第0話 現状報告
第0話
ある男の天使がいた。自身の近況(想い)を色々な場所や時間、全ての概念を超え伝えたい天使達が集まる場所の隅に、余り存在感を発する事無くいた。天使達が抱いている感情はそれぞれバラバラで纏まりの無いものであったがそれを気にする天使は誰一人も存在しなかった。何故ならば、ここは自身の近況(想い)を伝える嘆きの場。
危険な任務中に帰って来る事が出来なくなり、今はもう会う事が出来ない思い人に伝えたい事がある天使。己の慢心故に、払わなくても良い犠牲を払ってしまった天使が犠牲になった天使に許しを請う為に来た天使。
その様な暗い感情を持っている天使だけがこの場に居るのかと思えば、何が可笑しいのか大きな笑い声を上げ、涙を流している天使。友人で在ろう天使と大きな声と笑いで語り合っている天使。
喜び、怒り、哀しみ、楽しみが入り混じるこの場所で、男の天使は筆を取り自身の書きたい内容を頭の中でまとめ上げた後に筆を紙に下ろした。
不特定多数のお父様とお母様へ。
突然のご報告で驚かれるかとは思いますが、私は今『天使』です。‥‥‥別に頭がオカシクなり妄想等を炒っている訳では在りませんよ。本当に天使です。色々と疑問や質問をしたくなるという事は十分承知しています。‥‥‥というか何故、私自身が天使になった事すら余り理解できていないと言いますか。
兎に角、聖書等で馴染みの深い、神に仕える事で有名な存在です。
まぁ、と言っても今の自分の階級は『第五級三等天使』‥‥‥ざっくりと簡単に言えば落ちこぼれです。第五等三級天使とは一体何なのか? ですか‥‥‥。その昔、天界には九つの階級がありました。‥‥‥あぁ、説明を始めた所で悪いのですが、この話はとても長い為また後日という事で。
何故、天使になったか? ですか‥‥‥。何故と言われましても‥‥‥強いて言うのであれば、ある神の所為であり、自身に掛けられた運命であるといった方が良いのでしょうか。今此処にいる前で得た知識や技術を生かす為に、天使になったのかもしれません。そればかりは『神のみぞ知る』といった所ですね。
とはいえ、天使だからと言っても何も特別な事は在りません。人間だった頃と根本的な事は変わりません。生きていく為に、存在する為に働く。これは天使にも当てはまる事であり、自分達の様な天使達は皆、日々の生活を送る為に与えられた仕事を行う。確かに一般的な人間が行わなければならない仕事と、天使達が行う仕事の内容は明らかに違いますね。しかしながら、やはり仕事をして存在していくと言う根本的な事は人間も天使も余り変わらないですね。天使と言っても別にそこまで凄い存在ではないと思います。
しかし、聖書等で登場してくる天使、此処でいう『熾天使』‥‥‥『大天使』と言った方が馴染み深いようですかね。上位三位‥‥‥あの方達の存在は私達と一緒にしてはいけません。代表的な天使の名前は『ガブリエル』『ウリエル』『ミカエル』『ラファエル』ですね。
あの方達の背中には神々しい光を発する羽が有り、普段はその羽を出しては居ませんが話によると、その羽は常闇の暗黒をも眩い光度で照らすことの出来る光だとか。そういう様な話を聞いていると、自分は天使では無く人間の様な気がすらしてきます。‥‥‥えぇ、そうです。残念ながら私の背中には光どころか羽すらも生えて居ないのです。
もう一度記載しますが、私は落ちこぼれ天使です。
それでも何とか元気にやっていけているのは、様々な縁によって貴方達にも色々な知識や技術を教えていただいたからです。ありがとうございます。
田中善弥より。
「こんな感じで問題ないよな?」
そう言いながら手紙を書いていた天使、田中善弥が改めて手紙を読み返す。
紺色の馬乗り袴、紋付に紋付羽織を身に着け、その腰には脇差を一振差している格好‥‥‥頭に髷を結っていないが、昔の武士の様な恰好をしている天使であった。
