不安の夜
明かりも消えた室内で一人考え込む。
これからの不安と戦うように、ただ窓から外を眺めていた。
窓から見える鬱蒼とした森は、まるで自分の複雑な気持ちを写しているようだった。
眠れない。
ライラは疲れていたせいか、自分よりも早く眠りに落ちた。
体は疲れている気がする。もっとも、魔動隷が疲れるかはわからないが……。
小さくため息をつく。その吐息は自分のものではない。
自分が自分でなくなってしまった。そう考えるだけでさらなる不安が、自分の思考を深くまで突き落とす。
そもそも、魂だけがこの世界に来ているのだ。
元の体は無事なんだろうか?
あまりにも遠い元の世界……。
今日はきっと眠れそうにない。
窓ガラスに映る自分じゃない自分。容姿は最高で気に入らないわけじゃない。
しかし、慣れ親しんだ顔ではない。体ではない。
帰りたい……。
今出てくる思いはそれだけだった。
「……ん、眠れないの?」
自分の後方から声がする。
振り返ると、眠そうに目をこするライラの姿があった。
「わるい、起こしちゃったな……」
疲れているだろうに。と謝罪の言葉を伝える。
何かがあったのは自分だけではない。ライラもきっと、相当に気疲れしているはずだ。
「不安……、じゃないわけないわよね……」
「そう見えるか?」
「顔に出てるわよ。せっかく可愛い顔なのに台無しね」
冗談っぽくライラは言う。
きっと彼女なりの気遣いなのだろう。その言葉に苦笑を返す。
「まぁ不安だよ。すごくね」
「ごめんなさい。爺さんを私がちゃんと止めてたら……。まさか成功するとは思ってなかったから……」
ライラはしゅんと俯く。
「ライラのせいではないだろ? 帰れる努力はしてくれてるわけだしな」
真剣な表情での謝罪に、少々驚きつつも言葉を返した。
別に謝ってほしいわけではなかったが、その言葉に少し気が軽くなった自分も居る。
「でも、一応関係者だったから……。責任……感じてるのよ」
彼女なりに抱え込んでしまったのだろう。
寝る前の彼女とは考えられないほどに、暗く重い口調だった。
「気にするなって言葉は違うか……。でもさ」
「ん……?」
「帰れないと決まったわけじゃない。だから希望があるうちはそんな顔するなって」
彼女が引き起こしたことでもないのに、そんな顔をして欲しくなかった。
経験が浅い。どんな言葉をかければいいかわからなかったが、精一杯の言葉で彼女を励ました。
「俺は頼れる人がライラしかいないんだ。それに、俺の所有者なんだろ?」
「ミツキ……」
「頼りにしてるよ。明日もよろしく頼む」
ライラはその言葉に瞳を見開く。
そして。
「ふふっ、なんか小ちゃい子にそう言われるって……、変な感じ……」
ライラは目尻に涙を薄く浮かべて笑う。
「君ってもしかして私より相当に年上なの?」
「おいおい、今までどう思ってたんだ?」
「同い年……とか?」
それって精神年齢が低いってことですかい……。文字通り……。
自分は大きくため息をついた。
話したせいか頭の中に浮かんでいた複雑な思考も少し晴れた気がした。
彼女みたいな少女に、背負わせてばかりではいけない。
「俺も寝るようにするよ。ってか魔動隷も眠くなるんだな」
「当たり前でしょ? だいたい魔動隷は……」
「待った! それは明日な」
それを聞いたら朝日を迎えてしまう気がした。慌ててそれを制止する。
「まぁいいわ……。ほら、寝るわよ」
ライラは不満そうにそう言いながら、ベッドを少しあけて隣をポンポンと叩く。
その行為が何を意味しているか分からなかった。
「ん?」
「ん? じゃないわよ。隣に来てって言ってるの。まさか床で寝るつもり……?」
その言葉を聞いて数秒固まる。
そして、徐々に顔が熱くなってくる。
「それは、その、添い寝とか言うやつですか?」
畏まった口調で思わず聞いてしまう。
今まで長年そう言う経験はなかった。
異性の隣で寝るなんて、これが初めてなんではないだろうか。
「いくら魔動隷でも、こんな可愛い子を床に寝せるのは気がひけるでしょう……?」
その言葉に一理あると納得してしまう自分がいた。
「早く来なさいって……。同性なんだから畏る必要もないでしょ?」
「は、はひっ……!」
身体は。と言う言葉が抜けてる気がしたが、顔の熱でぼーっとする思考ではそこまで考えが回らなかった。
妹みたいな彼女に、何緊張してるんだと自分を叱りつけた。
ゆらゆらと歩くとベッドに上がって、彼女に背を向けて横になる。
「こっち向いたら? 年上のくせにウブなんだから」
クスクスとからかう声が聞こえた。
その言葉にムキになって彼女と向き合う。これでは確かに『年上のくせに』と言われても仕方がないかもしれない。
もともと一人用のベッドだ。視界いっぱいに彼女の顔が映る。
まじまじと見ていなかったが、彼女も可愛い部類だ。
魔動隷に血液があるかは不明だが、身体中に何かが回り沸騰しそうなほど熱くなる。
そう言った薄い本でありそうな展開。それを経験してしまってることに、睡眠どころではなかった。
「そんなに緊張しないの」
彼女は落ち着かせようと思ったのか、優しく自分を抱きしめた。
まるで少女に接するように。全くもって、逆効果だ。
緊張とその他もろもろで息が荒くなる。
そのせいで甘い少女の匂いが鼻腔をくすぐる。
悪循環が止まらない。
あ、これはダメだ。色々な事で。
一言で言うならオーバーヒート。意識は途絶えた。
結果として強制的に眠りに落ちた……。