとぷとぷっと注いでいくと、こちらもジョッキから泡が溢れ出そうになる。


 ユキは「おっとっと」と言ってジョッキに口をつけ、んぐぐっとビールを飲んでいく。


「ぷはーっ! やーっ、先輩に注いでもらったビールもおいしいです! 最高!」


「そりゃあよかった」


「んふふーっ。──でも、セシリーはこういうの、できなさそうだよね」


 絶好調に酔っぱらった感じのユキは、今度は犬猿の相手にちょっかいをかけはじめた。


「……別に。やろうと思えばできるわ」


「でも、やろうと思わないんでしょ?」


「そういう上下関係みたいなのは、好きじゃないのよ」


「だったらここの払いも、セシリーの分は自分払いだね。クリード先輩は先輩だから、おごるって言ってくれてるんだしさ」


「ぐっ……! そ、それは……」


「『ごちそうさまです』って、感謝ぐらい見せなよ~。もちろん、ルシアもね」


「ほへっ? ご、ごめんっす、料理に夢中で聞いてなかったっす」


「えーっ! 二人ともひどいよ。可哀想なクリード先輩。ぎゅううううっ」


 俺の横に立ったユキが突然、その両腕を広げて、椅子に座った俺の顔をがばっと抱きしめてきた。


 少女の柔らかな胸の感触が、俺の顔面に直撃してくる。

 ……おいおい。


 俺はその腕の中からするりと抜け出すと、対象を失って「あれ?」と首を傾げているユキの背後に回り、その体を抱えて彼女の席に座らせてやる。


 そして俺自身も、自分の席に戻る。


「ユキ、酔っぱらい過ぎだ。おすわり」


「はっ……! す、すみません先輩、ボクとしたことが! わん、わんっ」


「……お前、相当酒に弱いだろ?」


「ボク、お酒は好きですよ? でも実家のお父さんからは、お前は飲むととんでもないことをしでかした上に記憶をなくすから、外では絶対に飲むなって言われてます。わんっ」


「いや、じゃあ何で飲んだんだよ」


「敬愛するクリード先輩がせっかくお酒をおごってくれるというのに、そのお酒を飲まないなどありえないです、わんっ! あと大事なことなので二回言うと、ボクはお酒が好きです、わんっ!」


「……そうか。とりあえずお前、そのままステイな」


「分かりましたっ。ボクは今、先輩の忠実な犬なので、先輩の命令には従います! わん、わんっ」


 このワンコ後輩、三人の中では一番まともかと思っていたが、認識をあらためる必要がありそうだ。

 まさかルシア以上の暴走を見せるとは思わなかったわ。


 ちなみにそのルシアへと視線を向けると──


 ばくばくと食事にがっついていた【プリースト】姿の少女は、俺の方を見て、「ほへっ?」と言って首を傾げた。


「ルシア、お前は食ってばっかだな」


「んぐんぐ、ごくんっ。──そりゃあクリードの兄貴のおごりと聞いたら、食べるに決まってるっすよ。たっぷり食い溜めするっす」


「すがすがしいぐらいの意地汚さなんだよなぁ」


「たくましいと言ってほしいっす」


 そう言って、ルシアはまた食事をバクつき始める。

 はいはい、たくましいたくましい。


 なお、もう一人のセシリーはというと、ユキやルシアと比べると、どちらかといえば上品にフォークやナイフを使って食事をし、ときどき上物のワインを口にしていた。


 その姿をぼんやりと見ていると、当の本人が恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「……な、何よ、クリード。あまりじっと見られると、恥ずかしいんだけど」


「ああ、悪い。なんかつい見惚れちまって」


「見惚れ、ってね……。お世辞を言っても何も出ないわよ」


 容姿をほめられたと思ったのか、照れくさそうにするセシリー。

 俺はサクッと話題を変える。


「それはそうと、今日の迷宮探索はどうだった?」


「むっ、それは……一言で言うと、地獄だったわね。でも──」


 セシリーはその懐から、自身の冒険者カードを出して俺に見せてくる。


「迷宮探索初日に、いきなり3レベルアップ。冒険者ギルドの受付で、ありえない、異常だって言われたわ。それを考えればね」


 俺はセシリーの冒険者カードを受け取って、ステータスを確認する。


 1レベル段階のステータスと比較で見ると、じわ伸びだが、確かに成長していた。



【名 前】 セシリー

【職 業】 ウィザード

【レベル】 4

【筋 力】 5 (+1)

【耐久力】 6 (+1)

【敏捷力】 9 (+2)

【魔 力】 15 (+3)

【S P】 3 (+3)



 俺はセシリーにカードを返す。


 するとセシリーは、なんだかものすごく言い出しにくそうな様子で、俺の方をちらっとだけ見て、こんなことを言ってきた。


「だから、その……恨み言よりは、感謝のほうが大きいわ。つまり、えっと……」


 セシリーの視線が、宙を泳ぐ。

 そして最終的には、うつむいて、絞り出すように声を出す。


「……あ、ありがとうございます、クリード先輩。……今後とも、よろしくお願いします」


 最後のほうは、消え入りそうな声だった。

 顔を見ればゆで蛸のようで、耳まで真っ赤になっていた。


 しかもタメ口&呼び捨てを選んだセシリーなのに、敬語で先輩呼びだ。

 まあ別にどっちでもいいけど。


「いや、無理してお礼言わなくてもいいぜ。俺も自分の都合あってやってることだし」


「むぅ~っ! 私だって、本心だから言っているの! 私は自分の心に嘘をつきたくないだけよ。……でも、あれだけの格の違いを見せつけられたら、さすがに対等だなんて思えない……。……冒険者としての私は今、あなたに守られて、育てられている存在だとしか思えないんだもの。こうもなるわよ」


「そっかー。でも話聞いてると、お前もまあまあめんどくさいやつだよな」


「はあっ……!? ちょっ、ちょっと……それはひどくない!?」


「ははははっ。俺も自分の心に正直になってみた」


「うぐぐぐっ……! ──はぁっ。まあそうね。私って、相当めんどくさいのかも」


 そう言って、くすっと笑うセシリー。

 なんだかセシリーが笑うところを、初めて見た気がする。


「セシリーの笑顔って、普段むっつりしてる分だけ新鮮みがあって、すごく可愛く見えるな」


「なっ……!? そ、それってもしかして、口説いているの……?」


「いや。自分の心に正直に言っているだけだぜ」


 俺がニヤニヤ笑いを浮かべて言うと、セシリーは羞恥で頬を染めつつギリリと歯噛みして、最後に捨て台詞を吐いた。


「くっ……覚えてなさいよ、クリード! いつかギャフンと言わせてあげるから!」




 ──とまあ、この夜はそんな調子で、飲んで、食って、騒いで、笑った。


 楽しいひと時は、あっという間に過ぎ去った。


 ちなみに、後輩ワンコは最後には眠りこけてしまったので、仕方がないので俺が背負って宿まで運ぶことになった。


 ユキを女子部屋のベッドに放り出した後、俺も自らの部屋に帰って、酔いに任せたままベッドに倒れ込んだ。


 そして、翌朝──


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