父と母で在ればツッコミを入れたくなる様な個所には、申し訳程度の説明はいれていたが‥‥‥もう少し説明が必要か? いや、まぁこのままでも問題無いか。
そう思いながらも善弥は読み直しをしていた手紙を縦四つ折りにした後に白い封筒に折った手紙を入れ、少ない《使力》とソコソコ保有している《神力》を混ぜて行使し、《魔法円が出現すること無く》白い封筒が燃え出した。燃えた手紙は煙と成り、天界の更に天。逢う事が叶わないモノにまで煙と成って届く。
「んあ? お前また、そんな事をやってたんのかよ」
「アージンか」
声を掛けてきたであろう人物の名前を呼び、声の聞こえてきた方角を向き相手を見る。
一言で表すのであれば、金髪でイケメン‥‥‥女性に困ることのなさそうな顔をしている男。174センチの身長を若干超えている善弥よりも更に高い身長に、高い鼻、碧眼という高スペックな見た目。
ただし、何処かチャラ男と感じさせる雰囲気がそのハイスペックな見た目を損なっている‥‥‥と善弥は常日頃から感じている。
しかし、イケメンはイケメン。ハイスペックはハイスペック。ハッキリ言って、同性の善弥が見ても羨ましく感じる男。それがアージン・アクローラという人物である。
「相変わらずお前って奴は、よく分からねぇこと考えてるよな」
アージンは首を傾げ、両肩を窄めながら善弥の隣まで歩き、善弥の右隣に立ち肩を組む。その様子だけを見ると、長い付き合いの仲の良い様な二人ではあるが、この二人の過ごしてきた時間は余り長くは無い。只二人で何事もなく過ごしてきた時間で在れば、まぁまぁな時間では在るが、二人が‥‥‥善弥とアージンが互いに、互いを友として認識したのはここ最近の出来事で在った。
肩を組み、上機嫌で若干鼻歌交じりのアージンに鬱陶しさを感じながらも善弥はアージンのテンションと行動を受け入れ、されるが儘にされ抵抗の一切をしない。もしかしたらアージンの事を《良き友》として認識しているのかもしれないと、善弥は思う。
事実、今のアージンとの関係を居心地の様に感じている。その証拠に、アージンのくだらない冗談に笑い、くだらない挑発を善弥に振りかけては鬱陶しく絡んでくるアージンを、多少鬱陶しく感じては居るモノの、アージンの行動そのモノを拒絶したことが無い。
ふと善弥の鼻に微かでは在るが、酒を飲んだ人間特有の独特な匂いを感じた。
善弥は自身の肩に回しているアージンの手を退かし、アージンから離れた後に改めて彼の全体的な姿を見る。
ファンタジーの世界からやってきました。と言わんばかりの服装‥‥‥改めて顔を見ると若干ではあるが赤くなっている様な‥‥‥。
「お前‥‥‥まさか公務中なのにも拘わらず酒を飲んだな?」
「あ? やっぱりバレるか‥‥‥。 ヤバいな、この後ローンの呼び出しがあるんだよな」
善弥の言葉に焦りを感じたかの様に見えたアージンであったが、やはりチャラい雰囲気の所為だろうか善弥はアージンから危機感を感じる事は無かった。
「ったく、ローンの話は長くて眠たくて、眠たくて‥‥‥。あいつの声には催眠系の神術でも組み込まれてるんじゃねぇの?」
「話が長い事は同感だけれども、しっかりと話を聞いているとアレはアレで面白い話を話していると思うんだけれどもな」
善弥の言葉を聞いたアージンは信じられないモノを見たような顔になり、善弥を見つめる。アージンの目線は善弥の頭から足先までを何度も体の隅々まで往復させるように見る。その姿は善弥から見ても異常な程の目付きであり、アージンの目線が当たった場所に寒気が走る感覚を覚えた。
「アージン……」
そんな視線に耐えられなくなったのか、善弥はアージンの名前を小さく呟くと一歩、二歩と後退し距離を取る。そんな善弥にますます不信感を抱いたのか、更にアージンの目付きは鋭くなり次第には目線の先にある善弥自身……善弥の衣服を穴が開くような鋭さで睨む。
「あん? なんだよ?」
「俺の身体を舐め回すように見て……そんなに楽しいか?」
