始まりの村
ただ草と木を薙いだだけの、道と呼べるか怪しい道を歩いて一時間ほど経った。
鬱蒼としていた森も、木々がまばらになり見通しが良くなっていく。
森では感じられなかった新鮮な風が心地よい。
この体は見た目は幼女に関わらず、この道に慣れたライラの足の速さについて行くことができる。
元の体では、そんなに体力があるわけじゃなかった筈だが……。この体の恩恵といったところだろう。
「魔動隷の体さまさまだな」
「常に肉体強化の魔法がかかってるようなものだからね」
まだ自分が知らない新情報が飛び出してくる。
「ゴーレムは空気中のマナを取り込んで循環させて力に変えているのよ」
「マナは……。まぁアレか魔法使うための?」
「この世界に満ちている力。と思っていいわ。生命に多く影響するのよ。もちろん魔法の使用にも使うわ」
今日の朝の食事の時に言われた言葉を思い出す。
「たしか効率良くマナを摂取するために、食事も有効とか……」
「ちゃんと聞いてたのね。そう、魔動隷は人と違って、内部でマナを作り出せないから、効率良くマナを摂取するのに食事が必要なのよ」
「それって全ての魔動隷が食事できるってことか?」
「いいえ。それができるのは古代魔動隷だけよ。貴女みたいなね」
古代ということは、今の時代でも魔動隷は作れるってことなのだろう。
崩壊戦争以降、技術が途切れたとか、これも朝の食事の時に聞いた。
「現代の魔動隷は、空気中のマナを、どれだけ効率良く収集して循環できるかの術式が組めるかが課題になってるわね。どんなに頑張っても、マナを直接摂取できる古代魔動隷には勝てないわ」
人と寸分違いないものを作り出す古代の技術。
この世界には、神に等しい人たちがいたのかもしれない。しかしその技術故に滅びてしまったのだから、なんとも言えない気持ちになる。
「ん、肉体強化の魔法って。もしかしてゴーレムも魔法を使えるのか?」
興味があった。
こんなファンタジーな世界にいるのだから、興味を持って当然だろう。
「無理よ」
「え? マジか……」
いきなりの否定に、ガクッと肩を落とした。
「ゴーレムは内部でマナを作れないっていったでしょう?」
「それはもちろん聞いてたが」
それとこれとがなんの関係があるのだろうか。
「人体で作り出されるマナは、体外のマナと性質が違うのよ。詳しい説明はどうせわからないだろうから省くけど」
……さらっとバカにされた気がしたが、ここは黙って話を聞く。
「体内のマナで世界に干渉する力が魔法。魔動隷はマナを血液のように循環させて様々な能力を増強している。わかった?」
「まぁ、一応は……」
少し残念さを表情に出す。
誰だって魔法は使ってみたいものだが、どうやらゲーム的にいうと使えない種族らしい。
「そんな顔しないの。その代わりってわけじゃないけど、魔法には耐性があるから」
「魔法耐性ねぇ……」
そんなの戦闘にならない限り使うことないんだろうなと。心の中で呟く。
「ライラは魔法使えるのか?」
「なんで私が技士の道を選んだか知ってる?」
その言葉に察しがついた。
師は魔導師でも、ライラがそうじゃない理由がきっとそれなのだろう。
そんな話をしているうちに、やがて森を抜けた。
まばゆい太陽の光に幻惑される。
心地いほどの風が駆け抜ける。
「ほら、あそこに見えるのがアルケ村よ」
少し先に小さな集落が見える。
村といってもそこそこの規模があるようだ。
いくつかの風車も存在している。そしてその周辺に整備された畑も見えた。
黄色い穂がなびいているところを見ると、小麦、かそれに類似したものを育てているのだろう。
「ライラが住んでる村か。まだ結構距離あるな」
体力的にはどうもないのだが、歩くという行為があまり好きではない。
気分的に疲れる。といった感じだろうか。
未だに体と心のバランスが取れていなかった。
「行くわよー」
そんなことを思い、ぼーっとしていたら、いつの間にか彼女が遠くにいっていた。
呼ぶ声にハッとすると、走って彼女を追いかける。
