第5話 不思議な出来事
2020年3月26日をもって本作品の主人公の名前を『田中正一』(たなか しょういち)から『田中善弥』(たなか ぜんや)に変更させていただきます。
勝手な都合で、主人公の名前を変更したことについて深くお詫びさせてください。
本当に申し訳ありません。
名前の変更に至った経緯のご説明ですが、『納得できない』、『説明が必要』等の意見がありましたら、改めて後日ご説明させて頂けたら幸いです。
「‥‥‥、‥‥‥。」
一体ここは何所なんだ?
一室のベッド寝せられていた善弥は目を覚まし言葉を発することなく首を動かす、寝かされていた部屋をぐるりと見渡す。
一面白い壁と屋根に、壁についている窓ガラスと風に揺れるカーテン。窓から外を見れば眩い光に、その光を反射し美しく黄金色に輝く大きな湖。少し遠くに意識を向けると、光を浴び綺麗な緑色の葉っぱを着飾る大きな山々。
そして、改めて室内に意識を向けると、自分の寝ていたベッドにもう複数のベッド‥‥‥、どうやら此処は病院で有るらしい。
それにも拘らず、善弥自身の着ていた服は病院で身に着けるような患者衣ではなく、紋付羽織と袴を履いた病院にあまり相応しくない様な恰好であった。
少し注意し、目を凝らして紋付と袴を見てみると、不思議な事にアージンと模擬戦闘を行った際にできた穴等の破れが塞がっていた。
善弥はベッドの上で一通り自分の身にまとっている服を見て糸っこ一つ出ていない事に満足した後、起こしていた上半身を再度ベッドに沈めると同時に目を閉じ改めて、アージンとの模擬戦闘の光景を思いだした。
初めての魔法体験。何度も行ってきた転生での間で、読み物で知識として知ってはいたが、まさか目の前でその摩訶不思議なオカルトな現象を拝むことが出来るとは想像もしてなかった。‥‥‥と言っても、『天使』という生き方もかなりオカルトじみてはいるが。
それにしても『魔法』‥‥‥か。
善弥は目を閉じ、アージンの近くで神々しい程の光を発していた魔法円を思い出し、対策を練る為に思考を巡らす。
銃弾とも砲弾ともミサイルとも違う。今まで経験していた事がすべて意味の無いとは言わないが、それでも今までとは勝手が違う。呪文を唱えればすぐに反応するように魔法円が出現し、次の瞬間には高速で物体が飛んできたり、地面一体が沼地になったり‥‥‥。今一度、立ち回り方を考え直さなければならない。
目を瞑り、考え事をしていた善弥の耳に、コツコツと歩き近づいてくる靴音が聞こえた。
足音は善弥が横たわっているベッドのすぐ近くで止まる。
自分の近くにやって来た人物の顔を確認する為に善弥は再度目を開こうとするのだが、目が『開かなかった』。
普通に、常識的に考えた可笑しい事である。目が開かないという事はかなり大事に関わる事だ。
しかし、何故だか善弥は不思議と危機感を感じる事はなかった。その目が開かないことに理由もなく納得していたというか‥‥‥、目の前が真っ暗な事が自然体である‥‥‥、といった方が自然体なのだろうか? 兎に角、今現在の善弥は目が開かないという現実を、何故か当たり前の様に『異常なし』と認識していた。
「何時まで貴様はそうやって寝ているつもりだ? だから貴様はダメな人生を、ダメな選択を常に送り常に送っていくのだ! もう少し根性を見せろ! そのままでは貴様は此処にいる意味がないぞ。もっと送り主に貴様の可能性を示せ! 見せられんのであれば、貴様は馬のクソ以下で在る! もう二度とあの様な無様な姿をさらすのではない! わかったな!」
暗闇の中で安らかな一時を送っていた善弥は、いきなりのダメ出しに一瞬状況が飲み込めずにポカンとして居たが、その後に何とも言えないイラつきを感じた。
どこかで聞いたことのある声での罵倒で在り、懐かしいような忌々しいような声。所かまわずに罵倒している者のほとんどは幼稚な精神年齢の持ち主、もしくは癇癪持ち、今までの経験上からしてその二択が罵倒するモノの共通点‥‥‥。しかしその罵倒している声の出し方には幼稚さが一切感じる事が無い。‥‥‥不思議な男だな。
しかし、いきなりの罵声だ、多少不愉快な思いを抱くものである。あ、いや、いきなり脈略の無い罵声に怒りを感じる必要性は無い。しかし、善弥はこの脈略の無い罵声が自分に対して、自分の根本的な事を言われている様な気がしてならなかった。『あのような無様な姿』という言葉で連想されるのは前回でのアージンとの模擬戦闘‥‥‥。このイラつきの正体は、自分の不甲斐なさに対するイラつきで在る為に、この声の主にイラつくのはお門違いで在る‥‥‥のか?