善弥の言葉にアージンは「ブッ!!」と噴き出し激しく咳き込んだ後に、大きく息を……深呼吸をして呼吸を整えた後に若干涙交じりの赤くなった目を善弥に向け、善弥が放った言葉を否定しようと言葉を紡ごうとしたが、その言葉を紡ごうとした直前に善弥の言葉がアージンの言葉を遮る。
「……俺は男の天使だから、当たり前だが貧相な身体をしている。そんなに楽しい身体じゃ無いぞ?」
「あ! の! な! 俺は女しかそういう目で見ない! 男であるお前は論外だ!」
「声量落とせよ……。それと、こんな大勢の天使がいる前で凄い発言をするな」
善弥の言葉でハッと我に返ったのか、周りを急いで確認するアージン。彼の大きな声量で発せられた言葉は、周りの天使達にしっかりと聞こえていたらしく、天使達の視線は刃物の様な鋭さを帯びて善弥とアージンをしっかりと捉えていた。
「あー……ゴホン!」
アージンが周りに聞こえる様な咳払いを行うと、それが合図になったのだろう。先程まで善弥とアージンを刺すような視線は無くなり各々の会話や瞑想に戻る。
会話や瞑想に戻った天使達はアージンが問題発言をする前よりも一層、自身の世界に入り込み先程までとは違った空気を醸し出していた。
「あー……もしかし無くても俺、結構邪魔してた?」
「まぁ、うん。……とは言っても此処は自由な事ができる唯一の場所だからな。まぁ節度は持たないとだけれども」
キョロキョロして周りを気にしているアージンは余程、何かを気にしているのか挙動不審に捉えられる程に落ち着きがない。一通りキョロキョロと挙動不審な動きを取った後、地団太を踏み、「ウガー」といった声を上げる。
明らかな不審人物を目の前にした善弥は、可哀そうなモノを見るような目でアージンを見ていたが、そんな善弥を余所にアージンは唸り声を止め善弥を真っすぐにみる。
「な、なんだよ……急に黙って」
「いや、そう言えば今思い出した。『ガブちゃん』からお前宛に伝言を預かってたぜ」
アージンの言う《ガブちゃん》とは、先ほど善弥が燃やした手紙に書かれていた、熾天使の事である。
本来で在るならば《五等二級天使》であるアージンが、天使の最上位に君臨する熾天使であるガブリエルを《ガブちゃん》と呼ことは失礼極まりない事で在り、罰当たりな事である。
「ガブリエル様からの用事か……。ってか、そんな大事な命令を普通忘れるか? 堕天の烙印を押されるぞ」
天使にとっての命令は絶対で在り、ある程度上の上等の天使から受けた命令は、例え命を引き換えにしたとしても完遂しなければならない。 五等の天使が、四等や三等の天使達に何度か命令を破ったとしても即、堕天使の烙印は押されないが熾天使であるガブリエルの命令を守らなかったら、速攻で堕天扱いになってしまうであろう。それくらい上等の天使の命令は重要であり、必ず完遂しなければならない。
これは大げさと思われるかもしれないが、与えられた任務を完遂しないモノは善弥が言った通り《堕天使》の烙印を押される。堕天使の烙印を押された元天使の末路は、全てが在る楽園を追われる……とされている。つまりは天界を追われ《怒り、悲しみ、憎しみ、哀れみ、嫉妬》等の負の感情が支配するおぞましく不快な場所に堕とされる事になる。
天使にとっては、その場所がどのような場所なのかは分からない。ただ天使に刻まれた、天使としての本能の様なモノ《盟約》が恐ろしいと語りかけてくる。
「あー、あれだよ……アレだ」
この男は天使として結ばれた盟約をまったく恐れていないのだろうか……。
善弥は不思議に思う。天使の盟約はその存在を例え知らなかったとしても、天使として生活して居るだけでもその盟約の存在を嫌でも認識する。
「……ガブリエル様からの任務を忘れる程のアレか? どんな用事なのか、さぞかし立派な予定なんだろうな? ん?」
