帰りの道のりは遠い。
鏡に映った幼女は、自分と同じ動きをする。
今や自分のものとなっている身体を、まじまじと観察している。
あの後、老人の家へと戻った自分たちは、元の世界に帰る方法がどこかに記されてないかを確認したいた。
ライラが持ってきていたカンテラの光に照らされた薄暗い室内。改めて見てみると、片付いているとは言いずらかった。
あちこちに本が散乱している。寮の自分の部屋より凄まじい。
そんな状態に辟易していると、布のかかった何かを見つけた。
そう鏡だ。
そういえば自分の姿をちゃんと見ていない。と思い鏡に映った自分を観察していたところ。
やはり見事に幼女だった。ボロ布のような衣服を着た、褐色肌と腰まで届く白髪の幼女が写っている。
瞳の色は黄色だ、どことなく人と違うような雰囲気を受けた。
黙々と本やメモに目を通しているライラをよそに、自分は鏡に映った幼女に頬をあからめる。
自分じゃなければ思わず抱きしめるところだろう。すごく可愛らしい。
これは、自賛になってしまうだろうか……?
もし成長したのなら、絶世の美女確定な容姿だった。
魔動隷というと、岩石やら泥でできた巨人を思い浮かべるが……。
「なぁ、ライラ?」
「んー?」
資料解読に夢中になっているのか、彼女は曖昧な返事を自分に返してくる。
パラパラと素早くめくっている。本当に読めているか疑問に思いながら、一応質問をしてみる。
「魔動隷って、誰かが作ったんだよな?」
「まぁね……。貴女の身体は崩壊戦争以前の人間が作ったのよ……。昔の人って認識でいいわ」
「だから遺跡からってことか」
完璧すぎるほどで恐ろしい容姿だったのも、人の手で作られたとなれば理解できる。
鏡の前で一回転する。うん、可愛い。
「今は作れないのか?」
「貴女の身体みたいに、完全に人に似せたものは無理よ……って」
その動作をジト目で見つめてくるライラ。視線が何気に痛い。
「貴女もサボってないで手伝いなさいよ。早く帰りたいんじゃないの?」
「いやさ、俺多分この世界の文字読めないし……ん?」
いや待てよと考える。
ライラとは普通に話すことができている。これは本当はおかしいんじゃないか。
自分は考え込むように俯く。
「俺が話してるのって日本語だよな……?」
「何言ってるの? 人類共通語に決まってるでしょ?」
……そんな言語を習った覚えは少なくともない。
しかし、彼女と話して居るのが何よりの証拠な訳で。
「あー、なるほど、確かに混乱するわよね」
「何一人で合点がいってるんだ」
説明もせずに何か一人で納得しているライラ。
「簡単に言えば、その体の基本技能ね」
「パソコンでいえば、フォントみたいなもんか?」
「それが何かわからないけど、まぁ、言語の記述を行えば話せるってこと。膨大に時間抱えるけど」
魔動隷の身体おそるべし。勉強することなく技能を会得できるとは……。
しかしそんな話を聞くと、もう一つ疑問が生じる。
「それって、記憶とかも書き換えられるのか……?」
ゾッとする話だ。少し怯えるような瞳で彼女を見つめる。
すると彼女は静かに首を横に振った。
「魂は不干渉領域なのよ。魂の残滓を持った子だって、破片をつなぎ合わせて魂を修復するの。内容をいじる術は……過去に居た大魔動技師ぐらいしか知らないんじゃない?」
それを聞いてほっと胸をなでおろす。
知らぬ間に、別の人格になっていたら恐怖でしかない。
「くだらないこと考えないで、手伝いなさい。そこの本をお願い。変な内容があったら報告ね」
ライラは山積みにされた本の一角を指差した。
今夜は長くなりそうだ……。
▪️
本の内容は関係するものは見当たらない。どれもくだらない内容のものばかりだ。
夕食の材料のメモ、研究メモだが魂に関する記述はなし。
十数冊あった山は、残り一冊になっていた。
やっと終わるとその本……。いや、表紙には日記と書かれているそれを手にとって、内容を確認し始める。
初めはパラパラとめくっていた。他愛もない内容なため、流し読みをする。
