第6話
騒動は一段落。
迷宮探索を開始する前から賑やかなのは、良いやら悪いやらだ。
「ボクたちは、ここを進んでいけばいいんだね」
気を取り直したユキが、小部屋から伸びる通路の前に立ち、その先へと視線を向ける。
「この先に進むと、やっぱりモンスターとか出てくるのかな」
「そりゃあ出てくるに決まってるっすよ。──そうっすよね、クリードの兄貴?」
相槌を打ったルシアが、その話を俺に振ってくる。
「まあな。──けどルシア、お前のその喋り方は、もうちょっとどうにかならないのか? そのノリで『クリードの兄貴』とか呼ばれると、チンピラの一味にでもなった気分になるんだが」
「あー、そいつは無理な相談っすね。この愛嬌のある喋り方は、うちのトレードマークであり、アイデンティティっすから」
そう言って、えへんと胸を張るルシア。
小柄な体に宿る大きな胸が、清楚な純白ローブを押し上げながらぽよんと揺れる。
相変わらず、外見の立派さと中身の残念さとのギャップが激しいやつだな。
「でもボクたちの力で、迷宮のモンスターと戦えるのか……少し、不安です。昨日はあんなチンピラを相手にも、不覚を取ってしまったし……」
ユキはそう言って、沈痛な面持ちでうつむく。
迷宮探索を始める前から、自分よりも高レベルの相手に弄ばれてしまうというのは、経験としては確かにちょっとキツイかもしれない。
「ま、あんなやつらでも、この第一迷宮の深層で戦えるぐらいの実力はあったからな。ユキたちもこの第一迷宮をクリアする頃には、あいつらを上回るぐらいの実力は身に着けているだろうよ」
「ほ、本当ですか!?」
俺の言葉に、ユキは目を丸くして食いついてくる。
「ああ、本当だ。ユキは強くなりたいって気持ち、結構強いのか?」
「当たり前です! あんなやつらに虚仮にされたままで、悔しくないはずがありません!」
「それは私も同感ね」
横から口を挟んできたのは、セシリーだ。
「今の私じゃ、魔法を使ったって、きっとあいつらには歯が立たない。クリードさんに助けてもらわなくても、あいつらを叩きのめせるぐらいの力を身につけられるなら、それは魅力的な提案だわ」
「あ、それはうちも思うっす! あいつらは自分の手でコテンパンにできるようになりたいっす! うちも強くなりたいっす!」
ユキとセシリーの意見に、我もと同意するルシア。
なるほど、自分たちであのチンピラどもに勝てるようになりたいという点で、三人の気持ちは一致しているということか。
「だったら、言わずもがなだが、『レベル』を上げることだな」
「レベル──確かそれも、ボクたちが神様から与えられた力ですよね。ボクたち冒険者の職業適性を持った者は、モンスターを倒すことで『レベルアップ』をして強くなれると聞きました」
「ああ、それで合ってる。ユキたちもギルドから、冒険者カードはもらったよな。見せてもらえるか」
「はい。これですよね」
ユキは懐から、自身の冒険者カードを取り出して、俺に見せてくる。
冒険者カードは、迷宮探索の歴史の中で発見された、神聖器の一つだ。
今日では冒険者ギルドで複製したものを、すべての冒険者に配布している。
これは神聖器としては、ステータス測定器、および測定値をカードに出力する出力器と合わせてワンセットと呼ぶべき代物だ。
オーブ型のステータス測定器に冒険者の適性を持った者が手をかざすと、その冒険者のステータスが、出力器にセットした冒険者カードに出力される仕組みとなっている。
なお、ステータス測定器と出力器は各冒険者ギルドに配備されているものであり、冒険者の個人持ちではない。
冒険者はレベルが上がったと思ったら、冒険者ギルドに行って自らの冒険者カードを提出して、カードのステータスを上書きしてもらうことになる。
ユキの冒険者カードに表示されている現在のステータスは、こんな値だった。
【名 前】 ユキ
【職 業】 モンク
【レベル】 1
【筋 力】 8
【耐久力】 7
【敏捷力】 8
【魔 力】 5
【S P】 0
冒険者になったばかりというだけあって、ステータスは低めだ。
