第9話
第9話
主は一体何を考えて、ルシフェル様に処分を下したのだろうか?
皆は口に出さないだけで……口に出せないだけで、天界の人間を除く天使や、神々は考えている筈で在ります。私がその様な事を知る必要性が無いとしても、それでもやはり、下の存在にもしっかりとした説明をして頂かなければ納得のしようがありませんではないでしょうか?
そう内心思っている天使の名は《ザイリー・アンデビス》。能天使の地位を拝命している中位三隊の中では一番権力を持たない天使であった。
現在ザイリーは天使達と少数の神々とで、先ほどまで創造主が開いた集会を終え、その集まりで感じた事を無言のまま、時間と場所を共有して考えて居た。
場所……といっても、建造物の中ではない。天使達や、神々が自由に過ごす事を許可されている、沢山の木々が存在している緑が豊かな場所。……此処にいる間は、どんなキツイ任務を請け負っていたとしても、その重荷を一時の間だけ忘れる事の出来る唯一の場所。しかし、今現在はその苦しみを忘れるモノはおらず、雲が若干かかっている空の下に居る者達の悲しみにも、絶望にもとれる雰囲気を醸し出している存在達しか存在していなかった。
結局あの後は、ルシフェルがアダムに対して頭を下げる事を一向に拒んだ為、創造主がルシフェルに呪いの類の神術を使い、無理やりルシフェルに頭を下げさせた。その時のルシフェルの叫び声は、まるで天をも切り裂く様な……。思い出すだけでも悲しく、そして胸が裂けそうになる思い……。とにかくあの集会は酷いもので在ったと言える。
そんな中、ザイリーは周りに居る天使達や神々を改めて、ぐるりと身体を捻って観察した。
周りに居る天使や、神々の階級はバラバラである。一番下の階級で在る《天使》。そしてザイリーと同じ、中位三隊の一番下の位に居る能天使がチラチラと見える中、その上の位に属している力天使、中位三隊の上位に存在している主天使。更に上の位に就いている《上位三隊》の天使達も、中位三隊よりは数は少ないがチラホラと集まっていた。
神々についても、同じような印象がうかがえる。上位三隊よりも更に数が少なくなっているが、それでもやはりソコソコの数がいると言っても問題ない数で在った。
やはりルシフェル様に下された処分に、皆納得がいかないようだな……。いやこれはルシフェル様の人望? ルシフェル様に下された罰に納得できないのと同時に、ルシフェル様の精神を案じている……。
腕を胸元で組む天使。頭を抱え、深いため息を吐く天使。目を真っ赤にし、涙袋に涙を貯めながら時々、天を見る神。立ちながらではあるが、両手を顔の前で組み、ブツブツと「主よ。どうか怒りを鎮め、ルシフェルを許しで下さい」と祈りの言葉を口にする神。様々な反応を見せる天使達と神々を見て、ザイリーはこれからの事について彼なりに考える。
可哀そう……と言う事は簡単だろう。しかし《可哀そう》という言葉で済ましてしまっては、いささか考えが無いような気がしてしょうがない。そもそも、ルシフェル様……我々天使は何故、主にここまで使えてきたと主はお考えなのだろうか? ここまで主に尽くし、はっきり言ってやりたくない事だって《主の為》だと自身に言い聞かせて精神を……そして身体を酷使してきた。それが、我々が創造主に対して行う事の出来る最大限の恩返しであったと今でも思っている。
しかし、その考えは今、この時をもって無になった。
今一度、我々は主に対して考えを改める時ではないだろうか? 第一に、我々の存在価値とは一体何なのであろうか? 自分は、はっきり言ってルシフェル様ほど長い時間を主と共に過ごしたわけでは無い。しかし、それはルシフェル様が主と共に過ごした時間を基準にした場合の話である。最近創造された人間と比べれば、比べる事すら気の遠くなる時間で在る。
私でさえ、人間と比べると気の遠くなる時間を過ごしてきた。ではルシフェル様は?
