第11話
クリードに脅されて慌てて撤収したチンピラ風の男たちは、苦虫をかみ潰したような顔で街中を歩いていた。
「くそっ、あの優男、気に入らねぇな。クリードとか言ったか。あいつさえいなけりゃ、どうとでもなるのによ」
男たちのうちの一人が、吐き捨てるように言う。
「ホントだよ。それにしても、あの女冒険者のガキども、えれぇ美人揃いだったよな……。ちくしょうあの野郎、ちょっと顔が良くて強ぇからって、女どもに懐かれやがって。許せねぇ野郎だ」
別の一人が、ギリギリと歯噛みする。
「あー、どうにかあのクリードとかいう色男、潰してやりてぇよな。──ったくよぉ!」
最後の一人が、路上の石ころを蹴飛ばしながら言う。
石ころは道端に座っていた浮浪者風の男に当たりそうになり、その男は「ひっ」と悲鳴を上げてうずくまったが、蹴った本人はそれを見てゲラゲラと笑う。
男たちは街の貧民窟を、肩を怒らせながら歩いていく。
貧民窟の人々は、彼らに怯えるようにして、身を小さくしていた。
男たちはなおも悠然と、怯える人々の間を闊歩していく。
「あの野郎を何とかしねぇと、俺たちのメンツだって立ちやしねぇ」
「つってもありゃ、とんでもねぇ手練れだぜ。あの速さに加えて、二本の短剣を構えたときの隙のなさ……おそらくは第二迷宮でもねえ、第三迷宮を探索している冒険者ってあたりだろうよ。俺たちが三人で束になってかかっても、あっという間にのされて終いだろうな。……ちくしょう、気に入らねぇぜ」
「第三迷宮の冒険者ねぇ……。なんでそんなやつが、この第一迷宮都市なんかにいるんだよ。なあ?」
「知るかよそんなの。──でもそういやぁ、第三迷宮の冒険者っていえば、ゴンザレスさんも最近まで第三迷宮に潜ってたって自慢してなかったか?」
「あー、ゴンザレスさんな。クッソ威張り散らしてるし、正直めんどくせぇよな。『俺は上級職のウォーロードだ。文句があるやつはかかって来い』とか言って、この街の荒れくれをあっという間に牛耳っちまいやがった。最近、気に入らねぇことばかりだぜ」
「それまではこの街の裏ぁ仕切ってたのは、俺たちだったってのにな。ま、ゴンザレスさんも実際アホほど強いから、従うしかねぇんだけどよ」
「ゴンザレスさんかぁ……。ゴンザレスさんとあの優男だったら、どっちが強ぇんだろうな」
「そりゃあ、お前……いや、実際に戦わせてみねぇと分からねぇな。スピードだったら優男に分があるが、パワーは間違いなくゴンザレスさんのほうが上だろ」
「ん、待てよ……?」
「ゴンザレスさんと、あの野郎を戦わせる……?」
「「「──それだ!」」」
三人のチンピラ冒険者たちは、互いに顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
***
俺はユキ、セシリー、ルシアの三人を連れて、昨日と同じように、第一迷宮の入り口である森の奥地へと到着した。
そこで女神像を動かし、四人で地下二階のスタート地点へと瞬間転移する。
そして先へと進もうとすると、そのとき、ユキがぽつりとつぶやいた。
「……でも、クリード先輩。あいつらの言ったことで、その通りだったことがひとつあるんです」
「あいつらって、さっきのチンピラどもか?」
俺がそう聞き返すと、ユキはこくりとうなずく。
そして【モンク】の少女は、その拳をぎゅっとにぎりしめる。
「クリード先輩に守ってもらわないと、ボクたち自身じゃ何もできないって……そう言われて、ボクには何も、言い返せる言葉がなかった」
そのユキの悔しげな言葉を聞いて、セシリーもまた、うつむいてしまう。
ルシアは何を考えているのか、普段通りの様子だったが。
ふぅん。
それじゃ、ちょっと寄り道になるが、これはやっておくか。
「よし、分かった。じゃあ地下一階に戻るぞ」
「えっ……? 今日は、地下二階の探索じゃないんですか、先輩?」
「いいから、三人ともついて来いよ」
「は、はい」
ユキは半信半疑という様子で、セシリーは露骨に怪訝そうな顔で、ルシアは鼻歌交じりの軽い足取りで、地下一階への階段を上る俺のあとをついてきた。
地下一階へと到着すると、俺はそのまま、地下一階の探索を開始する。
しばらくすると、コボルドの群れに出くわした。
数は五体。
ちょうど昨日の初戦で戦ったコボルドと同じ数だ。
俺はユキたち三人に向かって言う。
「よし。じゃあ俺は手出ししないから、お前らであのコボルドの群れを倒してみな」
「えっ……? クリード先輩の手助けなしで、コボルド五体とですか!?」
ユキが驚きの声をあげる。
セシリーもまた、メガネの奥の目を丸くしていた。
ちなみにルシアはというと、「そ、そんな……」などと言って絶望的な顔になっていた。
地下一階に行くと聞いて、楽ができると思っていたらしい。
俺は洞窟の床に、これ見よがしにごろんと寝転がりつつ、少女たちに向かって言う。
「ずっと俺がほとんどの敵を倒していたから、自分たちだけで群れの相手をしたことはなかっただろ? 大丈夫、今のお前たちならやれるって」
