第4話
俺が一人で酒を飲んでいると、少女たちは何やら、俺のほうをちらちらと見ながら相談を始めた。
そうして、しばらくの後。
相談事がまとまったのか、少女たちが一人酒をしている俺のもとに歩み寄ってくる。
先頭に立つのは【モンク】姿の少女だ。
黒髪ポニーテールの真面目そうな顔立ちの少女は、俺に向かってこう言ってきた。
「あ、あの……! ボクたちから、お兄さんにお願いがあります!」
俺は飲んでいた酒のジョッキをテーブルに置き、その声に応じる。
「お願い?」
「はい。図々しいのは承知で、お願いをします。お兄さんは今、パーティを組んでいない単独の冒険者とお見受けしました。……合っていますか?」
「ああ、正解だ。寂しい独り者に見えたか」
「や、え、えっと……そういうわけじゃ……す、すみません」
しょぼんとして、申し訳なさそうに謝ってくる【モンク】姿の少女。
そういうわけじゃ、あったらしい。
「いや、軽い冗談だ。ガチで謝られると逆に凹む。──それで?」
「は、はい……それで、その……ボクたちは今、この三人でパーティを組んだところなんです。でも、四人目が見つからなくて。さっきみたいな、ろくでもない男と組むのも嫌だし……」
「ふぅん。それで俺に、パーティを組んでほしいってわけか」
俺がそう返すと、【モンク】姿の少女はこくんとうなずいた。
「お兄さんのような凄腕の冒険者に、ボクたちみたいな駆け出しが図々しいお願いをしているのは分かっています。だから迷宮探索での分け前は、ボクたちのほうを少なくしてもらっていいです。ダメ元ですが、それで聞いてみようと思いまして……どうでしょうか?」
ひどく緊張した様子で、そう聞いてくる。
彼女なりに、一世一代の大勝負に出ているといった雰囲気だった。
俺は顎に手をあて、考える。
「『さっきみたいなろくでもない男と組むのは嫌』って言ったよな? 俺がそのろくでもない男と同類じゃないと思う根拠は?」
「三人一致で、お兄さんなら大丈夫ということになりました。でも実際のところは、一緒に冒険してみるまで分からないのは、誰が相手でも同じだと思います」
「なるほどな、道理だ」
俺がこんな質問をしたのは、目の前の少女たちの美貌にやられて、まあまあ鼻の下が伸びそうになっているからなんだがな。
まあいい。
それならそれで、俺の人柄はあとあと彼女たちに判断してもらえばいい話だ。
それに、俺にとってもこの話は、それなりに渡りに船のものだった。
無論、冒険者としての高みを最速で目指すのなら、第三迷宮都市まで戻って仲間に入れてくれるパーティを探す方が賢明だろう。
だがそんな都合のいいパーティがすぐに見つかるかどうかは、かなり怪しい。
それに元のパーティに戻る場合もそうだが、既存の形ができあがったパーティに一人だけ途中参加というのは、いろいろと人間関係のしがらみが面倒そうだ。
だったら、ここで一から出直すのも悪い話じゃないだろう。
「オーケー、分かった。俺で良ければ、キミたちのパーティに参加しよう」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
【モンク】姿の少女は、ぱあっと表情を輝かせてから、勢いよく頭を下げてくる。
後ろの【ウィザード】姿と【プリースト】姿の少女も、互いに顔を見合わせていた。
俺はそんな少女たちに、一応、釘を刺しておく。
「だが先に言っとくぞ。さっきは成り行きで助けに入ったが、俺はもともと正義の味方でも、聖人君子でもない。パーティを組んでみて『こんな人だとは思わなかった』とか言われても、知ったことじゃないからな」
「はい、もちろんです。でもそれは、ボクたちもお互い様というか」
「ま、そりゃそうか。──分かった。じゃあこれから、よろしく頼む」
「はい! よろしくお願いします!」
俺はまず【モンク】姿の少女と握手をし、それから後ろの二人の少女とも握手を交わした。
***
俺たちはその後、酒場でテーブルを一つ占拠すると、適当に酒や料理を注文してから、互いに自己紹介を始めた。
「ボクの名前は『ユキ』といいます。東国の出身で、職業適性は【モンク】です。未熟者ですが、クリードさんの足を引っ張らないように頑張ります」
そう自己紹介をしたのは、黒髪ポニーテールの【モンク】姿の少女だ。
真面目そうな表情に、真っすぐな黒の瞳をたたえている。
装備は【モンク】らしく動きやすい道着を身につけているばかりで、ほかには武器も鎧もなしというシンプルなスタイルだ。
ちなみに、プロポーションは可もなく不可もなくといったところだが、瑞々しく健康的な肢体はスポーティな少女の魅力にあふれている。
今はあどけなさが目立つ容姿も、もう何年かしたら、誰もが羨む大人の美女へと成長することだろう。
「『セシリー』です。職業適性は見ての通りの【ウィザード】です。これからよろしくお願いします」
