子犬王子とレゼント家の本気
デビュタントでカトリナを婚約者だと言ってから早1週間。学園での生活と王族としての課題をこなす日々が続きながらも、カトリナを呼んでは癒しを貰っている。
それから3年後。
ラーゼルン国にも違法に取引されていると噂される魔法。
それが出回っていると各地で報告があがる。小国の王族との婚約者、もしくは次に権力が集まっている公爵家などから国の内部を壊し財を奪い、国としての機能をなくす。
小国で上手いこと出来たからと、魔法付与の技術を持つこの国を狙う可能性がある。その犯罪組織をこれ以上、好き勝手にさせられない。友好条約を結ぼうとしている国もあるのに乗っ取りだなんてされたら、その国にも被害が及んでしまう。
父様に防いでみせろと言われ、その組織の足取りを探るハメになる。お陰でカトリナと会えない日々が続き、こちらの精神が落ちるばかり。頭を撫でるだけでテンションが上がるのだから、自分の精神は彼女無しではもうダメだと思い知らされる。
「バカ犬!!!」
報告書を見ながら敵をどうあぶり出そうかと考えていた時だった。
怒鳴りながら執務室に入ってくるラングに思わず、ポカンと口を開けたままで反応が遅れる。
「お前、バカだとは思っていたが……とんでもないバカ犬だな!!!」
「え、な、なに?」
胸倉を掴まれてそのままラングに怒られる。
課題の為に途中で学園を抜ける事も多くなったし、カトリナに直接会えていない。それがどう伝わっているのか知らないが、学園内では私とカトリナは不仲であり別の令嬢と居る事が多くなったとか。
「……まぁ、実際にそうだけど」
「っ、おまえっ!!!」
「勘違いするな。ユリー・セーガル。伯爵家の娘で、デビュタントの時に妙な胸騒ぎを感じたんだ」
「胸騒ぎ、だと?」
「そう。彼女がしている香水が他とは違う」
「は?……香水?」
私は昔から鼻が利く方だ。
その中でも嫌いなものは……香水だ。果物系、花の香りの物と様々なものがあるが、私にはどれも合わない。
「苦手なものだけど、危険だ。今まで我慢して来たけど、別の効力のようなものを感じるからね。試しにお店で売っているのかと聞けば、ある人から譲り受けた物だと言う」
違法性のあるものなら調べればすぐに分かる。カトリナに危害が加えられるのは避けたいから、私が囮になると言った。
自然と王族の婚約者を狙うような事が続くのを聞いたばかりに、最悪な事態を予想せずにはいられない。
渋々、納得したラングをどうにか落ち着かせユリーが本当にその組織と繋がっているのか確かめたい。だから、私が上手く話を聞き出したい。
そう言えば彼もカトリナに上手く言うように、便宜を図ってくれるとの事。
頼もしい限りだと思い、そのまま私に注意が向くように仕向けてから数日。
ユリーが妙な事を言い出した。
「ねぇルーカス様。カトリナ様って怖くありません?」
「そう?」
「だって、酷い事を言われました。この間なんか荷物を隠されたのです」
違う。それは全部、カトリナが被害にあっている。黙っているのをどう捉えたか分からないが、その後もペラペラと話すから記録しておく。
それを聞いてからの翌日。
カトリナが大怪我を負ってしまった事を聞き、嫌な予感が的中した事にショックを受ける。
ラングが止めるのも聞かずに屋敷へと急いだ。
「なんのご用です?」
「カトリナに――」
「俺が会わせると思いますか?」
「っ……それは」
当然だな。現に彼は、私の事を仇のように睨んでいる。防げなかった事実もあるから、私はそれを甘んじて受けるしかない。
そうしていたら、中からカトリナの父親が見え客間へと通される。
「ファール、エド。2人は居てくれていい」
「「かしこまりました」」
エドと呼ばれた茶色い髪の笑顔の執事を見る。
歳は40代位かな。執事服の上からでも鍛えられていのが分かる。気配がないから凄く怖い……。
「事情があるのは知っています。娘に注意を逸らす為にワザとだというのも」
「……」
「幼いカトリナに首輪を渡すなど……。娘から話を聞き、ファールからも聞きました。それから屋敷の周りを見張らせ、怪しい者が居れば遠慮なく気絶しろ。とは言いましたが……貴方が釣れるなど思いませんでした」
あ、これは幼い私の行動を全部知っている。カトリナにはとても言えない事だけど……。
「そうまでして娘に会いたいという気持ちに、多少は心を打たれました。えぇ、多少はね? だから全力で、デビュタントまで阻止し続けるようにとも命令しました。ファール達は嬉しそうに実行してくれたよ」
「うぅ……」
カトリナに会う前から精神的ダメージが。
じゃあ、デビュタントまで会わないようにした父様も全部知ってたな。
毎日、毎日、時間を変えては屋敷に行ってたのに気絶していたのはそういう訳か。目が覚めたら自分の部屋にいるから凄く不思議だったけど。
そうか、彼等の仕業か……。
じゃあ、そこから私の世話係とも通じてるな。
「それで娘が怪我をしたと聞いて慌てて来たと。貴方は課題をこなすのに、自分が囮になって止めようとしていた。結果、娘に被害が来た訳ですね」
「……あの。カトリナは」
「鎮痛剤を飲んで休んでいます。全身打撲とはいえしばらくは動けません」
「すみません。カトリナに被害が」
「全くです、と言いたいですが……ファールが調べている間での事。痛み分けですかね」
(ファール、が?)
