「グルメ・モスキート」
目がくらむほど煌びやかネオンは闇夜を照らし、テールライトは群れをなして道路を赤く染めていく。
高くそびえ立つオフィスビルからは、ポツリポツリとLEDの灯りが降り注いでいる。
そんな、新宿のオフィス街のはずれにある公園に、私は住んでいた。
私はいわゆる、"蚊"という生物である。
誰もいない公園に一匹、私は羽音を響かせながら草むらをうろついていた。
ちょうど初夏の真ん中あたりが、私たち雌蚊がお腹に子供を宿し、血を求めて彷徨う時期なのだ。
私たちは好んで血を吸うわけではない。お腹の子供のため、命がけでに血を得ようとするのだ。
だが、稀に例外もある。
そう、私は世にも珍しいグルメな蚊なのだ。
ボウフラ時代より割と食にこだわる性分であったが、成虫になってそれはより一層濃くなった。
「はぁ…」
すると、茂みの向こうのベンチに中年男性の吐息が香った。
私は思わず、唾液をゴクリと飲み込む。
疲れ切ってちょっとドロドロしている血が、私が一番好む味であるからだ。
見た限り、この男は残業明けで相当くたびれている。
腹回りにも贅肉が窮屈そうにワイシャツを押しているではないか。
美味そうだ。早速頂こう。
そう思ってチクリと彼の首筋に針を刺した瞬間、私は絶句した。
この男、血がドロドロしてない…!?むしろめっちゃ健康的じゃん!サラサラじゃん!
首から匂うこの汗の感じ…まさか、ジム上がりだと!?疲れているのは残業じゃなくてジムのせいだったのか!?
何という失態……ここは一時撤退としよ…あれ?
だが、贅肉の重みで針が抜けないことに気がつく。
気がつくと私は、パチン!と言う音とともに大きくて分厚い肉の塊に潰された。
そう、蚊として生きていればこんなこともある。
まぁ、今回は取りやすさよりも味を重視した結果だろう。
次はもっと、鈍感そうなやつを狙おう。
私はそう固く決心して、昇天した。