第4話 初魔法体験
第4話
「えと‥‥‥初めまして自分は田中善弥と言います。これから卒業まで、よろしくお願いします」
日本の伝統的な衣服‥‥‥、紋付羽織袴に身を包みその左腰には、本差と脇差からなる大小を帯刀している男、田中善弥は目の前にいる男に頭を下げ挨拶の言葉を言う。
此処は、天界。
名前通りであり、下界に居る人間たちが想像している天界である。
神が存在し、天使が存在する。
天使といっても実際は位が細かく分類されている為、階級によっては皆がみんな天使と聞くと真っ先に思い浮かべるものとは程遠い。
大きく分けると、一級天使から五級天使の5段階。さらに細かく分類すると、各級に一等、二等、三等の三段階に分かれており全階級で15階級ある。
そして此処は、その天使たちを段階別に集め教育を行う場『天使教育学校』。天界に来て天使の位を拝命した者は絶体に、この学校を卒業しなければならない。さもなければ、存在自体が消滅してしまうからである。その様な恐ろしい学校を卒業する為に受けなければならない教育課程は、あらゆる力の理解。どんな世界の語源でも意味を理解できる神言葉の習得。戦闘訓練。食事の作り方と食事のマナーの勉強。サバイバル術と野草の知識の習得。その他にも、諸々習得しなければならないものがある。
先ほど善弥が声をかけた人物は、これから期間のわからない学問を一緒に受ける仲間であり、善弥はなるべく過ごしにくい環境での勉強は避けたかった。挨拶が出来ない者は、要らぬ敵を作る。そのため、世界共通であろう挨拶を自分から行う事で、相手からの印象を良くしてお互いに過ごしやすい環境を作ることにした‥‥‥のだが。
善弥が頭を上げ、改めて目の前の人物を見る。
目の前の人物の特徴を上げるのであれば、金色の長い髪を持ったイケメン。更に細かく言うのであれば、二重の大きな蒼色の瞳、スラリと高い身長に金属製の胸当、腰には茶色い革製のベルト、革製のベルトから吊るされている反りの無い剣。脚部にも金属製の鉄板が付いたレギンス、革製のブーツを着用している。
「‥‥‥」
金髪の男は何も言わず、善弥の事を睨む。
「エット‥‥‥、あの、すいません。何かお気に障ることをしましたでしょうか?」
善弥は何故、目の前の人物に睨まれているのか見当が付かない為、再度声をかける。もし、自分の不注意で相手を不快にさせてしまったのであれば非常に申し訳ない。
善弥が再度声をかけると、目の前の人物の顔が一瞬驚いた様な表情になるが、すぐにまた善弥を睨む。
本当に何か良くないことをしてしまったんだろうな‥‥‥。相手もカンカンに怒っているのか、一切言葉を発することなく自分の方を睨んでいるし‥‥‥。ここは空気を読んであまり話しかけない方が良い選択であろう。
善弥は目の前の男に深くお辞儀をしてその場を離れ、元々この場に入ってきた時からあった机と椅子がセットになっている椅子の目の前に立ち、腰に差している本差の下げ緒を解き、袴の中に隠れている帯から刀を抜き椅子に座る。抜いた刀の柄を左方向に向け、音を立てない様に机の上に置く。
相変わらず男は善弥を睨み続けているが、善弥に心当たりが無い為どうすることもできない。チョット気まずいが、気づいていないふりをしたほうが吉で在ろう。
善弥が男に睨まれ続けて暫く経った時、不意に扉が開き中に一人の人物が入ってきた。
「よし! 二人とも時間通りに来てるな! 席に着け」
入ってきた男は大きな声を出し、善弥を睨んでいた男に席に着くように指示する。
「さて‥‥‥、五等天使、2名。全員出席と」
そう言い、手元に持っていたボードに何かを記入する男は、緑色の髪に灰色の瞳、服装は善弥とも違い、我々が天使と聞くと想像するような白いローブを纏っていた。
「私は、ローン・アランド、此処の担当天使を任された。これから長い間、君たちの指導を行う。それではまず自己紹介をしてもらう。先ずはアージン」