チラッと見たら、彼が調べていた資料を見せられる。どれもこれも、私とラングが調べていたのと被る。驚いてじっくり読むと、2人では調べ切れていない部分があった。
香水を製造している場所が工場跡地で、セガール家が管理している。
その香水の効力も……書かれていた。
「魅力の魔法。しかも、記憶操作と混濁。……じゃあ、ユリーはもう」
「恐らくはその魔法で、貴方の隣にいれると思わされたと言った所でしょう。娘に怪我をさせたんだから、何かしら罰を加えないと……。覚えていようがいまいが関係ないがな」
とても悪い顔をしているカトリナのお父さん。そう言えば、レゼント家は王族に忠誠を誓っているい中で武闘派だというのを思い出した。
証拠や噂話なんかは私達が報告として届くのよりも、早い。こちらが動く前に既に先手を打っている状態だ。
王都全体の警備、騎士団の配置を随時変えているのだって違法者達を捕らえるのに役に立っている。そうした派手な功績はなくとも、国民の意見に耳を傾け日常を守っている為に尽力をしている。
厄介がられても、国民を味方に付けられては簡単には切れない。
レゼント家を疎ましく思っていても、公爵家と言う地位に居るからこそ簡単には手出しが出来ない。
手を出したら最後。無事ではいないし、密かに人には言えない秘密なんかを握っているに違いない。そして、カトリナのお父さんは娘が生まれた事で溺愛ぶりが知れ渡っている。
……うん。セガール家に情けはないし、私もする気はない。その犯罪組織に慈悲もないが同情はしよう。彼に睨まれて無事で国から出られることは無いだろうなと。
「……」
「あ、あのぉ。ファール?」
「なんでしょうか」
返事はしてくれるけど、一切許さないって顔にでている。持ってきた物がちゃんとあるのを確かめて胸ポケットから取り出す。
「それは?」
私の手に持っている緑色の液体が入った小瓶。
見た目はあれだけど、治癒力を高めるものだ。正し、相手が受けた者をそのまま自分に受けるように操作するもの。
カトリナが階段から突き落とされたと聞いて、私が咄嗟に持ってきた薬。せめて……彼女が受けた痛みは私が全部、引き継ごうと思った。
これ位しか出来ないけど、カトリナが元気になるなら安い物だ。
「ルーカス様に後遺症などは残らないのですか」
「心配してくれるの?」
「……」
「分かってるよ。これでカトリナを責めないか心配なんでしょ? そんな事しないよ。私が勝手に起こしただけだ。君は何も見ていない。そうだろ?」
「ルーカス様がそう言うのであれば、俺は何も見ていません」
「うん、それで良いよ」
そう言うとファールはカトリナの部屋へと案内した。
中に入って良いのかと思ったが「緊急ですから」と入れてくれた。そのまま気を使うようにして部屋の前で待機しているという。
「お嬢様に変な事をしたら……分かっていますね?」
「モチロン、デス」
冷や汗がかいたのは気のせいだ。そう、気のせいにしておこう。
パタン、とカトリナの部屋へと入る。
そろりと足音を立てないように進み、寝ているカトリナを見付ける。部屋をじっくり見たい所だけど、それは今度にして貰おう。
頭に巻かれている包帯を見てとても苦しくなった。
「ごめん……。本当に、ごめん」
優しく頭を撫でながら言っていた。もう、涙で前が見えない位に……。
怪我をさせたくない。
心配かけたくない。
全部、カトリナの為と思っていたのに……それは私の自己満足だった。課題をこなすのだって全部、全部カトリナと居たいから。だからせめて……君の痛みは私が背負うよ。
ずっと、笑っていて欲しいからね。
「大好きだよ、カトリナ」
そう言った後で薬を口に含み、口移しをした。コク、コク、とゆっくりだけど飲んでくれる。飲めば即効性がある。徐々に私へと痛みが体中を駆け巡る。
「ぐぅ……」
耐える、んだ。
これは彼女が受けた痛み。……倍になって痛みは伝わると言われていたが、予想していたのより遥かに痛い、な。
「まだ、仕事が……残ってる……」
カトリナを突き落とした人物と、私に纏わりついて来たユリー。その背後にいる犯罪組織。大事な者を傷付けたんだ。
私だって怒る時は怒るんだよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
連日の痛みに耐え、ファールの協力もあってすぐにラングが動く。証拠を固めた上で、身に覚えのない事でカトリナとの婚約を破棄。そう動こうとしているユリーの筋書きの通りにこちらが合せる。
ラングが香水の対策として実物を詳しく調べ、その効果を半減させる薬も作れた。半減させた中で私達は魔法の抵抗力を上げるブローチを身に付け、耐性を付ける。
それとカトリナとの婚約を破棄する為にと、台本を持ってきたらしいのだが……私にとって許せない事がいくつもある。
「これ、言わないとダメなの?」
しかもカトリナに対して私は結構、酷い事を言うんだね。
婚約を破棄するだなんて……。そんな事、私が言えると思う?
