初めての……。
朝起きて気まずかったのは、言うまでもないだろう。
主に自分だけが……。
それから暫くして彼女が持って来た乾かしたパンのようなものを水に戻して粥状にして朝食をとった。この世界の保存食のようなものだったのだろう。
「魔動隷も食事するんだな」なんて言ったものだから、講義を聴きながらの食事となったが……。
しかしそれは些細な事ではなかった。問題はその後だ。
「これ、洋服だよな……。しかも女物で、少女用の」
「……そうね。少なくともそう見えるけど」
食事の後に何か使えるもはないか探していた時のことだった。
家の外にある倉庫の中に、もう一つ部屋があった。
ライラ曰く、その部屋は絶対に入れてくれなかったらしい。
鍵が頑丈に掛けられた扉。
部屋を物色した時に、複雑な形をした特殊な鍵を見つけてしまった。
それを鍵穴に合わせると、なんと開いてしまった。
そして中を見てみると……。
「あの爺さん何を思ってこれを集めてたんだ……」
「まぁ、着せるためでしょうね……」
昨日の日記を見た時の悪寒が背を走る。
やはり相当に拗らせていたようだ。
「まさか魔動隷のために、ここまで集めてるなんて」
ライラ的にはそう見えるらしい。しかし、洋服の中には変なラインナップのものも存在している。
服と呼べるかわからないほどに露出の多い物。水着。メイド服。
ピタッと張り付くインナー的なもの……。
明らかに趣味丸出しな犯罪臭が漂うものまである。自分の世界だったら見られた瞬間に人生終わりだろう。
「まぁ、せっかくだし貰っていきましょっか?」
「は?」
「いや、だってミツキその格好でいたいの?」
……冷静になって自分の格好を見下ろす。
ボロボロの布切れに身を包んでいる。もはや服としても怪しいものだ。
気づいてはいた。下着すら着ていない。
「ちょうど下着も揃ってるし、いいと思わない?」
「まぁ、普通の服なら……」
遅かれ早かれくる事だとは理解していた。
こんな体だが、自分は男だ。まさか女物の服を着る時がくるとは思わなかった。
ライラは悩みながら一つの服を手に取るが……。
「まてまてまて、俺普通の服ならって言ったよな? なんでメイド服なんだよ」
「……これがこっちの世界の標準の服装なのよ」
「嘘はもう少し考えて言おうな」
ライラはチッと小さく舌打ちをした。
まさか騙せるとでも思っていたのか。
「だって、可愛いじゃん!」
「やっぱりか……」
可愛いものが好きとは言っていたが、着せ替え人形になる気は無い。
彼女に選ばせるのをやめて、自分で服を物色する。
色物の中から、その中でも無難なものを手に手に取った。
「……それ別にメイド服と変わらなくない?」
「……別になんだっていいだろ!」
自分の趣味を晒したような気がして、恥ずかしくなる。
「まぁ、いいわ。早く着替えたら?」
……手に取ったはいいが、これはどう着たらいいのだろう。
全体に赤を基調としてる。スカートとコルセットのようなもの。
かろうじて着方がわかるものが、シャツ? ぐらいしか無い。
「どうしたの?」
「……着方が、その、わからない」
嘘でしょ? と言った表情で見つめられる。
仕方がない、仕方がないんだ。女物の服を着る機会なんてないだろう。
「ミツキの世界の服はこっちと違うの?」
ライラはため息をつくと、自分から服を取った。
「教えてあげるから、ちゃんと覚えてよね?」
申し訳無い気持ちになりながら、彼女に任せた。
◾️
天使だ。間違いなく天使だ。
物語に出てくる少女のようだ。
赤いリボンで長い髪を二股にまとめられている。褐色の肌にゴシックな服の絶妙なバランスがこの体の可愛さを引き立てている。
顔を赤らめて思わず息を飲んだ。
自分に見惚れた少女が鏡に映っている。
これは自分のせいなのだが、スカートが頼りなくぎゅっと握る姿が、可愛さをさらに際立てていた。
「これが……俺なのか……」
月並な表現で言葉だが、それ以外に言葉がない。
「かわいい……」
ライラも小さくそんな言葉を口に出して、じっと自分を見つめていた。
魔力に近いような可愛らしい容姿。しばらく二人して見つめ続ける。
「はっ、ヤバイヤバイ……」
頬に手を当てて、ブンブンと顔を振った。
「ふ、服も手に入れたし、この後はどうするんだ?」
少し上ずった声で、まだ自分に見惚れているライラに話しかける。
その言葉にライラも我に帰ると顔をブンブンと振った。
「そ、そうね。他には何もなかったし……。予定どおり村に向かうわよ」
「村までは遠いのか?」
「今からでれば、日が上に上がるぐらいには着くわね」
時間がわからないが、おそらく1〜2時間といったところだろう。
彼女はすでに荷物をまとめ終わっていた。荷物の入った背嚢を背負う。
「村に着いた後は?」
「まずは用意。その後は大きい街に行こうと思うわ」
彼女なりに考えているらしい。
頼る人がいない自分にとっては、彼女について行く他に選択肢はない。
「それじゃ行きましょう。帰り方を探しに」
彼女は扉を開ける。
彼女が一歩踏み出す。
それにつられるように自分はその後ろをついていく。
この一歩一歩が、帰るための方法に近づいてると願って。
挿絵を描いてみました。どうでしょうか?