そんな天使の盟約を恐れないアージンを善弥は若干の尊敬を抱きつつも、大切な予定を忘れていたアージンを問い詰める様な口調で話す。その善弥の声色には若干であるが怒りが籠っていた。そんな善弥の様子を感じ取ったのか、だんだんと視線を横に流すアージン。そんな善弥の目線に何か力を感じたのか、アージンは何かに捲し立てられるように言葉を紡いだ。
「いやさ、お前に話したと思うんだけれども……この前言っていた、もう少しで口説けそうな娘がいるじゃん?」
「あぁ、そう言えばそんな話をしていたな」
「その子と話していたら、ガブちゃんの用事をわすれちってた。ちなみに俺が酒臭いのも、そん時に調子に乗って酒を飲んじったから」
アハハハハ! と頭を掻きながら笑うアージンに対し「ハァ」と善弥はため息を吐き、目頭を押さえ頭を抱える。
まったくこの男は……。いやね、確かにコイツ(アージン)が女性を何よりも優先してしまう、大の女好きという事は解かっていたけれども。まさか熾天使の命令よりも、自身の恋沙汰を優先してしまうとは……。
善弥は更に頭を深く抱え、首を何度も横に振る。
「んで? なんとなく予想は付いているけど、ガブリエル様からの要件は?」
もう、コイツの任務よりも恋愛という考え方は慣れるしかないのか……。慣れようとしても慣れないんだよな。
「アレ? 怒んねぇの?」
「怒ってほしいの?」
「まさか!」
絶対に怒られるか、愚痴を言われるであろうと予想していたアージンは善弥が怒らないと知ると、ビックリとした様な仕草を真似してガッツポーズをとった。
「んじゃ、早くガブリエル様からの伝言を教えてくれ」
「お前の予想通り、いつもの場所で荷運びだ」
「それくらいしか俺の出来る事はないからな……」
若干の無力感を感じながら善弥は空を見上げ、呟くようにボソッと声を発した。
周りの上等の天使達に関しては、もう既に《訓練期間》を終了し、最前線で任務を行い、魔物や下級の悪魔と戦い天界に防衛を行っていたりする。
しかし、自分はどうだ? と善弥は考える。未だに訓練期間を終える事無く訓練を行い、いまだに天使としての実戦経験も無いまま多くの時間を浪費している。
もともと善弥は好んで戦をしようとは考えていない。只しかし、戦うことが今回の役割における任務で在り、人生で在るならば。一刻も早く任務に関わって自身の存在意義を見出したい。存在意義を示す事が、自身が存在していたただ一つの痕跡なのだからと考える。
だがしかし、熾天使に任された任務を完遂する事も天界の為であり、ゆくゆくは自身の存在を示すものであるのではないかと善弥は考える。任された事を行うことは、内容が何であっても、それもまた天使としての使命。
「異空間収納の使い手さんは大変だな」
「パシリをやっている賜物だな」
「ふぅ」と息を吐き善弥は自身の思考を切り替え、これから挑むであろう荷物を想像する。
ガブリエル様が下等天使である自分を呼ぶ時は、決まって荷物が多すぎる時だ。……前回はおよそ一週間という膨大な時間が掛ったが、今回はどのくらいの時間で終わらせることが出来るやら。
メンドクサイと感じる反面、前回よりも仕事の精度を上げて、完了時間を大幅に短縮しようとの思いが在り、善弥は何故だか非常に楽しさが沸いて出てきた。
「さてと、俺はそろそろ行くよ」
「ガブちゃんと頑張れよ」
善弥は歩き出すとアージンに対し、左手を上げ背中越しに手を上げ振った。それを見たアージンも善弥とは反対の方向を向き歩き出す。
スッとアージンも善弥に対して後ろ向きで手を挙げる。
二人の天使の距離が離れていく、それぞれの行くべき場所に。アージンはアージンの目的地に、善弥は善弥の目的地に。
初めまして。
この度は『叩き上げ天使が神様に成り上がるまで。』を御閲覧頂き有難うございます。
本作品は、作者である私と同じで、まだまだ成長段階ではありますが、どうか暖かい目で見守って頂ければ幸いです。
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