「無理だな」
「なんで作ったの!?」
私の性格を知っていて、カトリナに酷い事を言えと? そ、そんな事、ファールに知られたら……と言うかあの家の使用人達に知られたらと思うとゾッとするんだけど。
「ファールが原稿を作ったんだよ。なんでも予行練習のように思っていて欲しいって」
「……」
それを聞いて本気かよと思った。
予行練習じゃなくて、ファール自身本当に別れろと思ってるんだよね。そんな簡単に破棄できると思ってるの? まず、私がカトリナから離れるだなんて想像も出来ないのに……。
これはファールだけでなく、使用人達の同意が読み取れる。
あの家、私がカトリナの事を好きだと認めない気だ!!!
「言っておきますが、俺だけでなく使用人一同はルーカス様の事が嫌いです」
「!!!」
「お嬢様の好感度は良いようですが、私達のは下がり続けているのでご安心を」
「安心って言わないよ、それ」
「はい。そう思って言ってないので」
「何でなの?」
素朴な疑問。
そこまで嫌われるような事をした記憶がない。カトリナは好きでも、他が下がり続けているだなんて知りたくもなかった。
「幼いお嬢様に首輪なんて物を渡すからですよ」
「そ、れは……」
「ラング様から聞きました。歴代の国王達の変態ぶりを……。まぁ、ルーカス様も流石だと思いました。だから余計に許せません。お嬢様にはもっと良い人をと思っていたのにっ……!!!」
めっちゃ悔しがってるんですけど。
でも、待ってよ。こっちは精神的ダメージが大きすぎるの、既に涙目なのに気付いてよ!!!
「俺は当日、お嬢様の傍に居たくても出来ません。だからラング様にお願いしています」
「……わ、私はカトリナの婚約者、だよ?」
「断罪する側の声など知りません」
「うぅ。ラング~」
「ギリギリまで彼女の傍にいる。断罪の時だろうと傍に控えるように、騎士団長の息子達にお願いした」
「流石です。ありがとうございます」
ちょっと、いつの間にそんな話になってるの!!