はぐれてしまってはシャレにならない。
村までもう少し。時刻は太陽の位置から正午を迎えようとしていた。
◼️
村の近くの整備されている道。
あたりは黄色の穂を垂らす小麦畑が広がっている。
ライラは行き交う人々に挨拶し、自分はそれにつられて小さく会釈を繰り返していた。
もちろん、好奇の目に晒されてるのは言わずもがな……。
「嬢ちゃん。可愛いものが好きだからってついに誘拐かー?」
畑で作業していた農夫が揶揄するように声をかける。
「これは私の魔動隷! あんま言うとぶっ飛ばすわよ!」
ライラは年頃の少女のように顔を赤くして反論する。
「おーこわいこわい。ハハハッ!」
その言葉につられて、他の農夫たちも笑い声を上げていた。
しかし、揶揄い方もあまり嫌味な感じではなかった。いつもやっている挨拶。と言う感じの印象を受ける。
「おー! ライラじゃねぇか! 変人技士様のおかえりだな」
今度聞こえるのは別の声。
皮の鎧と毛皮でできたマントを着た、いかにも狩人といった感じの男が数名。道を塞ぐように並んでいる。
「シャッス……。いつのまに帰って来てたのよ……」
ライラの明らかなテンションダウンに、そのシャッスと呼ばれた人物との人間関係が垣間見れた。
「誰だこいつ……」
自分はライラに小さく耳打ちをする。
「同い年なだけ。一流の剣士になるって王都に向かったんだけど……」
ライラは耳打ちで自分に返す。
「なんだそのチビ? 誘拐してきたのか?」
他の村人と同じ反応に、ライラは辟易としていた。
そんな彼女の代わりに俺が説明を行う。
「あぁ、俺魔動隷なんだ。自分の意思でついて来てるんだから気にしないでくれ」
「……おいおいマジかよ古代魔動隷かこいつ!?」
シャッスは口を開けたまま、信じられないといったような表情で自分を見つめる。
彼の後ろについている数名も、自分を珍獣を見るような視線で見つめる。
「ふふふ……。そうよ!」
なぜかライラが威張る。
「この子はミツキ。私の魔動隷よ! 驚いたでしょう!」
「しかしお前が……。いや、技師としては認めてっけどよ……」
シャッスは自分とライラを交互に見つめて、未だに信じられないといった様子だった。
「で、あんたはなんで村に戻った訳? 一流になった訳?」
「いや、まぁ、仕事だよ仕事。今俺はギルドにいるんだけどよ」
ギルド。世界観的には存在してるだろうなと思っていた。
「カッチャトーレって言うんだけどよ」
「知ってるわよ。害獣駆除を専門にしてるギルドね」
少し投げやりにライラは言葉を返している。
会話の端々から苦手といった意識が伝わって来る。
「修行してんだよ。で、今回この近くに狼の群れがいるらしいじゃん?」
「確か隣村で被害が出てたわね……。人が数人殺されたとか」
淡々と話すライラ。この世界ではよく起きることなのだろうか。
日本ではまずない狼の被害に少し恐怖を覚える。当たり前の反応だろう。
「だから俺のギルドの出番って訳だよ」
胸を張って威張り返すシャッス。
ライラはギルドはお前のものではないだろ。とジト目の視線を送っていた。
「シャッス。話はそれくらいにしとけ」
シャッスの近くにいた低い声の大男が彼の肩を叩いた。
「すんませんリーダー。という訳で、お喋りはここまでだ。今から調査に向かうところでさ。じゃあな!」
あの大男がシャッスの言う通りリーダーなのか。
顔中に傷があり、いかにも歴戦の狩人という印象を受けた。
狩人の一団は俺たちから遠ざかって行く。
「あー! チビ! その変人が嫌になったら、いつでも俺ん所こいよー!」
遠くから叫ぶ声が聞こえる。
「ふざけんなー!」
そしてライラはその声に、少し怒りまじりに叫び返した。
同い年と言っていたし、きっと幼馴染みたいな関係なのだろう。
そのやりとりが、少し羨ましくも感じた。
いつも閲覧ありがとうございます。不安でしたが、意外と見てもらえているようで感謝しています。
この場を借りてお礼させて頂きます。本当にありがとうございます。