ローンが善弥を睨んでいた男に視線を向けると、男は立ち上がり自己紹介を始めた。
「俺はアージン・アクローラ。勇者として積み上げてきた力を評価されて、天使に推薦された」
簡単な自己紹介ではあったが、これで自分を睨んでいた人物の名前がわかった。
「次は善弥」
そう言うとローンは善弥に自己紹介するように声と目で指示する。
「自分は田中善弥です。よろしくお願いします」
深く一礼し、音を立てない様に再び椅子に腰を掛ける。
アージンは善弥の一連の自己紹介を不満あり気に聞いていたが、ローンが手を叩き注目を集める。
「さて、これから君達には天使の力について学んで貰う訳なんだが‥‥‥。先ずは君達には自分の実力を確認してもらう為に、闘技場で模擬戦闘を行ってもらう。いきなりではあるが異論は認めない」
闘技場の内部には人影が全く無いが、定期的に学生天使が戦闘訓練で使用している為、使用感が至る所に見る事が出来る。常に使用している為に地面には一切の草が生えていない。
「さて、君たちにはここで模擬戦闘を行ってもらう訳だが‥‥‥まぁ、模擬戦闘を通して色々学んだほうが身につくか」
一瞬、ローンは何かを言いたそうにしていたが、アージンと善弥を交互にチラッと見ると言葉を飲み込み、何かに納得したように腕を組み頷く。
「さて、ルールの確認だが‥‥‥、ルールは何でも有りの本番の戦闘と同じ緊張感を持って行ってくれ」
ローンがそう言うと、アージンは腰に下げている剣を抜き両手で構える。善弥もそれに習い、刀の柄を両手で絞り込む様に握り右足を前に出し刀を腰の位置に中段の構えをとる。
アージンと善弥の距離は、数メートル。善弥とアージンの両者が一斉に踏み込めば数歩で刃が届く距離。
アージンと善弥は互いを睨み合う。アージンは善弥の目を見て、攻撃手段や考えを探し出す。それとは別に善弥はアージンと違い、相手の目を見るのでは無く、相手の全体を見る。
「火よ、我は力を欲す!」
突如、アージンが勢い良くが普段耳なじみのない言葉を発する。
言葉と同時に、アージンの目の前には善弥が見た事のない物‥‥‥。魔法円と呼ばれるものが出現していた。
「いや? ちょっ、何それ!?」
「グロンツ・デェ・フォク!」
アージンが声を張り上げると同時に魔法円が輝き、火の弾丸の様なものが高速で数発飛び出す。
「ッ! 熱!」
予想のしていない種類の攻撃を体を開く事でギリギリ躱した善弥を見てアージンは少し驚いたような表情を見せるが、直ぐにその表情を消し呪文の様な言葉を紡ぐ。
「土よ、我は力を欲す! オ・ムラシティナ!」
一瞬にしてアージンの周りを残して闘技場の地面一面が沼地化‥‥‥泥に姿を変えた。
善弥は突然の地面の変化に驚き、動揺している用ではあるが、刀を再度小指から軽く握り直し息を大きく吸い、吐き出す。
泥に足を取られながらも善弥はいつでも攻撃を仕掛けられる様にする為、攻撃を仕掛けられても躱せるようにする為に足を動かし続けながら思考を巡らす。
相手は自分のまったく知らない類の、よく解らない何かを使ってくる。予想はある程度付く‥‥‥、『魔法』と呼ばれる類の物であろう。ハッキリ言えば「反則だ!」と叫びたい所ではあるが、今現在目の前で起こっていること全てが現実で在る為、目の前で起こっている事を『受け入なければ』ならない。
‥‥‥とはいえ、案外自分は冷静さをしっかりと保っている事に驚きを隠せない限りであるが。ともあれ、先ずは目の前に居る相手の攻撃癖を読むことは出来ない。これは相手の攻撃手段‥‥‥魔法の種類が不明で在る為に、どのような魔法が飛び出してくるか分からない為だ。故に迂闊に近づくことは出来ない。
『敵の攻撃手段や技量がある程度解るようになるまでは相手と十二分に間合いを取って戦わなければならない』これは戦う者の鉄則で在り守らなければならない鉄則である。
