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第17話

「ふんふんふ~ん♪ うちは慈愛のルシアちゃ~ん、みんながうちに一目惚れ~♪」


 天気のいい昼下がり。

 上機嫌に調子っ外れの鼻歌を歌いながら、一人の【プリースト】の少女が街の大通りを歩いていた。


 美しい金髪を背中まで流した、童顔で小柄な少女だ。


 清楚な純白のローブを押し上げてどーんと自己主張をする立派な胸やお尻は、幼い顔立ちや小柄な体躯とギャップのある調和を見せていて、道行く男ども、とくにロリコン趣味の連中に息を飲ませる。


 ゆえに彼女の鼻歌の内容も、あながち自意識過剰とばかりも言い切れないのだが、だからと言って彼女の言動の残念さが否定されるわけでもない。


「ふんふんふ~ん♪ 兄貴もうちに一目惚れ~♪ 未来の金づる玉の輿~♪」


 少女──ルシアにとっては、久しぶりの休日気分の午後だった。


 第一迷宮のボス退治は、今日の午前中にあっさり終了したので、午後は自由行動となったのである。


 第一迷宮のゲートキーパー、カイザーミノタウロスのツノは、冒険者ギルドにて二本で千二百カパルというそれなりの高額で引き取ってもらうことができた。


 その他にも手に入れた素材があり、パーティメンバーで収入を分配すると、ルシアの財布には三百五十カパルが転がり込んできた。


「くっくっく……街中で丸一日汗水たらして肉体労働をしたって、日当は百カパルももらえればいいほうっすからね。クリードの兄貴と一緒なら、冒険者稼業はボロい商売ってわけっすよ。我ながらいい金づるを見つけたものっす」


 当初は「自分たちの分け前は少なくていい」と言ってクリードに仲間になってもらったユキ、セシリー、ルシアの三人だったが、クリードが端金はどうでもいいと言って傾斜配分を拒否したので、迷宮探索で得た素材報酬は結局、均等割りをする話になっていた。


 その代わり、クリードのスキルの力で手に入れた宝箱の中身は、クリードに所有権が与えられることに決まっている。


 ルシアも【破邪の戦鎚】と【ミスリルの鎖帷子】を装備してはいるが、これは借りているだけで、本来的にはクリードの所有物だ。


 ただいずれにせよ、今のルシアにとって重要なのは、自分の懐に三百五十カパルが入ったことだ。


 金貨三枚と、銀貨が五枚である。

 ルシアはそれを持って、貧民街のほうへと足を向けていた。


 やがて貧民街の入り口にたどり着くと、ルシアはためらいもなく、その奥へと踏み込んでいく。


 第一迷宮都市の貧民街は、襤褸(ぼろ)を着て薄汚れた浮浪者や乞食、あるいはストリートチルドレンというような子供たちなどがあちこちにたむろしている地帯である。


 そこを堂々と歩いていく、見た目だけは可憐で小綺麗で麗しい【プリースト】の少女の姿は、誰の目からも場違いであるように見えた。


 やがてルシアは、道端に座っていた一人の乞食を見つけて声をかける。


「やっほーっす。一応元気になったみたいっすね。良かったっすよ」


「はっ……! ル、ルシア様……! 昨日は本当に、ありがとうございました……!」


 乞食はルシアの姿を認めるなり、深々と頭を下げた。

 それを受けた少女は、鼻高々に言い放つ。


「ふっふ~ん、もっと崇めていいっすよ♪ そして慈愛の聖女ルシアちゃんの名前を、世界中の人々に広めるがいいっす。──んで、今日も儲かったんで、これは分け前としてあげるっす。何か栄養のあるものでも食べるといいっすよ」


 そう言ってルシアは、懐の財布から銀貨一枚を取り出して、乞食に渡した。

 乞食は恭しく、それを受け取る。


「あ、ありがとうございます……! 昨日は傷を癒していただいた上に施しを、そして今日までもこんな施しをいただけるなんて。ルシア様はまさに聖女様です……!」


「にはは~、それほどでもあるっすけどね~♪ でも残念ながら、これも今日までっすよ。うちは明日、別の街に旅立つっす。それじゃ、ばっはは~い♪」


 ルシアは乞食に別れを告げて、さらに貧民街を進んでいく。


 やがてたどり着いたのは、一軒のボロ小屋だ。


 ルシアが入り口の扉をノックすると、中からやせ細った一人の女性が出てきた。


「あっ……ル、ルシア様! 先日は本当にありがとうございました! 金貨を譲っていただいたおかげで、しばらくはチビたちにおいしいものをお腹いっぱい食べさせることができます。本当にありがとうございます。あなた様は本物の聖女様です!」