ただユキのこの能力でも、一般人の基準で見れば、十分に優秀なアスリートである。
冒険者の職業適性を持たない一般人の場合、【筋力】【耐久力】【敏捷力】【魔力】のいずれも4~5前後の値をとると言われている。
「セシリーとルシアも、冒険者カードを見せてもらってもいいか? 嫌じゃなければでいいが」
俺はユキにカードを返却しつつ、残る二人にもカードを見せるよう促す。
「別に、冒険者カードを見せるぐらいは、どうってことはないですけど」
「あんっ、クリードの兄貴ったらやだもう♪ 『お前の冒険者カードを見せろ』だなんて、エッチなんだからぁ♪ もう、しょうがないなぁ、ちょっとだけっすよ?」
「ルシア、変な言い方をしないで。何だか分からないけど、私まで恥ずかしいことをしている気分になるわ」
二人とも俺に冒険者カードを渡してくる。
なお相変わらず、ルシアの言うことは意味不明だ。
つられてセシリーまで頬を染めて恥ずかしがっていて、なんだかなぁという気持ちになった。
ともあれ俺は、二人の冒険者カードに記されているステータス値を確認する。
【名 前】 セシリー
【職 業】 ウィザード
【レベル】 1
【筋 力】 4
【耐久力】 5
【敏捷力】 7
【魔 力】 12
【S P】 0
【名 前】 ルシア
【職 業】 プリースト
【レベル】 1
【筋 力】 6
【耐久力】 6
【敏捷力】 6
【魔 力】 10
【S P】 0
こちらも職業とレベルに見合った、相応のステータスだった。
三人とも、ここがスタート地点だ。
これから迷宮を攻略していくにつれて、徐々に能力を伸ばしていくことになる。
俺はセシリーとルシアにも冒険者カードを返却する。
それから、進むべき通路の前でいまだに緊張した様子を見せているユキの肩を、ポンと叩く。
「ま、俺がそばにいる以上、第一迷宮でモンスターに負ける心配はない。気楽に行こうぜ」
「は、はい! クリードさん、未熟者のボクたちですが、精いっぱい頑張りますので、よろしくお願いします!」
俺は返事の代わりにユキに笑顔を向けてから、通路の先へと歩いていく。
ユキ、セシリー、ルシアの三人も、俺に続いた。
「あと、もう一つ言っておきたいんだが」
「はい、クリードさん。遠慮せずに、何なりと課題を与えてください。ボク、頑張ってついていきますから!」
「いや、そうじゃなくて。その『クリードさん』ってのやめて、普通にクリードって呼び捨てでいいぞ。歳もそんなに離れてなさそうだし」
俺が今、十七歳だ。
ユキ、セシリー、ルシアは三人とも十五歳ぐらいだろう。
だがそれには、ユキが珍しく抵抗の意志を見せた。
「えっ……? そ、それは、ちょっと……。クリードさんは、ボクにとっては先輩という感じですし、呼び捨ては……なんか、変です」
「そうか? それなら今のままでもいいが」
「あっ、分かりました。じゃあボク、クリードさんのことは『先輩』と呼びます。『クリード先輩』──うん、これだとすごくしっくりきますね」
「お、おう、そうか」
根本的に変わってない気がするが、まあいいか。
一方で、それに食いついてきたのはセシリーのほうだった。
「それは私も、呼び捨てをしてもいいということですか、クリード先輩?」
「ああ、そのほうが良ければそうしてくれ。敬語もいらない」
「ふぅん、ありがと。それじゃお言葉に甘えて、そうさせてもらうわ、クリード」
「むぅっ……そんなのクリード先輩に対して、失礼だと思うけど……。でも先輩本人がいいというなら、仕方がないか……」
横で聞いていたユキがぶつくさと言い、それに対してセシリーは優越感に浸るようにふふんと笑う。
なんかこの二人は、いつもぶつかりそうな気配があるな。
一方でルシアはというと──
「うちは『クリードの兄貴』のままでいいっすよ。あ、それとも『クリードの旦那』のほうがいいっすかね?」
などと言ってくるので「ルシアは好きにしてくれ」と答えると、「ん、好きにするっす」と返ってきた。
そんなやり取りをしつつ、俺は三人の新たな仲間とともに、“始まりの大迷宮”こと第一迷宮の最初の道を進んでいった。