しかし、自分の攻撃手段は刀による接近戦しかない。手元に弓があるわけでも無く、石ころすら見つからない。このまま相手との間合いを空けていては相手の攻撃だけが通り、接近戦しか出来ない自分の攻撃は通ることが無い‥‥‥ジリ貧である。
「氷よ、我は力を欲す! グロンツ・デェ・ギャッツァ!」
距離を取り、様子を伺い続ける善弥に痺れを切らしたのか、アージンは呪文を唱え無数の氷の弾丸を打ち出し、善弥に攻撃を仕掛ける。氷の大きさは20m弾丸位であり、これに当たったら大怪我を負う処か運が悪ければ死んでしまう事はが確実であるのは明白だ。
「うぉ!‥‥‥ッ」
泥に足を取られて動きにくい状況ではあったが、善弥は先ほどと同じように体を開き氷の弾丸を躱す。
「氷よ、我は力を欲す! タン・デェ・ギャッツァ!」
善弥が氷の弾丸を躱すと同時にアージンはもう一度、氷の弾丸を飛ばす為の呪文に似ている呪文を唱える。
第二波である氷の弾丸は先ほどの無数の小さな弾丸ではなく、大きな一つの塊であった。先ほどまでの氷の弾丸の大きさが20m弾丸位の大きさで在ったのに対し、今回の氷の大きさは、例えるのであれば大砲の弾である。
その氷の魔法をアージンは何の躊躇いもなく善弥に打ち込んだ。
その瞬間、善弥は危機感を抱かずには居られなかった。現在、足を付けている地面は歩きにくい泥と化していて、尚且つ善弥の身体は先ほどの氷の弾丸を躱した際にアージンに対して右側面を向けている。つまり、体を開いて攻撃をかわすことが出来ない。
攻撃を躱す方法は色々あるが、泥で足が思うように動かない為それらの方法で躱す事が出来ない。
「無よ、我は力を欲す! ロ・トゥラー」
アージンが新たに魔法を唱えると、高速で善弥を目掛けて飛んでいた氷の塊が善弥の目の前で爆発した。
「ぐぁぁぁァァ!?」
善弥の目の前で爆破した氷の塊は、氷の破片となり善弥の体中に当たり、善弥の衣服や肉を貫いた。それと同時に善弥の体は高速で飛び散ってきた氷の破片の衝撃を受け止め着る事が出来ず、後方に吹っ飛んだ。
そのまま数回後方に転がり飛ばされた善弥は身体全体に痛みに似た熱さを感じた。
紋付羽織と地肌の間に血が滲み、ヌルヌルとした感触が肌を伝い腕や下半身に広がる。
「そこまでだ、貴様は弱すぎる!」
「ガッッ?」
善弥が痛みに悶えながらも痛みの影響で力の入りずらくなった右手で再度刀を握りしめ、力の出ない左手を地面に着き立ち上がろうとした所に、いつの間にか善弥の目の前にいたアージンが善弥の顔面を蹴り上げ言葉を発する。
少し遠くに離れた場所から、バシャ! と音がなった。音の原因は先ほどの頭部への攻撃を受けた際に善弥の手から刀がすっぽ抜けたからである。
蹴られた後、すぐさま善弥は体制を立て直すことが出来ずにいた。原因は本差の鞘の下げ緒を引き抜かれ防止の為に袴にしっかりと結んでいたため背中全体を地面につける事が出来ずにいた為、普段とは違う体制や環境に『適応』できなかったのである‥‥‥とまぁ、その様な事を云ったところで言い訳にしかならないのだが。
そもそも刀を使った戦闘では地面に胸や背をつける事はご法度である。
そんな善弥に追い打ちをかけるようにアージンは腹部や頭部を渾身の力を込め蹴り続ける。
、
「貴様らは何時もそうだ! そうやって与えられた能力や力を鍛錬する事無く、高見を目指すような努力もしない! そのくせ上手くいかない事があれば自分を責める事はせず仲間を責め立てる!」
アージンは怒りを込めた声を上げ善弥を蹴り続けている。一方の善弥は、左腰に帯刀していた脇差を抜きアージンを攻撃するために振り回したがアージンは速やかに善弥から距離をとった。
「貴様の様な屑は、俺の目の前に居る資格はない! 死ね!」
アージンは短い言葉を乱暴に言い放つと、武器を持っていない左手の平を善弥に向け呪文を唱えた。
その瞬間、善弥は自身の身体に凄まじい衝撃と、痛み、熱を感じたと同時に意識を手放した。