そのような存在が何故、人間によって理不尽に貶められなければならない? あの方は、何時だって主の事を、そしてこの天界の事を第一として常に考えて来たお方だ。そのお方が、今回の原因である人間を殺したのだ。……そもそも、人間が行った行為を考えてみれば、何故ルシフェル様に殺されたのかは納得しかできないであろう……。
そこまで考えて、ザイリーは頭を横にブンブンと振った。
一体、私は何を考えているのだ! 主は絶対で在ろうに! どんなに我々が、怒りを抱いたとしても主のなす事の全ては絶対なのだ! 私情に流されるな! 主が創造されたこの場所で、こんな不敬な考えをもってしまうとは!? 自分が恐ろしくてたまらない! 主は絶対だ! このことを絶対に忘れてはならない! しかし……。しかしでは無い! 主が絶対的な存在であり、主の計画通りに私達《天使》が行動するのだ! ゆめゆめ忘れてはならない! しかし……。
ザイリーは気持ちを切り替えながらも、自身が創造主に対して疑問に成り行く考えを払拭していく。
創造主に激しく敵対する意思を持った存在の末路は、今の所まったくと言って良い程に誰も分からない。何故ならば、現段階ではそこまで創造主に敵対心を向けた存在はおらず、皆が皆、創造主に絶対的な忠誠を誓っている為であるからである。
そんな前代未聞の思考に入ろうとしていた、ザイリーの心情……心の中は激しく乱れていた。
この激しい動悸? は一体何だ? 激しく《心の臓》が自身の意思とは関係なく、高速に動き……変に緊張感が体の中を駆け巡り、不快な感覚が絶え間なく流れ続く。呼吸が浅くなり、息苦しくなる感覚……。自身の気持ちの面でも《主に対して、こんな事を思ってしまっている。自身の存在は、なんて意味の無い存在なのだろうか》といった負の感情が常に沸いて出てくる……。身体に出てくる不快感や、心の中にぐるぐると回り続ける不快感……。
ザイリーが止めよう、止めようと念じれば念じる程に出てくる感覚に嫌気がさしていた。
しかし、彼はその負の考えを捨てる事が出来なかった。彼がその感情や感覚を認識する度に、その認識した事がより鮮明になって彼自身を襲う。
何故だ!? 何故こんな事で悩まなければならない!? 今回の事はルシフェル様が全ての元凶なんだ! 主の全てが正しい! ルシフェル様の事は忘れなければならないのだ! ルシフェル様が全て悪いのだ! 主のお気に入りの人間を殺し、人間が提案し、主がお認めになった慈悲のある罰を即座に服従しなかったルシフェル様に問題があったのだ! 主は正しい! 主は全ての事において正しい……。
自身の考えを纏める為に、主の全てを肯定し、逆の立場にあるルシフェルの全ての行動を否定していたザイリーで在ったが、やはり彼の心の中には何かが引っ掛かる感触……気持ちが悪い感覚を拭えず、自身の考えに煮え切らない何かを感じていた。
何を……自分は疑問に思っているのだろうか? 創造主は全てにおいて正しいのだ!
……正しければ、どんな理不尽な事でも、それを押し通しても問題ないのか?
……冷静に、忖度なしで考えてみよう。そもそも、主にとっても正義とは一体何なのであろうか? 主にとっての正しい行為とは一体何なので在ろうか? いや……この問いかけでは我々が常に思っている《主、自身が正しい》と言われれば、それまでである。
主にとっての許されない悪事……。これだ! これが一番の質問になるのかもしれない!
ザイリーはその考えが浮かんだ瞬間に、一瞬ではあるが心が軽くなったような気がした。特別何か解決策を出した訳ではなかったが、それでも彼は心の中が晴れやかになり、問題解決に一歩近づいたような気がしていた。
しかし、ザイリーの幸福感は長くは続かなかった。彼には直接、主に問いを問う事の権限がない事を思い出したからである。
もし仮に、彼自身に主に問いかける権限があったとしても彼は今の、このタイミングでその様な事を問いかける勇気はなかった。それは彼だけではなく、天界に居るモノ全てのモノに当てはまる事であろう。
「今回のルシフェルの件で、やはり俺は納得できない箇所が多い」
しかし、そんな重苦しい空気の中で、ある神が口を開き、その神自身の考えをあらわにした。
一瞬にして、その場に集まっていた天使や神々が言葉を発した神を見たが、一瞬にして天使や神々は真っすぐに見上げた視線を再度元の位置に戻し、深くため息をついた。
そんな事は解かっている! ルシフェル様に非が無いことは私達も十分に理解している!