(ん……)
あるページに差し掛かった時、思わず手を止めてしまった。その書いてある内容に青ざめる。
『一目惚れだ。可愛らしい魔動隷を発見した。幼い素晴らしい造形美! ワシが求めていたのはこれだ! なんとしてもこれを起動しなければいけない! これは使命だ。ワシの夢はそう! この可愛らしい魔動隷にパパと呼んでもらうこと。お世話をしてもらう事。これで老後も安泰』
力強く書き殴られた文字を見て、一瞬固まる。思考が停止して数秒。
静かにパタンと日記を閉じた。
「なぁ、ライラ……」
「なによー……」
言うべきだろうか。言わないべきだろうか。
「……あの爺さん。小さい子が好きってことは?」
「ん、そんなことないと思うけど?」
「あーね……」
ライラの言葉に理解する。この爺さんは間違いなく自分と同類の。いや、それ以上に拗らせた人物で、その趣向を隠していたことに。
「ちなみに私は可愛いものは好き。ごっつい魔動隷より、貴女みたいなやつが好きね。だから欲しいんだけど」
「そ、そうか……」
師がそうなら、趣向が似るんじゃないか。そんなことすら思ってしまう。
上には上がいるもんだなと。
爺さんの名誉の為にも、この日記は内密に処分しておこう。
爺さん。全く義理とかないけど、あんたの名誉は守ったぞ。
隠し持つことが無理な為、日記をそっとチェック済みの本棚に戻した。
「はぁー、やっぱダメかぁ……」
それからしばらくして、ライラは最後の本を放り投げて大きなため息をついた。
「やっぱりって?」
「うーん、手がかりでもと思ったけど、あの爺さん重要な事は文章に残さないのよ」
「待て待て! まさか全記憶してるって言うのか?」
「まぁ、そう言うことね。だから大魔導師なのよ」
その言葉を聞いて呆然とする。
方法を知っている人物が死んでしまった為、一から方法を探さなければいけない。
そんな言葉を遠回しに言われた。
ライラの表情も浮かない。
「何か方法はないのか……? ライラだって魔導師なんだろ?」
「私は魔動技師。魔導師と一緒にしないで欲しいわ。しかし参ったわね……」
ライラは腕を組んで表情険しく悩んでいる
「王宮付きの魔導師ならあるいは……。と言ってもこの国じゃ……」
「俺はどうなるんだ……?」
「……必ず方法は見つけるから」
少し沈黙をしながらも、ライラは答える。
しかしそれは、今すぐは無理だと断言されたようで……。
「とりあえず、休んで使えるものを探したら、私の家に一回戻るわよ」
完全に肩を落としていた自分をみて、話題を変えるようにライラは言う。
「ライラは爺さんと住んでたわけじゃないのか?」
「当たり前でしょう? この森を抜けた村に私の家があるのよ。私は一応、村の派遣技師だからね」
ライラは胸を張って自慢するような口調で言う。
「それって凄いのか?」
「………」
自分が何も知らないと思って、威張りたかったようだ。ライラは無言で顔を背けた為、それ以上の追求はやめた。
しかし厄介なことになった、ゼロから手がかりを見つけなければいけない。
確か爺さんは大魔導師と呼ばれていた。他にそんな人材は居るのだろうか?
「……爺さんってどのレベルの魔導師だったんだ?」
「……この世界で数人しか居ないとされる大魔導師の一人……レベル」
申し訳なさそうに自分から視線を逸らしてライラはきっぱりと言い放つ。
きっとライラも分かりきってたのだろう。自分を元の世界に戻す方法はたやすいことではないと言うことに。
「か、考えても仕方ないわ! とりあえず休む。そして明日考える事にしましょう」
「マジかよ……」
今日は色々ありすぎて、まだ全てを受け入れられていない。頭の中で様々な思考が絡まりあった。
できる事なら今すぐにも、元の世界に帰って自分のベッドで安眠を貪りたい。
何気ない、普通な日常ではあったが……。その日常が恋しい。
拝啓、元の世界の人たちへ。
自分は異世界で、魔動隷の幼女になりました。
少しずつでもいいので進めていきたい、今日この頃。
感想とかお待ちしてますー。