第3話 神の使徒への抜き取り
2020年3月26日をもって本作品の主人公の名前を『田中正一』(たなか しょういち)から『田中善弥』(たなか ぜんや)に変更させていただきます。
勝手な都合で、主人公の名前を変更したことについて深くお詫びさせてください。
本当に申し訳ありません。
名前の変更に至った経緯のご説明ですが、『納得できない』、『説明が必要』等の意見がありましたら、改めて後日ご説明させて頂けたら幸いです。
第3話
「うぉ?!」
穴の開いた社の壁をくぐると同時に、飛行物体...銃弾が右耳を掠めていった。
善弥は一瞬だけ耳を掠めていった銃弾に怯んだが、素早く銃弾が飛んできた方向に銃を構え引き金を引く。
銃口からリズムよくマズルフラッシュが見えたと同時に、その先にあった者に穴を開けていく。
敵の残りの人数は2人。やっと同等の戦力差に追いついた。
「田中!早く中を制圧するぞ!」
「了解!」
班長が先行し、善弥がその後を後方に注意を向け進む。
「妙だな‥‥‥。敵の姿が見つからない。さっきの投擲で全滅したか?」
「判断を下すのはまだ早いかと‥‥‥、敵の死体が無いからには、この社の何所かに潜伏して居るかと」
早い段階で、判断を下す班長に時期早々だと答える善弥に、すこし乱暴な言い方で分かっている! とぶっきら棒に答える班長。
しかし、ここまで何もないと先ほどの班長の様な決断を下してしまう事も最もである。
一歩、一歩踏みしめる度に社の床が軋み、気を張り詰めている善弥に寿命が縮まると感じてしまう程の緊張感が襲い掛かっていく。
どの位足を進めただろうか。善弥たちは一番奥の部屋があるであろう襖の前に来ていた。
「田中、準備はできてるか?」
班長は敵に存在を知られない様にする為か、声量を絞りながら善弥に話しかける。
「はい、しかし襖の奥のようすが分らない為どのようにしましょうか。まさか突入するのですか?」
敵は善弥たちの事を、今か今かと心待ちにして襖の奥で待ち構えているだろう。そんな中、何も考えずに突撃しようものなら襖を開けた途端、身体をスポンジのように穴だらけにされてしまうのは目に見えるようにわかる。
「中の様子が分からないのなら、先ほどのスモークをたかれた時の様に対処すれば良いだろう。下手をすればこの襖にはブービートラップが仕掛けられているのだ。わざわざ敵の策に付き合う必要もない」
‥‥‥何故だろうか? 傍からすれば、ごく当たり前の事を言っているのだが今の今まで無能さを全開にしていた班長がその様な事をいう事に、何故ここまで何事にも耐えがたい感動を感じなければならないんだろうか?
いや、別に本当に何も感動を覚える必要はない。むしろ何故、今までその様な思考に思い立つことが出来なかったのかを問いただしても良いだろう。いやしかし、これで少しは生存確率が上がっただろう。
善弥が感動していることを他所に、班長は襖に銃を向け引き金を引こうとした瞬間、善弥と班長の間に無数の銃弾が流れ星の様に飛んできた。
後悔先立たず。ということわざが在るが、まさにその通り。敵の目の前で在りながら人と長く喋りこむといった失敗。命のやり取りをしていると自覚していたつもりだが、やはり何所か心の中では殺し合いというモノを理解していなかったのだろう‥‥‥というのでは言い訳すらならないな。
ならば、今は反省よりも反撃である。自分自身の甘ちゃんな部分は帰還してから存分に反省すれば良い!