とは言え、この声の主の話を聞くに、自分はどの位なのかは分からないが、それなりの時間、このベッドの上で寝ていたという事なのだろうか?
まずは一旦この罵声を浴びせている声の主に話を聞き、状況を理解しなければならないな。
「っぁ‥‥‥。っぁ‥‥‥?」
アレ? 声が出ない?
その瞬間に、善弥は今現在自分がどのような状況に置かれているのかを理解した。
第一『目が開かずに目の前が見えない』。これは非常に不味い。何でこの状況を異常無だと認識していた? 目の前が見えないんだぞ? 普通だったら気付いた瞬間に、今の様なパニックになる筈だろうが! 何が異常無しだ! 自分の危機管理能力不足!
第二『声が出ない』。これもマジで不味い。どうやってコミュニケーションを取ればいいんだ? 目も見えないし、言葉も出ないってこれ本当にヤバい!? 一巻の終わりだって! 本当に不味い!
いや、少し待て。落ち着け自分。‥‥‥いや、マジで無理だ、これは落ち着ける場面では無いな。ウン。絶対に無理だ。これで落ち着いている奴がいるのであれば大真面目な話、神経を疑う。
‥‥‥あ、それ、ほんの少し前の自分ですね。
兎に角、この状況を一刻も早く打破する為に息を大きく吸い込み、声を出すために喉に意識を集中させる。先ずは声を出し、自分が肉体的にも精神的にも原因の解らない何かに蝕まれている事を、ベッド近くに居るのであろう人物に伝えなくてはならない。
「っあ! っあ? ‥‥‥っあ!!」
しかし、声を出そうとすればするほど息が苦しくなり、言葉が詰まり上手く空気を吐き出す事が出来ない。
声が出ないのであればと善弥は懸命に体を起こし、罵声を浴びせかけてくる相手に助けを求めようとするが、身体が言う事を聞かずに腕すらも動かすことが叶わなかった。それどころか力を入れれば入れるほど、息が苦しくなり意識が遠くなって行く。
息が苦しくて‥‥‥、何も見えなく、自分の身体すら動かす事が叶わない。一体、自分はどうなっているんだ!
「まったく、あの方には困ったものだ‥‥‥。自分自身でお決めになった『勝利の約束』持ちを、理由が何であれ、処分されてしまうなんて。その第一候補の穴埋めがこのだらしない天使か‥‥‥。あの方は、こいつの何を気に入って天使になる為の『教育』を施したのだろうか? ‥‥‥まったく持って、神の座におられる方々の思考は分からないものだな」
善弥が文字通り何も出来ずに苦しんでいる所を目の前に居るのであろう人物は、そのまま善弥の状態を気付かなかったのか、それともあえて気付かないフリをしたのかは解らないが溜息を吐いた後、そのまま善弥をその場に残しコツコツと足跡を出し病室を出ていった。
苦しみながらも善弥は目の前に居たであろう人物が遠ざかっていく事を靴音で感じた。
頼む! 気付いてくれ! 頼む! 頼む! 頼む‥‥‥。
「大丈夫ですか?」
「ゴホッ!! ゴホゴホ!!」
先ほどまでの声とは違う声が聞こえたと同時に、先ほどまで感じていた息苦しさが無くなった。
フゥ‥‥‥。と息を付き、善弥は先ほどまで開くことが出来なかった目を開き周りを確認する。
身体に異変が起こる前に見た病室の様な部屋に、白衣を着た女性、窓の外の綺麗な景色。何一つ変わることなく善弥はベッドの上で上半身だけを起こし先ほど自分自身に起こった現象について考える。
全身の自由が無くなる感覚‥‥‥。手足に力が入らない、例えるのであれば『金縛り』の様な感覚に、瞼の開かなくなる現象に声すら真面に出すことが出来なくなり、最終的には意識すら遠のいていく‥‥‥。
一体全体に自分の身に何が起こり、何があったのか‥‥‥。おぉ、ヤバい、ヤバい。いまだ動揺しているのか、思考が纏まっている様で全然纏まる気配がなく、頭の中全体がボヤーと靄がかかったかの様な感覚が続く。
「あのー、大丈夫ですか?」
善弥が動揺しテンパって居ると、横にいた白衣を着た女性が声をかけ、背中をさすった。
「だ、大丈夫です‥‥‥。有難う御座います」
善弥がそう言うと、女性は背中をさすっていた手を放し、善弥から一歩離れた位置に移動し、ベッドのすぐ近くにある棚の上に載っていたコップを取り出し、そのコップの上に手をかざし水を『生み出した』。
おそらく、アージンとの戦闘が無ければ、水を生み出すといった非現実的な光景を目の当たりにしたことで驚いていたので在ろうが、水を生み出した程度では、強力な攻撃術を目の当たりにしていた善弥は驚くことはなかった。
「あの、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
「自分が此処に運ばれてからの間の事なのですが、私の元に誰か来ませんでしたか?」
「‥‥‥私は貴方が運ばれて来てからの間、今までずっと貴方の事を看病していましたが、お見舞いに来た天使は居ませんでしたね」
そう言いながら女性は善弥に水の入ったコップを渡し、先ほどコップに水を入れた斜め右前に移動した。
「第五級三等天使の田中善弥、で間違いないでしょうか? もし間違いがなければここにサインを書いてください」
女性は移動すると同時に口を開き、凛とした美しい声で善弥に対して質問をした。
「はい、確かに自分は第五級三等天使の田中善弥ですが‥‥‥」
サイン? ここの施設を利用した証明の為のだろうか?