そんな事など、言われなくても此処にいる存在なら誰しもが分かっている。しかし、分かっているからと言って何ができるのか? 相手は主なのだ! 何も出来はしないだろう! 口だけの出まかせは辞めてくれ! 「ルシフェルを助ける」と、できる訳のない事を吠える事は負け犬の遠吠えの様な虚しさや、やるせなさを感じざるを得ない……。
そうは思っていても、やはり皆ルシフェルの事が気になってしょうがないのであろう。先程の神が言葉を発してから、どこかこの場に居るモノ達は居ても立っても居られない。そんな焦りにも似た感情に支配されていた。
「やはり、今回のルシフェルの件に対して主の下した判断は不当なものである」
先ほどの神とは違う別の神が、声を出し周囲の神々や天使たちに言い放つ。ルシフェルは正当な行動をとっただけで在り、その行動に一切の落ち度はなかった。……と。
「ならば、この思いを主に直接言い渡すしかあるまい。……結果は見えているが、それでもやはりこの件の事はこのままにしておく訳にはいかない!」
更に発言をした神は口を開く。
「これから私は主の元に行き、この胸の内を伝える。……大変申し訳なく思うが、私一人が主の元に行き言葉を述べても全く意味がない。その事は此処にいる全員が承知の上であろう」
そこにいた神々と天使達は、集会の終盤に創造主がルシフェルに対して行った行動を思い返し、更に深く暗い雰囲気に飲み込まれそうになっていくが、言葉を発している神は、全ての存在の暗く、陰湿的な空気を感じ取るや否や不満そうに声を荒げた。
「下を向くな! 確かにアレは理不尽で、そして己達の無力を感じそれでいて主の行う事を止める事の出来ない苦痛を知る事となった! しかし、この件を只、指を咥えてみているだけでは我々が存在している『天界』にとって何の得にもならないでは無いか! 最上に居る存在が間違いを犯しても、間違いをそのままに放置してしまっていては、間違いは間違いのまま、その間違いが正当化され、多くの存在が被害をかぶってしまう! そうなってしまっては天界の秩序は乱れ、ユクユク我々は存在する事が出来なくなってしまうであろう!」
フゥ……と熱くなった息を吐きだし、少しの間ゼイゼイと肩で息をしていたが、次第に呼吸のリズムを取り戻し、肩での呼吸が落ち着くと彼は先程の語っていたテンションは何所へ行ったのか、落ち着いた口調で言葉を続けた。
「先ほども言ったが、主への抗議は意味の無い……直接的な効果を出す事は難しいであろう。それは十分に理解している。しかし、行動する事に意味があるのと、少なくとも私は考えている。主に『今回のルシフェルに下された罰に納得する事の出来ないモノは多くいる』という意思を示す事に間接的な、そして将来的にも繋がる……そういった意思表示を行う事は我々にできる、ルシフェルに対しても、今後の天界についても良き方向につなげる事の出来る最大の意思表示ではないだろうか?」
『今後の天界の方向』その言葉に下を向き、希望を見失っていた神々や天使達の顔が上がり、その眼には強い思いはまだ宿っては無いが、これからの未来を考えてかは分からないがしっかりと、言葉を紡いでいた神を見つめる。
そうだ! この問題が起こっている時期に居る我々が声を上げずに、行動に今起こさなければ今後の天界の秩序と天界に仕えるであろう新しい神、もしくは天使達に多大な迷惑が掛かってしまうのではないか? そうだ! これは天界をより良くする為の行動なのだ! 怖がっている訳にはいかない!
全ての存在の目には確かな希望が湧いていた。天界の為、これから主に使えるモノ達の為、彼らは行動を起こすための意味を見出し、無意味だと思っていた……いや、恐怖によって行動を起こしたくない。といった気持ちが消え、これから起こす行動が天界の為になるんだ! と気持ちを震え上がらせる。
同時にザイリーも同じ気持を持った。
そうだ! 行動だ! 行動を起こさなければ絶対に成功することは無い。それがどんなに不可能だとしても、行動を起こさなければ不可能は不可能のままでは無いか! なにを私は弱気になっていたのだ!
もしかしたら私たちが間違っているのかもしれない。だが同時に、主も間違っている可能性も0では無い! うじうじ考えるな! 正解があれば不正解もある。むしろ自分勝手に自身の想いを不正解だと決めつける事こそが、不誠実なのかもしれない。
しかし、主がお決めになった決定を……。えぇい! またうじうじと自身の決心を自身で曲げようとする! 私は行動を起こすのだ! これの意思を絶対に変える訳にはいかないのだ! 絶対に! 絶対にだ!
「さぁ、諸君! 今こそ我々は手を取り合い、主へ追求を行う時である! この機を逃せば、もしかしたら未来永劫に主を止める事が出来なくなる可能性がある! さぁ、我々の未来を明るく、そして透明なモノにしようではないか!」
神が締めにと、言葉を大きく、景気よく叫ぶかの様に吐き出した。
そして、今ここに二種類の存在が出来た。主に反抗する存在と、主に反抗しない存在の二種類が。
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それでは、また次回もお願い致します。




