利害一致
互いの名前すら聞く事なく数時間。ただ互いに作業を続けていた。
まずは例の老人の埋葬。この部屋の外を出ると鬱蒼と茂る森の中だった。
家から出て歩く事数分。ひらけた場所に丘がある。まだ慣れない幼女の体で苦労しながら丘を登ると、そこからは森を一望できた。
その場所に穴を掘り、老人の遺体を荷車に乗せてその場所に埋葬した。
彼女の話では、本当は教会の墓所に埋葬するらしいが、生涯ここを離れなかった彼には、そんな場所よりもここがいいだろうとのことだ。
老人が愛した場所を一望できる場所で眠らせて上げたいらしい。
埋葬を終え、その上に簡易的に拾ってきた石を墓石とする。
辺りは薄暗くなり、ゆっくりと彼女は口を開いた。
「本当に変人だけど、居なくなると寂しいものね」
言葉通りの表情で彼女は呟く。
「彼はね。国に認められた大魔導士でもあり、器に魂を与える研究をしてたの」
「器に魂?」
説明をされてないまま、ほぼ無言で作業をしていた彼女から聞く言葉。
意味は分からなかったが、できる言葉で老人のことを説明しようとしている様だった。
「貴女みたいに魂の残滓がない魔動隷に魂を与えようとしてたの」
どうやら自分の体は。この幼女の体は魔動隷と言うらしい。
「魔動技師の最終目標なの。まぁ、どう言うわけかわからないけど、遺跡から貴女を発掘してきて、やけに執着して魂を与えようとしてたわけ」
だからやたら喜んでいたわけか。やっと合点がいった。
「でも、貴女はある意味未完成品。一からの魂の生成はされてない。そうでしょう?」
「すまない、ちょっといってる意味が……」
いきなりの言葉に混乱して理解できなかった。
「あぁ、えっとね」
顎に人さ指をあてて、彼女はうーんと唸る。まるで言葉を探している様だった。
「……彼はね。魂の生成を諦めて、外部から魂を持って来ようとしたの。魔導技師としては邪道で、そんなことできる魔導士はほんと彼ぐらいのものだけどね。肉体と魂は基本的には強力に結合してるのよ。それで、この世界の人間では……」
「待て待て! 一から説明する気か? ただでさえ混乱してるのに、次々言われたら理解できないぞ」
彼女は理解できる様に一から説明しようとした様に見える。
研究者肌なのは理解できる。大学にもそんな奴がいたし。
「掻い摘んで、わかる様に頼む」
「そうねぇ……」
彼女はまた同じポーズでうーんと唸っている。
しばらくそうすると、ハッと思いついた様に
「貴女は何者?」
自分は頭を抱える。掻い摘めとは確かに言ったが、ここまで圧縮して話してくるとは思わなかった。
「説明不足だった?」
当たり前だ。とジト目で視線を送る。
「……貴女の魂は外部から持ってこられたもの。貴女の魂は誰?」
「そう言う意味か……」
「最初からそう言ってるでしょ?」
確かにそうかもしれないが。と言う言葉を喉の奥に押し込める。
つまり彼女は、最初っから自分の事に気付いていたと言う事になる。
外部から魂を持ってくると言う言葉に混乱しつつ、意味は理解したため彼女に返す。
「ミヤマ ミツキ。日本に住んでる大学生……。意外と自分を説明するのって難しいな……」
「日本って地名は、少なくともこの世界にはないわ。あの爺さん、本当に外部から魂を持ってきたのね……」
彼女は頭を抱えて左右に振って呆れた様な声を出す。
「外部からという言葉からするに、俺は魂を引き抜かれて、この体に入れられた。そう言う事でいいのか?」
「意外と理解力高いのね? というか、もっと驚くかと思ったけど」
「数時間、身動きも取れずに考える時間もあったからな……」
今思うと、彼女が来なければ下手すれば数日あのままだったのだろうか? 背筋がゾッとする。
「中に入ったのが馬鹿じゃなくてよかったわ。私の魔動隷になるんだし」
「……はい?」
何か重要な単語を聞いた気がして、首をかしげる。
なによ?と言いたげに彼女は逆に首を傾げた。
「どう言う意味だ?」
「そのままの意味よ。もぅ、理解力高いんだが低いんだか……」
『私の魔動隷になるんだし』つまり彼女の所有物になる。言葉は理解した。しかし、許容することを拒んでいる。
「ななっ、なんで俺が君の物にならないといけないんだよ!」
「なんでも何も、所有者が居ないゴーレムの起動は禁止されてるのよ。むしろ助かったと思ってほしいわ」
平然とそう言う彼女。この国では当たり前のことなのだろう。
それにしても、まるで物のように扱われる事に違和感を覚える。
自分の手を見つめる。確かに人間の手だ。彼女と変わったところなんてどこにもない。
「俺は人間だぞ!? なんで、物みたいにっ」
「今は魔動隷でしょ?」
言葉を言い終わる前に彼女に遮られる。
「魔動隷物なのよ。貴女の国にも法律はあるでしょ?」
「そりゃ、あるけど……」
「魔動技師協会の規定では、所有者のいない魔動隷の起動は禁止されてるの。もし貴女が今捕まったらアウトね」
その言葉にそれ以上の反論をやめる。
「ちなみに私が欲しいのはその身体の方なの。貴女……。えっとミツキだっけ?」
「……あぁ」
突然名前を呼ばれれば少し緊張する。
「魔動技師的には、魂を一から組み上げることが最終目標なの。外部から持ってくるなんて邪道なの」
「だから俺は未完成品だと?」
「察しがいいのは好きよ」
ニコッと微笑む彼女に少し恥ずかしくなって顔を背けた。
突然そんな笑みを見せられたら少しドキッとするのは仕方がない。
「貴女はおそらく、まぁ、帰りたいのでしょう? 私は貴女の身体が欲しい」
少し誤解されそうな言葉。
しかし言いたいことは理解できた。
「協力しようって事か?」
「うんうん、入ってる魂が貴女のもので助かったわ」
俺が帰りたがってるという事をわかった彼女も十分察しがいい。こちらも説明が省けて嬉しい限りだ。
しかし、貴女には興味ないと断言されたようで、少し寂しい気もする。
「ライラよ。私はライラ。とりあえず利害の一致って事でよろしくね?」
ライラは手を差し出す。
自分は手を取ると軽く握手を交わした。
日が暮れて肌寒くなった風が体を撫でる。布切れのようなボロ服しか着てなかったため身震いをした。
「とりあえず帰りましょ。そこでこれからのことを話し合いましょうか」
「そうだな。寒くなってきたし……。てか、この身体寒さを感じるんだな……」
「当たり前でしょ? 発掘されてる魔導隷は……」
長くなりそうな予感。地雷を踏んでしまった気がする。
「ちょい待ち! とりあえず戻ろ。夜道って危ないだろ?」
「……それもそうね」
来た道を帰り始める。
あたりはもう随分と暗く、空には点々と星が見え始める。
夜がもうそこまで迫っていた。