襖から敵がどの位離れているかは判らないが、こんな近距離で、ここまでの銃撃戦をすることは生涯でもこの一度だけだろう。
「クソ!中が見えないせいで弾が当たらん!」
班長の言う通り、敵に着弾した気配が全くと言って良いほどに手ごたえが無い‥‥‥。
そう思った直後、薬莢が地面に落下した時とは違う‥‥‥普段あまり耳にしない音が班長の足元でした。
勢いよく煙を吹くその物体は、明らかに煙を周囲にまき散らす事だけを目的としたものとはかけ離れた形状‥‥‥。
班長と善弥が取った行動はいかにも簡単で在った。
班長が足元にあった物体を、元の持ち主が居るであろう場所に投げ返す。と同時に全速力でその場所からの離脱。
班長が手榴弾を投げると同時に善弥は投擲位置から距離をとるように逃げる。
数秒後、後方から聞こえてくる爆音から破片型ではない事は確か。中にいる敵は壊滅したと言っても過言では無いと思うが、確認をとるまでは気を抜かないのが吉。
結果を言おう。目標は死に任務は完了した。
後は敵の生死を確認しに行った班長が戻って来ればすぐさまベースキャンプに帰還する手はずだ。
それにしても‥‥‥、今回の戦闘では敵におかしい点がいくつか見られた。見るに堪えない個所は多々あるが、特にひどかったのは敵の戦闘センスの無さである。
途中、あそこまでの戦力差があったにも関わらず、結果として敵は全滅。我々は参謀を追っていたはずである。ならば短期間でも人数の利を生かした戦術を展開するはずだろう。
確かに、確かに今回の我々の戦法は戦術を知っている人間には度し難い程の破天荒なものであり、理解に苦しむ戦法で在ったのは認める。そのおかげか、我々のペースを掴むことが出来ず有効な作戦を立案出来なかったのも納得できる。‥‥‥そういう事か。
敵が参謀で在るにも関わらず、真面な作戦を立案出来なかったのは我が班長殿がまともな思考回路をしていなかった為にペースを乱されていたからか‥‥‥。いや納得出来るわけがない。
もし、本当にそうなので在ればいろんな意味でこの班長は『猛者』である。班長様様だな。
「どうした? 浮かない顔だな。無線でも報告した通り任務は完了だ」
噂をしたら何とやら。森林用の迷彩を施したヘルメットを脱ぎながら班長は善弥の元にやってきた。
「いえ、任務が完了したことはわかります。ただ...」
「ただ...、なんだ? 何か気になることが在るのか?」
作戦が終わったのにも関わらず、今だ浮かない顔をしている善弥に班長が理由を尋ねる。
「いえ、何でもありません」
「そうか、気がかりな事が無ければ基地に帰ろう。今日は朝まで飲み明かすぞ!」
そういうと、班長は善弥の真横に並び肩を組んだ。
「班長、いくら任務が終わったからと言っても危険地帯を抜け出したわけでは在りません。気を抜かないでください。あと、歩きにくいです」
「えぇ? ったく仕方ねぇな」
そういい班長は善弥の肩から手を外し、善弥の少し後ろを歩き出した。
いくら上官だといえど馴れ馴れしい...。任務の最中はまだマシなのに、任務が終わったと同時にこの気の抜けよう...。ってか口調が変わってんじゃん。
普通こういう事は上官が部下にいう事は在れど、部下が上官にいう事などあってはならない事であろう。幾ら戦闘力が凄く高いといっても、常識がなければ軍人としての質が問われてしまう。
こうは成りたくないものだな......。善弥は今後の自分の軍人としてあるべき姿を想像し、班長を反面教師として今後に取り組んでいこうというと密かに思った。
その瞬間、善弥の背後から重く鈍い音が聞こえた。
「班長、今何か異音が―ヒッ?!」
善弥が異音の原因が何かを尋ねようとしたところで異音の正体に気付き、恐怖に染まった声を上げた。
「は...班長?」
善弥が目にした光景...異音の正体は班長その者、いや班長『だった物』であった。
班長だった物は、首と胴体が綺麗に別れていた。
ソレを認識した瞬間、善弥の全てを恐怖が支配した。足は生まれたての小鹿の様に震え、奥歯が割れそうになるほどガチガチ震える。
一体何が?! 何で班長の首が切断されているんだ?! 敵は?! 敵はどこに居る?!
落ち着け!落ち着け!パニックになるな!敵の思う壺だ!冷静になれ!もしくは冷静さを取り繕え!最悪、冷静さを取り繕えば自然と冷静さを取り戻せるはずだ!落ち着け!落ち着け?
敵は一体何所から!? 何所からだよ?! ってか何で班長の首が切断されてるんだよ! そもそも敵は?!
銃声の等の音は聞こえなかったし、そもそもこの様な攻撃方法は、銃の類では絶体に無理だ! 刃物、それも切れ味が鋭い物、例えば日本刀等しかないはず!しかし、いくら切れ味が鋭い日本刀であっても物凄い技量がなければ首を綺麗に切断する事はできないし、何よりも敵は物凄い接近をしなければならない!