 女性の後ろ、小屋の中を覗くと、小さな子供が四人、取っ組み合いなどして遊んでいた。

 ルシアはそれを見て、淡く微笑む。


「お姉さんも大変っすね。女手一つってやつっすか」


「はい。夫が先日、事故で亡くなりまして」


「そっすかー。うちには何もしてあげられないっすけど、はい、金貨二枚あげるっす」


「は……?」


 ルシアが金貨を二枚差し出すと、女性は驚きで目を丸くした。


 ルシアはその女性の手に、金貨二枚を半ば無理やりにねじ込む。


「え、あ、ありがとうございます……。……で、でも、昨日もそうですけど、どうしてルシア様は、私たちに施してくださるのですか? まさかこの貧民街の全員に、施して回っているとか……?」


「まっさか~! うちはそんな金持ちじゃないっすよ」


「では、どうして……?」


「んー、どうしてって聞かれると困るっすけど、まあノリと気分っすよ。うちってバカっすから。ちゃんと物事を考えてる人は、他人にお金を施すなんてスジの通らないことはできないんじゃないっすかね? いや、しらんっすけど」


「はあ……」


「あ、でも、明日からうちは別の街に行くんで、これまでっす。お姉さんたちも達者に暮らすといいと思うっすけど、そうじゃなくてもうちの知ったことじゃないんで。じゃ、ばっははーい♪」


「はあ……ばっははーい……じゃなかった、あ、ありがとうございました、ルシア様!」


 ルシアはお礼の声を背中に受け、小屋を後にする。


 そしてさらに、貧民街の何人かの貧者に銀貨一枚ずつを渡して回ると、ルシアの財布の中には金貨一枚だけが残った。


「ま、こんなもんっすかね。この残った金貨一枚は、うちのものっすよ。にひひ~♪ さあ、帰ってうまいものでも食べるっす。……あ、でもクリードの兄貴が、今夜はまた宴会やるって言ってたっすね。ていうか、そっか、第二迷宮都市までの旅費も必要だったっす。──まあでも、いざとなればクリードの兄貴に泣きつけば何とかなるっすね。大丈夫大丈夫」


 そんなことをつぶやきながら、ルシアは貧民街を後にしようとした。


 だが、そんなとき──。

 彼女の前に、招かれざる客が現れる。


「──よう、お嬢ちゃん。いつぞやは世話になったな」


「こんな場所で何やってんだか知らねぇけど、こういうとこは治安が悪いもんだ。年頃の女の子が一人で歩いてるってのは、危ないと思うぜぇ?」


 二人のチンピラ風の男が、ルシアの前に立ちふさがったのだ。


 どちらもヘラヘラと、嫌な笑いを浮かべている。

 以前に冒険者ギルドで出会った、チンピラ冒険者三人組のうちの二人だった。


 ルシアはその二人を見て、目を鋭く細め、額から一筋の汗を流す。


 少女は二人から遠ざかるようにして、じりじりと後ずさるが、男たちはそんなルシアを嘲笑うように、ゆっくりと近付いてくる。


「し、心配してもらわなくても……こう見えてもうちは、冒険者っすからね。そんじょそこらの暴漢ぐらいは、返り討ちにできるっすよ……?」


「へぇ、そりゃあ心強い。──その暴漢もまた、冒険者だったとしてもか?」


「そ、それはどうっすかね……やってみないと、なんともっすよ……はははっ……。でも暴漢の人だって、痛い目を見るかもしれないっすから、迂闊に冒険者の女の子とか襲うのは、やめたほうがいいんじゃないっすかね……?」


 ルシアは二人のチンピラ冒険者たちから目を離さないようにしながら、腰に【破邪の戦鎚】があることを確かめる。


 だが──


(いや、ダメっす……街中で武器は……。──こうなったら)


 ルシアはその場でくるりと振り返り、脱兎のごとく逃げ出そうとした。


 しかし、それも──


「なっ……!?」


「おいおい、俺たちは貧民街でお前さんを見つけてから、ずっとあとをつけて機会を探ってたんだぜ? 逃げ道なんか残しとくわけねぇんだわ」


 もう一人のチンピラ冒険者が横道から現れ、逃げ出そうとしたルシアの退路を塞いでしまった。


 ルシアが進んでいたのはひと気のない細い一本道で、これで前も後ろも塞がれた形になる。


 しかも悪いことは、そればかりではなかった。


「ほぉう。確かにテメェらの言うとおり、大した上物の女だな。ちぃとガキくせぇのが玉に瑕だが、悪くねぇ」


「でしょ、ゴンザレスさん。ほかの二人もこいつに負けず劣らずの上玉ですぜ?」


 逃げようとしたルシアの前に立ちふさがったチンピラ冒険者の向こうに、さらにもう一人。


 腕を組んで立っていたのは、大柄で屈強そうな男だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ルシア大ピンチ!? っていうかただでお金上げちゃ駄目~。なにか仕事用意してあげないとあまり意味が……。
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