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第21話

 俺は常人のおよそ十五倍の速度で、スキンヘッドの男の懐へと駆け込んでいく。


 こちらもすでに大ダメージを負い、これ以上の被弾は許されない状態だ。

 相手を翻弄するために余裕ぶってはいるが、一手もミスるわけにはいかない。


 俺は集中力を研ぎ澄ませて、相手の動きを見極める。


「くっ──【轟刃乱舞】!」


 俺のスピードに焦ったらしきスキンヘッドは、苦し紛れに連撃系の大技を放ってきた。

 斧を猛烈な勢いで、連続して振り回す乱舞技だ。


「──悪手だな」


 俺は瞬時に横手にステップして、スキンヘッドの正面から離脱する。


 ひとたび連撃技を放てば、後戻りができない。

 途中で動作をキャンセルしたとしても、反動で大幅な隙が生まれてしまう。


 正面に向かって乱舞技を放ったスキンヘッドは、横手に回った俺に対して無防備だった。


「──【パラライズブレード】! 【パラライズブレードⅡ】」


「ぐはっ!」


 俺はその隙に乗じて、両手の【神獣のククリ】による攻撃を二セット叩き込むと、一度ターゲットから距離を取る。


 ターゲットは金属製の鎧を着ていたが、神聖器の短剣はそれをものともせずに引き裂いて、相手の胴に四条の浅くない爪跡を残した。


 一度の交戦を終えたスキンヘッドは、傷口を手で押さえながら、苦悶の声をあげる。


「く、くそっ……! こんなの、短剣の攻撃力じゃねぇぞ、どうなってやがる……! こ、殺してやる、この野郎……!」


 手負いの野獣のような目で、憎々しげに俺を睨みつけてくるスキンヘッド。


 俺はそれに、温度のない声で返す。


「それはもう無理だと思うぜ。さっきまではまだ目があったが、もう終わりだ。勝負はついた」


「もう……勝負がついた、だと……! ──ふざけるな! まだ俺様より、テメェのほうがダメージはでかいだろうが! 勝った気でいるんじゃねぇぞ!」


「純粋な物理ダメージだけなら、確かにあんたのほうが傷は浅いかもな。──だがあんた自身、もう分かってるだろ。もう体がまともに動かないはずだ」


 俺のその言葉に、スキンヘッドはぎりりっと歯を軋ませる。


「くそっ……! この体の痺れ……やっぱり【麻痺】だってのかよ……!」


「そういうことだ。しかも普通の【麻痺】じゃない。【マスターシーフ】の固有スキルによる、とっておきの代物──【強化麻痺】だ」


「き、【強化麻痺】だと……!?」


 バッドステータスの【麻痺】を与えると、相手の体には軽度の痺れが出て、通常どおりには動けなくなる。


【シーフ】のスキル【パラライズブレード】は、対象に通常攻撃と同等のダメージを与えると同時に、【麻痺】を与えることができる。


 加えて、【マスターシーフ】のスキル【パラライズブレードⅡ】は、通常の【麻痺】をすでに受けている相手に使うことで、さらに強力な【強化麻痺】を与える。


 強力な痺れに侵食されたやつの体は、もはや通常の半分ほどの能力でしか動かないはずだ。


 だがスキンヘッドは、それでもなお、闘志をむき出しにしてくる。


「み、認められるか……! 俺様は攻撃力最強──戦闘系上級職の【ウォーロード】だぞ! 探索職ごときに、これだけのハンデがあって負けるわけがあるかぁあああっ!」


 スキンヘッドは夜空に向かって雄叫びをあげ、斧を振り上げて襲い掛かってくる。


 だがその速度は、11レベル【モンク】のユキのほうが、よほど速いぐらいのものだ。

 30レベルの上級職同士の戦いで、まともに通用する水準ではない。


「──だらぁあああああっ!」


「遅ぇよ」


 俺は振り下ろされる大斧を、横に跳んで悠々と回避する。

 そして二本の【神獣のククリ】を手に、手持ちで最も威力の高い攻撃スキルを発動。


「終わりだ──【サウザンドブレード】!」


 ──ズババババババッ!