「国王様からの許可だ」
「お嬢様の旦那様にも許可をとっています。お嬢様の前でしか、ボロを出さないルーカス様の負担を考えての事です」
「……」
う、そう言われると何も言えない。カトリナに甘えてる自覚はあるし、良い匂いするし安心なんだもの。
だから芝居でも、酷い言葉を言わないといけないだなんて……心が痛い。
「事情を話終えたら、また甘えれば良いだろ」
「婚約破棄が実現したら、俺達はのんびり暮らしてますから」
意地でもカトリナを離すかと誓った。焚き付けられた感じなのは良い。ファールに言われると何故だかムカついた。
そうしてユリーが描く筋書きに私達は合せて動き、一応の舞台としてパーティーを行った。カトリナに婚約破棄をさせる為のものだと思うが、私からしたらユリーを断罪する気でいる。
その後、何とか原稿通りにセリフを言うけど傷付いた表情で私を見るカトリナ。つい、泣きそうになるのを何度ラングからの睨みで正される事になったか……。
魅了の付与がされた香水をラングが工場の場所も押さえてただろうけど、その方法は聞かない方が良さそうだ。ファールと意気投合する姿を見て……恐ろしいとさえ思った。
ユリーの取り調べは記憶の混濁もあって、なかなか認めない。私に色々と言った事があるからと持っていた水晶を見せる。
「それは……」
「貴方が私に対して言ってきた言葉だ。私に執心していたし、妃になりたい願望が強いんだね。聞いていて吐き気がしたよ」
そこに魔力を込めれば、散々私に言っていた情報がそのまま語られる。カトリナに酷い事をされた、彼女より自分の方が相応しいと言った戯言の数々。違法性のある魔法の所為だとしても、こうしてユリーの言葉で全てを語っている。
カトリナが居なくなればいい。学園から出て行って欲しいと言った事を……私が忘れる筈はない。
「願望を口にする貴方は自分に酔っているとさえ思ったよ。何でも思い通りになると思って、自分に寄ってきた子爵の彼をそそのかして……カトリナに怪我を負わせた」
「っ!! わ、私はそんな事……」
「これはその時のやり取りだ。覚えてないなんて言わせないぞ」
ラングが見せて来たのは私が持っていた水晶と同じだが、その場面を映し出したもの。そして、2人のやり取りを聞いていたのは騎士団長の息子だ。報告した後でカトリナの傍に付こうとしたが、先に実行に移された事で怪我を負った。
彼は自分を責めていたけど、未然に防げなかった私達も同じだと言ってどうにか落ち着かせた。次は防いで見せると言い、今もカトリナの事を密かに見守っている。
「そ、そんな……。わ、私は怪我をさせればとは思ったけど……」
「だが彼の恋心を利用しているのは事実だし、カトリナは怪我をした。よからぬ組織と繋がっていた証拠も見付かった。国外追放だが、表向きは国外の領地管理と言う風にしたよ」
「……」
「貴方も私の隣に居たいという令嬢達と同じだ。本質を見ようとしない、欲に目が眩んでいたと反省するんだね」
そう牢屋に入ったユリーに言い放ち、ラングと共に出て行く。すすり泣く声が聞こえるが、後悔しても遅い。例えカトリナに謝りたいと言っても会わす事はしない。
このまま彼女達は国を出て、自分の犯した罪を一生悔いて貰う。彼女にそそのかれて、実行に移した男も同様だ。
ま、彼はファールに捕らえられたしレゼント家で色々と白状させられたと聞く。……ふ、触れるものか。私だって自分に身が可愛い。全部が片付いて、カトリナに謝って全部終わりにしたい。
だけど、私にはまだ果たさないといけない使命がある。
「なにをされても、俺がルーカス様に対しての印象は変わりません。ド変態ですが、お嬢様が好きだと言うのなら仕方がありません」
「そんな事言わないで、私と話して!!!」
ラングに聞いたらレゼント家の使用人達は私に対する評価が、マイナスを振り切って氷点下だと言う。つまり……私は嫌われている。
「嫌です、来ないで下さい。お嬢様に嫌われたくないので、どうぞ好きに話して下さい」
「カトリナの好感度が上がってても、貴方達に好感度が下がり続けているのは嫌なの!!! 心が凄く痛いんだよ」
「それは良かったですね」
「心が冷え切っている!! そんなにカトリナに告白したのが嫌なの!?」
ファールだけでなく全ての使用人達に聞けば「はい」だって。そ、そんなに相手が私なのが嫌だって事だよね。なんでそんなに嫌われるの。
「好きな女性に首輪を送るプロポーズだなんて、最悪もいいところ。俺が危険人物だというのはそれです。お嬢様を一目見たいから屋敷の外から見張る様にいるだなんて、危険極まりない行動です」
「カトリナに会いたいのに、会わせないそちらが悪いんでしょ!!!」
「うわっ……そんな事してたの」
ぐぅ、ラングから突き刺さる視線が痛い。
会いたいのに会えないのって辛いんだよ。そっちが全力で防ぎにかかるだなんて聞いてない。
デビュタントまでお預けを食らう私の気持ちを少しは考えてよ。と、言うよりカトリナが良くても彼等に嫌われてるだなんて聞いちゃったから、仲良くしたいと思うのは普通でしょ?
円満にしたいのなら必須でしょ?
「俺は1ミリも心が動かないので安心して下さい」
「それじゃあ私が困るから言ってるのに!!! 難攻不落過ぎるよ、君は」
「褒められても、好感は一生上がりません」
なんとしても好感を上げてやる!!!
円満にするために、カトリナと幸せになるのに必要な事だからね。そんな私の奮闘をどう捉えたか知らないが、カトリナがむくれていたのだと聞く。
待っててカトリナ。誤解を解く為にはまずこの石頭のファールをどうにか崩さないといけないんだ。
全てカトリナの為だから!!!