そう最低限の自己紹介だけしてきたのは、【ウィザード】姿の少女だ。
パッと見では理知的で淡白そうな印象を受けるが、実際のところがどうなのかはまだ分からない。
身に着けているのは、魔法使いらしいローブと、つば広の三角帽子。
手には木の杖を持っている。
セミショートの赤髪は、一部ゆるやかに外はねしている。
瞳の色も赤で、ややキツめの眼差しが、大きめの丸メガネの向こうに宿っている。
プロポーションはと見ると、背丈はユキと同じぐらいだが、女性らしい体の凹凸は控えめであるように感じた。
「うちは『ルシア』っていいます。この世界にあまねく癒しを振りまく、女神のごとき【プリースト】のルシアちゃんといえばうちのことっすね。ちなみにうち、長いものとイケメンには抱かれていたいタイプなんで、お兄さんとは末永くよろしくお願いしたい気分っす」
最後に自己紹介をしてきたのは、どうにも様子がおかしい【プリースト】の少女だ。
だが困ったことに、内面とかかわりなく、ルックスは一級品である。
背中まで伸ばされた輝くような金髪に、愛くるしい大粒の青い瞳。
金糸刺繍などで装飾が施された純白のローブは、その身を清廉に包み込んでいる。
背は他の二人と比べて低めだが、胸などの膨らみは驚くほどに立派で母性的だ。
だが繰り返しになるが、どうにも様子がおかしいのが玉に瑕である。
あと喋り口調が三下っぽいのも、容姿の無駄遣いに拍車をかけていた。
「クリードだ。職業は【マスターシーフ】。ひと月前まで別のパーティにいて第三迷宮に潜っていたが、わけあってそのパーティからは脱退した。脱退の理由は話すと長いんだが──」
俺も軽く自己紹介をしてから、一通り、自分の事情を話した。
上級職にクラスチェンジできない【シーフ】では、第三迷宮深層より先の迷宮探索は無理があったため、パーティから脱退したこと。
だが【マスターシーフの書】を発見できたことにより、念願の上級職になれたこと。
しかし今からでは、元のパーティには戻りづらいこと、などなど。
すると【モンク】のユキが、無邪気な様子で首を傾げて、こう聞いてきた。
「えぇっと……その【マスターシーフの書】って、凄いアイテムなんですか?」
俺からすると驚きの質問だったが──まあそうだよな。
これから冒険者を始めようってやつには、ピンと来ないかもしれない。
「ああ、めちゃくちゃ凄いアイテムだ。どのぐらい凄いかというと、効力使用済みの【マスターシーフの書】を、さっき冒険者ギルドに三十万カパルで買い取ってもらったぐらいだ」
「さ、三十万カパルっ!?」
ガタっとテーブルに手をついて立ち上がったのは、【プリースト】のルシアだ。
少女はあわわ、あわわとふらついてから、がくりと床に崩れ落ちる。
「そんな……三十万カパルなんてあったら、数年は遊んで暮らせるじゃないっすか……クリードさん、冒険者のふりをして、実は大金持ちだったっす……。──くっ、でもそんな莫大な財力でうちを誑かそうったって、そうはいかないっすよ! お金なんかには絶対に負けない!」
そう言って、俺のことをキッと睨みつけてくるルシア。
やはりこの子は、だいぶ様子がおかしい。
「いや、一生遊んで暮らせる額じゃないし、莫大な財産は言いすぎだろ。あと勝手に誑かされないでくれ。ていうか、お前は俺に誑かされたいのか、そうでないのかどっちだ」
「んー、そのときのノリと気分によって変わるっすかね。……はは~ん? さてはクリードの兄貴、さっそくうちの魅力にメロメロっすね?」
「…………」
つ、疲れる……。
えぇい、色っぽくしなを作るな、チビッ子が。
とりあえず、ルシアはまともに相手をしてはいけないということが、ここまでの会話だけでもよーく分かった。
「でもクリードさん、どうして使用済みのアイテムを、そんな額で引き取ってもらえるんです? おかしくないですか?」
今度は【ウィザード】のセシリーからの質問。
俺はその疑問に答えてやる。
「おかしくない。なぜかと言えば、それをギルドの研究機関で調査・分析することで、【マスターシーフの書】の複製を量産することが可能になるからな。ただ複製ができるようになるまでには、最低でも数年の研究期間がかかるらしいが」
「ということは……ひょっとして、これから最低でも数年間は、【マスターシーフ】は全世界でクリードさんただ一人、ということ?」
「ああ、そうなるな」
「……マジですか」
「マジだ」
俺の話を聞いたセシリーは、「うーっ」と呻いて頭を抱えた。
うん、気持ちは分かるぞ。
俺自身も、今の俺の境遇はわりとどうかしていると思うからな。
──とまあ、そんなこんなで、四人でパーティを組むことに決めた俺たち。
その日は夜も遅かったので宿で休み、翌日から第一迷宮の探索を始めることにしたのだった。