「で、でも……! コボルド五体を相手に、ボクたち三人だけでなんて……」
「それとも、自分たちは誰かに守ってもらわないと、何もできないヒヨッコだと思うか?」
「「──っ!」」
ユキとセシリーの二人が、息をのんだ。
そうこうしている間にも、こちらの様子を窺っていたコボルドたちが、じりじりと近付いてくる。
やがてユキの顔に、決意の表情が宿った。
セシリーも同様で、二人は顔を見合わせ、互いにうなずき合う。
そしてついにコボルドの群れが、堰を切ったようにして、こちらに向かって駆けだしてきた。
それを見たルシアが、悲鳴を上げる。
「ど、どーでもいいけど、やらないとまずいっすよ! うちまだコボルドの餌にはなりたくないっす!」
「よし、分かった。──やるよ! ボクが前に出る。セシリーとルシアは援護を!」
「──了解!」
「わ、分かったっす!」
俺はそんな少女たちに、寝転がったまま伝える。
「じゃ、戦闘が終わったら起こしてくれ」
「はい、先輩!」
「まったく、偉そうに言って。覚えてなさいよクリード。今にぎゃふんと言わせてあげるから」
俺はセシリーの言葉に笑い、早よ行けと手を振った。
セシリーはぐぬぬぬっと悔しげな顔をしたが、すぐに切り替えてコボルドたちのほうへと意識を向けた。
そうして戦闘が始まった。
襲い掛かってくるコボルドの群れに、単身向かっていったのはユキだ。
「──はぁああああああっ!」
【モンク】の少女は、常人とは一線を画する素早さで、敵の懐へと突っ込んでいく。
その思い切りの良さに、驚き戸惑うコボルドたち。
「──とぉりゃあああっ!」
ユキはまず、彼女の動きに対応できていない一体のコボルドに向かって、勢い任せの飛び蹴りを叩き込んだ。
そのコボルドは小型の木盾を持っていたが、勢いのついたユキの蹴りはその盾の防御ごと貫き、当のコボルドを大きく吹き飛ばした。
さらに──
「──はっ!」
着地したユキは、武器を振り上げ慌てて攻撃してきたコボルドのうち一体に、低い位置からの足払いを素早く放つ。
足払いを受けたコボルドは、すってんころりと転倒した。
だが、ユキが勢いづいていたのもそこまでだ。
残る三体のコボルドが、ユキに攻撃を仕掛ける。
ユキは急いで立ち上がろうとするが、さすがの【モンク】の少女も体勢が整い切らない。
そこに──
「させない──【ファイアボルト】!」
ゴォッと音を立てて放たれたセシリーの炎の魔法が、ユキに襲い掛かろうとしていたコボルドのうちの一体に直撃した。
そのコボルドは、炎に体を焼かれて倒れると、そのまま動かなくなる。
昨日の初戦、1レベルの段階では一撃必殺とはいかなかったセシリーの【ファイアボルト】も、4レベルになって魔力が上がった今では、コボルドを一撃撃破できるようになっていた。
だが、それで倒したのは一体だけ。
残る二体は、体勢が崩れたユキに容赦なく襲い掛かる。
「くっ……! あぐぅっ……!」
ユキは最初の一体の攻撃は、どうにかさばいて回避した。
だがもう一体の攻撃を、ユキは左肩に受けてしまう。
くぐもった悲鳴を上げる【モンク】の少女。
突き刺さった短剣を引き抜いたとき、コボルドの犬面が邪悪に笑ったように見えた。
短剣からは、ぽたり、ぽたりと赤い血が滴る。
「ぐぅぅっ……! く、くっそぉ……!」
ユキは一度、態勢を立て直そうとバックステップで後退する。
だがそれを、ユキを攻撃した二体のコボルドが追いかけてくる。
さらに転倒したコボルドも起き上がり、ユキが最初に蹴り飛ばした一体もふらふらながら立ち上がろうとしていた。
「ユキっ! 犬っころが、よくも──【ファイアボルト】!」
──ゴォッ!
セシリーは二度目の攻撃魔法を放ち、ユキの肩を突き刺したコボルドを炎で焼いた。
倒れて動かなくなるコボルド。
「ユキっち、すぐ治すっすよ──【ヒーリング】!」
ルシアが治癒魔法を使うと、治癒の光がユキの体を包み込み、少女のダメージを癒していく。
「ふぅっ……。ありがとう、ルシア。痛みは引いたよ」
「よかったっす。でもまだ三体いるっすよ」
「分かってる──一体で来たってぇーっ!」
──ドゴッ!
ユキの蹴りが、彼女に襲い掛かろうとしていたコボルドの腹にめり込み、犬面モンスターの小柄な体を吹き飛ばした。
──その後も戦闘は続いたが、手負いを含めた三体のコボルドでは、もはや形勢を立て直したユキたちの敵ではなかった。
セシリーの【ファイアボルト】が無傷のコボルド一体を撃破すると、残る手負いの二体は、ユキが持ち前の格闘術で難なく打ち倒した。
戦闘終了だ。
三人はハイタッチで互いの健闘をたたえ合う。
その後、彼女らは俺のほうへとやってきた。
俺が立ち上がって彼女たちを迎えると、三人は俺の目の前まで来て、先頭のユキが満面の笑顔で一言。
「先輩、勝ちました! ブイッ!」
俺はその後、少女たちの健闘を、たっぷりとほめたたえたのだった。