いくら無能とはいえ、戦闘に関しては天才的な才能を持っている班長がいとも簡単に敵の接近を許すだろうか?抵抗した形跡もなし。そもそも刃物による攻撃なら攻撃した敵は何所に行った?倒れたであろう音を聞いて後ろを振り返るまでは殆ど時間差がなかったはず。敵は何所へ行った?
冷静さ取り繕ったお陰か、完全とは行かない物の思考の最後の方は冷静さを取り戻して思考がまとまってきた。
それと同時に、足の震えに奥歯がガチガチなる現象も同時に消えた。やはり冷静さを保つことは何よりも大事だな。
ふぅ、と熱くなった息を吐き出しさらに心を落ち着けるようにする。
敵は何所に居るかわからない状態。一刻も早く基地に帰還するか、敵を倒さない限り自分も班長と同じ運命を辿ることになるだろう。それだけは絶体に避けなければならない。
しかし、班長が敵に気付かずに殺されたという事はハッキリ言わなくても勝ち目は無い。とはいえ、犯行を気付かずに班長だけを殺った‥‥‥。即ち、自分の位置は敵に丸見えであり、自分の事を何時でも殺れるという事だろう。
逃げても死亡、向かっても死亡か‥‥‥。逃げたとしても抵抗が出来ない内に殺られるのであれば、すこしでも抵抗することが出来る可能性がある方に賭けるとしよう。
頭が冴えている様な気がするのはおそらくアドレナリンの影響だろうか、これから絶対に勝てない相手と殺り合おうとしているのに、矛盾を生じているがまったく負ける気がしない。
訂正、まったく冴えてないな。
銃剣を着剣しながら相手の出方を待つ。
装弾数は満タン、残りの弾薬もすこし心配では在るがそこまで長期戦にはならないだろう。もし仮に、長期戦になったとしてもその時は戦闘経験的に自分が殺されているだろう。
本格的にヤバいな。普段であればまずこんな事は考えない。これは相当ヤバい。
待ちわびていた瞬間は唐突にやってきた。
「ふむ、儂と勝負を望むのか。其方の命を差し出せば苦しみ無き死を与えるのにも関わらず‥‥‥。宜しい、望みどおりに受けて立とう」
「なッ!」
善弥が見たものは、己が己の視覚を信じられなくなる‥‥‥といったほうが良いのだろうか。
そのモノは人にあらず。
そのモノは又、人である。
そのモノは男にあらず。
そのモノは又、女にあらず。
そのモノは、実体があり。
そのモノは、実体がない。
「儂を見て動揺しておるか。まぁ、無理もない」
「あ、アンタは一体何者なんだ?」
全ての生命体が、このモノを認識したら真っ先に感じるで在ろう質問をする。
不思議と正体不明のモノを見ても恐怖心がわいてくることがなく、感情が荒ぶるが問題ない。まったく怖くは無いかと聞かれれば答えはノーであるが‥‥‥前文の通り、強いて言うならばビビる程度である。まったくと言っていい程問題はない。きっと正気を保てていないのだろうな。
「儂か? 答えても良いが、その前にまずはお主は何者だ?お主が答えないのであれば儂も答えぬ。それが主らの礼儀で在ろう? 我の正体が知りたいのであれば礼儀を尽くせ」
「自分は田中善弥だ! 貴様は一体何だ!」
人ならざる者口調は穏やかで在るのに対して善弥は興奮しているの甲高く荒っぽい声を出す。
日本語を喋っているが奴は敵だ。用心しなければならない‥‥‥。
『儂は『朝後ノ霧龍神』(アサゴノキリタツシン)である』
「朝後ノ霧龍神?」
「そうじゃ。お主たちが今さっき取り壊した神社の主じゃ」
「神社の主?」
「‥‥‥神。といえばお主は理解してくれるか?」
そのモノもとい神は続けて言葉を紡ぐ。
「お主らは何故、我が居場所に土足で入りむ?‥‥‥いや、答えんでもよい。戦であろう。」
自分自身を神と名乗った瞬間、存在すら怪しいモノが存在を統一した。
「お主らは、儂の居場所、貴様らでいう所の国を壊した! その代償は貴様の命を持って払ってもらおう!」
神と名乗った存在が声のトーンを変えると、善弥の方へ一直線に飛び込んできた。
くそっ! 何が命で代償を払うだ! 意味が分からん!