 二本の短剣を使った怒涛の連続攻撃で、スキンヘッドの男の全身を滅多切りにした。


「ぐわぁあああああっ……!」


 全身から血を噴き出し、白目をむいて崩れ落ちるスキンヘッドの男。


 冒険者だから死んではいないはずだが、確実に戦闘不能だ。


「──乱舞技ってのは、確実に決められるときに使うんだよ」


 俺は両手の【神獣のククリ】をくるくると手元で回してから、腰の鞘に収める。

 こちらの戦闘は終了だ。


 そして、ユキとセシリーの戦いへと視線を向ける。

 二人の戦いも、最後の締めくくりのようだった。


「これで終わりだ──【稲妻蹴り】!」


「ぐはっ……! バ、バカな……このガキっ……なんで、こんなに強く……」


「落ちなさい──【アイスジャベリン】!」


「ぐぁあああああっ……! あ、ありえ、ねぇ……」


 少女たちからの攻撃を受けて、バタバタと倒れていく二人のチンピラ冒険者。


 彼らが戦闘不能状態に陥ったのを確認して、ユキとセシリーはハイタッチで勝利を祝った。


 だが二人は笑顔も束の間、俺の姿を見て、慌てて駆け寄ってくる。


「せ、先輩、その怪我は……!」


「大丈夫なの、クリード……?」


 俺は心配してくれた二人に向かって、穏やかに笑いかける。


「ああ。見た目は派手だが、それほどのダメージじゃない。ま、そこそこ痛いけどな。──それよりもルシアのほうが重傷だ。命に別状はないと思うが……ユキ、セシリー、悪いが彼女を、宿まで運んで休ませてやってくれ」


「分かりました、先輩。……でも、先輩は?」


 ユキが首を傾げて聞いてくる。


 俺は倒れたチンピラ冒険者たちや、スキンヘッドの男を見据えて答える。


「俺には一つ、やるべきことが残っている。それが終わったら戻る」


「……それって、私たちがここにいては、いけないことなの?」


 セシリーが瞳に真剣な色を宿して、俺の目をまっすぐに見てきた。


 どうやら俺がやろうとしていることを、薄々察しているようだが──


「ああ。セシリーも、頼む。ルシアを連れて、ユキと一緒に宿に戻ってくれ」


「……そう、分かったわ。──行きましょう、ユキ」


「で、でも……!」


「わがままを言う子は、大好きな先輩に嫌われるわよ」


「はぁっ……!? な、なんだよそれ!」


「いいから、クリードが行けって言っているんだから、さっさと行くの。ほら、ルシアを背負って。ユキのほうが私よりも【筋力】があるでしょう」


「……わ、分かったよ。──先輩、それじゃあボクたち、宿で待ってますから!」


「ああ、俺も用事が終わったら、すぐに追いかける」


 そうして俺は、ユキとそれに背負われたルシア、セシリーの三人を見送った。


 しかる後に、森の中の広場に戦闘不能状態で倒れている、四人の男たちへと視線を移す。


「さて──」


 俺がゴミを見るような目で見下すと、男たちはびくりと震える。


「ま、待て……! ま、まさかお前みたいな正義の味方が、俺たちのこと、殺したりはしねぇよな……?」


「わわわ、分かってんのか。ひ、人殺しは、犯罪だぞ!」


 男たちが口々に、的外れなことを言ってくる。


 俺はそれを鼻で笑いつつ、一度鞘にしまった二振りの短剣を抜いて、倒れている男たちのほうへゆっくりと歩いていく。


「まったく覚えがないんだが──俺はいつ正義の味方になったんだ? しかも人殺しは犯罪だって? 笑わせるなよ」


 ──ズシャッ。

 まずは一人を始末、次へと向かう。


「街の外で起こることまでは、そうそう公権力の手の及ぶところじゃない。だからお前らだって、この場所を選んだんだろ? ──それが相手にとっても都合がいいなんてことは、考えもせずにな」


 ──ずぶりっ。

 もう一人を始末、さらに次の一人へと向かう。


「警告は二度もした。一度目は冒険者ギルドで武器を抜いたとき、二度目は街中で出会ったとき。二度も警告だけで済ませた結果、ルシアが酷い目に遭った。俺の失敗だ。お前らに生存本能すら欠如しているとは思わなかったんだ。──そんな見込み違いをした俺が、危機感もなく三度目の慈悲を与えられると思うか?」


 ──ドシュッ。

 三人目を始末、最後の一人に向かう。


 すると最後の一人、スキンヘッドの男が必死に命乞いをしてきた。


「ま、待て。俺はテメェ……いやいや、あんたに手を出したのは初めてだ。この三人とは違う。俺が悪かった、もうあんたには、それにあんたの女にも、二度と手は出さねぇ。な、だから見逃してくれよ……頼むよ、へへへっ……」


 俺はそんなスキンヘッドの首筋に、短剣の刃を押し当てる。


「ヒッ……!? な、なんで……!?」


「なんで、じゃねぇよ。都合のいいことばっか言ってんじゃねぇぞ。──いいか、テメェらは喧嘩を売る相手を間違えたんだよ。限度を知らないチンピラ同士の抗争に負けた、それだけの話だ。残念だったな」


 ──ズブシュッ!

 最後の一人を始末した。


 それから俺は、二本の短剣を鞘に収め、月の綺麗な夜空を見上げてふぅと一息をつく。


 その後、骸を適当に近くの草むらへと放り込むと、俺は何食わぬ顔で街へと帰還した。


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