何の為のサインだろうかと思いながらも善弥は渡された、文字の書いていない用紙に自分の名前を記入した。
と言うか、この女性は一体何なのだろうか? 教官クラスの担当天使‥‥‥、とは少し違う雰囲気だけれども、となれば自分たちと同じ天使かな? しかし、自分とは違う雰囲気‥‥‥。この女性は一体何なのだろうか?
「申し遅れました。私は今回のあなたの担当医を務めさせていただいた『医四級三等天使』のアンノ・シビーズです」
善弥は聞かれた事を答えながら、目の前の女性が一体何者なのかが気になったせいで、少し腑抜けた声を出していたが、目の前に居る女性は傍から聞けば可笑しいような声に、顔の表情を何一つ変える事なく善弥の質問に答えた。
「四級三等天使? 申し訳ございません! 上級の方だとは知らずに申し訳ございません。先ほど、確認して頂いた為、自分の事は知っていましょうが、今一度名乗らせて下さい」
そう言うと善弥はベッドから飛び降り、片膝をつき頭を下げ家臣の礼の状態で言葉を発した。
「第五等三級天使、田中善弥で在ります。この度は、目が覚めるまで介護して頂き、誠に有り難う御座いました」
小刻みに震えた体で善弥は震えた声を出しながら、今回してもらっていたのであろう事柄について礼を述べた。
礼を述べながら、善弥は自分自身に意志とは関係なく襲ってくる、恐怖や不安に内心首を傾げていた。
何故、自分に対して看病してくれた者に対して、ここまでの恐怖を感じなければならないのだろうか?
目の前の女性から放たれていると表現した方が良いであろう。このいやでも感じ取ってしまう殺意とはまた違った恐ろしいと感じてしまう。
タラッと額、そして頬にヌメリとした汗が流れるのを善弥は、目の前の女性、アノンから垂れ流れている恐ろしい感覚のせいなのかは分からないが、少し感覚の鈍くなった皮膚でその汗の流れを感じた。
「いえ、気にしないでください。数字の差があったとしても、負傷者を治療することが私たちの任務です」
そうは言え、善弥の頭や膝が全力でこの体制を説くことを拒絶しているため、善弥自身の意思に反し体制を崩す事が出来ないで居た。
善弥が何故、数字が違う事で頭を下げ、絶対服従の姿勢をとっていたのか? という訳であるが、それは善弥が今現在においての生活している環境が理由である。
一級から始まり五級まである天使の階級は絶対で在り、数字が小さければ小さいだけその者の権力と戦闘力は大きく強固なものとなっている。級の位が一つ違うだけでも、下級の者は上級の者に絶対的な服従、そして最上の敬意を払わなければならない。詰まる所であるが簡単に纏めると、この世界は数字がすべてで在り、数字での権力が高い者には絶対に逆らう事が出来ない。
しかし、その絶対的である数字だが全ての天使に適応されている訳では無い。ローン・アランドの様な教師の役職についている天使は、善弥やアージン・アクローラ、アノン・シービスの様な数字が付くことが無く、数字が付く中での最高級である『一級一等天使』よりも地位が高い『座天使』と『特務智天使』と呼ばれる位に就いている。ローン・アランドなどの教官の役職に付いている天使の地位は、座天使よりも少し位の高い特務智天使である。座天使と特務智天使の違いは、座天使で在りながら、智天使までは届かないが、座天使よりも神力、使力、戦い等に関する保有戦闘力が高い事、すべての物事に関して智天使と同等の知識を有している事。それらの条件を満たしている者がようやく特智天使になることが出来る。更に地位が高い天使は『智天使』、智天使の上にある地位は『特務熾天使』。その上の最高位天使は『熾天使』と呼ばれ、熾天使の力は恐ろしく図り知れないほどの強力なモノである。
また余談ではあるが、熾天使は現在の存在する天使の中で唯一、神々と謁見する事が出来る存在である。
その様な理由から、善弥は目の前に入る女性‥‥‥アンノ・シービスに片膝を着き最上の敬意を示す為の姿勢をとった訳で在る。