飛んでくる存在に向かって銃弾を撃ち込む。
弾を撃つことによって生じる衝撃を上手く抑えながら、目標に銃口を向け続ける。
くそっ! 明らかに意味がないじゃないか!
善弥が放つ銃弾は、明らかに敵である神に命中している筈であるが・・・・・・。
敵の勢いは緩まることはなく、善弥の元に近づき『影』を振るう。
間一髪で影を躱す善弥に、神と名乗ったモノ‥‥‥神は驚いたような素振りを見せる。
「ほう。この様な状況でも今のを躱すか。普通の者ならば、攻撃に固執する余り回避する判断が遅くなるのだが‥‥‥。そうか! お主は躱すか!」
敵で在る善弥がすぐ目の前で在るにも関わらず、一人で語り一人で納得している神にすかさず銃撃を再開する。
「その攻撃は飽きた。ほかの物が見たいな」
神がそう言葉を発すると、さっきまで銃弾を吐き出していた小銃に変化が起きる。
「なッ! このタイミングで?!」
突如小銃に起こったアクシデント‥‥‥、火器には絶対に付きまとうモノ。排莢不良であった。
敵である神はすぐ目の前、手動での排莢や予備武器への武装変更は許させない。
残った攻撃手段はただ一つ。銃剣による突き。これがただ一つ、今の善弥に残された攻撃手段。
はっきり言えば銃弾すら効かない相手に、銃剣の様な威力のない攻撃が効かない事は明らかであろう。
しかし、望みが無いからと言って無抵抗で殺されるのも嫌だ。どうせ死ぬのであれば、持っているすべての技能を出して殺されればまだあきらめが着く。まぁ、そんなこと言っても死ぬに死ねないだろうが‥‥‥。
瞬間、善弥は右肩につけていた銃床を右手で持ち、銃を槍の様に見立て敵が攻撃してきた影に対して右側に入身しながら思い切り突き、すぐさま敵の体内から銃剣を抜く。
手ごたえは上々。銃越しに伝わってくる感触はあまり良いものではないが、その感触が伝わって来たという事は敵に攻撃が通ったという事だ。
「ほう、儂の突きを避けて尚且つ、突きを入れてくるか」
「嘘だろ‥‥‥」
絶望だ‥‥‥。渾身の思いで入れた攻撃は敵には全く効果がなく。むしろ関心しているまである。
おまけに相手の攻撃が通りやすい近距離。本能が危険と叫んでいるのがわかる‥‥‥。
「技術はまだまだ。だが、武士が消えて約400年。きれいさっぱりに消えたと思っていたがこの技術‥‥‥さてはお主、武人か?」
善弥の胸倉をつかみ、強引に体全体を持ち上げながら神は問う。
「答えろ!」
「じ、自分は武人ではなく軍人だ‥‥‥!」
善弥が震える声で答えるが神にとっては望んでいた答えではなかったのだろう。掴んでいる胸倉で首を絞め上げ、声を荒げて再び問いかける。
「再度問う! お主は武人か?」
「カ八ッ‥‥‥!?じッ自分は武道を学ぶものだがッ‥‥‥武人では無い‥‥‥!」
首を締めあげられて窒息しながら答える善弥を眺めながら、神はニヤリと悍ましいほどの笑みを浮かべ更に善弥の首を締めあげる。
「そうか! お主は武人に非ずか。気に入った! 気に入ったぞ善弥!」
首を絞められている善弥が、足をバタつかして必死に逃げようとしているが神は更に、更に、首元を締める。
「お主には神の国を守る使徒になってもらおう! お主にはその価値がある! そのために先ずお主には経験を積んでもらう。なに、礼などいらん。神の国の使徒になる為には、お主の技術と経験ではまだ足りん。」
善弥の顔が赤くなるのを通り越し、青く変色していく。
「さぁ、間もなく修行の始まりだ。」
そういう神の顔は、恐ろしく、しかし、子供の成長を楽しみにしている親の顔の様にも見える。
「さぁ、行っておいで」
この神の優しい口調の言葉が、善弥が最後に‥‥‥いや、最初に聞いた言葉であった。