「臣下の礼は、その様にやたらに行ってはいけませんよ。敬意の価値が下がってしまいます」
そう言うとアノンは善弥の目の前でしゃがみ込み、右ひざの上に置いていた右手を両手で握り善弥を立たせた。
「臣下の礼は最上級天使で在られる『熾天使』達に行う行為です。私の様な地位の低い天使にそう易々と臣下の礼をしていては、貴方の臣下の礼の価値は石ころの様に低くなってしまいますよ。必要な時に、その位に見合った天使に行うからこそ、その行為に最大の価値が生まれるのです」
アノンは善弥の目を見ながら、真剣な顔つきで何かを納得させるかの様にゆっくりとした口調で話す。
「とは言え、確かに最初の内は知らぬ間に体に刻まれた盟約を天使としての本能が危機を感じて、その様な過剰な姿勢をとってしまう事はよくある事ですね」
先ほどの真剣な顔つきから、少し微笑むような優しい顔で、しかしすぐに元通りの真剣な顔つきに戻ると、善弥の目を見ながらアノン自身が納得したかのように話した。
天使としての盟約とは沢山あるが、一番の重大な内容は、先ほども説明したが自分よりも上級の天使には絶対的な服従を行わなければならず、上級の天使に敵意等を向けてはならない。
上級の天使に対して盟約を破った天使の末路程、哀れなものは無いとアノンは自身の考えとは関係無しに天使の末路に関しての記憶が流れ出した。
『タスケ‥‥‥、血、とマラない‥‥‥、‥‥‥』
盟約を破った天使自身の血だまりの中に沈み込み、垂れ流れ続けている血の中で生きる事を諦め、息絶えていく‥‥‥。
目を瞑った時、何も無いフとした時、何時も同じ光景がフラッシュバックし、アノン自身を苦しめる。
あれは私が悪いわけではない。盟約を破ったあの天使自身が悪いだけ‥‥‥。助けてはならないと命令された私には、何もなす術がなかった‥‥‥。
そうは常に思ってはいるが、あの天使が自分に向けてくる目を思い出す度に背筋が凍るような感覚が走る。罪悪の念の塊が押し寄せ、身体の芯が震え、ひどい時には足腰が立たなくなる。
「アノン・シービスさん? どうかされましたか?」
「いえ、なんでもありません。少し考え事をしていただけです」
いけない‥‥‥。私とした事が、患者を前に自分の世界に入り込んでしまった。目の前の天使を見ていると、まったく似ていないのにも関わらず、どういう訳か『あの天使』の事を思い出してしまう‥‥‥。
「‥‥‥さて、貴方はもう大丈夫です。感覚でもわかるでしょうけれども、貴方が受けた傷は神術を使った治療の為、全て跡形もなく治っています。もう戻ってもいいですよ。それと貴方の服も、血だらけの穴だらけでしたので神術を使用して直しました」
そう言いながらアノンは、善弥が寝ていたベッドの下に付いていた引き出しを引き、大小の刀を出し善弥に渡した。
善弥は刀を出してくれた事と身体の事、そして服の事に対してアノンに礼を述べると、三重に巻いてある帯びの、手前から1枚目と2枚目のあいだに脇差を差し、3枚目と2枚目の間に本差しを差し両方の刀の下げ尾を結ぶ。それが終わると、少しだけ大小の二本の刀の位置を動かし、しっくりくる位置まで移動させた。
「今回は色々とお世話になりました。また、何か有りましたらその時は宜しくお願いします」
そう言うと善弥は深く一礼し、出口となる扉を潜り外へ出た。
今回も『叩き上げ天使が神様に成り上がるまで。』を読んでいただき有り難うございます。
相変わらずと言ってもいい程、文章校正が悪い為、物語が読みにくいと思われる方が居ましたら、申し訳ございません。
もしの話ではありますが、それでもこの物語を読んでくださる方が居て、楽しみにしていてくださる方が居るかは分かりませんが、もしいてくださるのであれば幸いです。
最後ではありますが、投稿機関が長らく空いてしまいまして申し訳ございませんでした。
私もではありますが、皆さまも健康に気を付けてください。