闇夜に灯す光
戦いの始まり
夜襲には絶好の条件だった。
これがこちらから仕掛けるのであれば、憂う必要もなかったのだが、今回はこちらが防衛側で、しかも防衛に避ける人数も少ない。
空は厚い雲に覆われており、月の光が差すことはない。
姿を見ることすら叶わなかった敵に、こんな条件で挑まなくてはならない。
日が暮れて早二時間ほど経つ。
夕焼けはとうの昔に終わり、静寂と恐怖の闇が世界を覆い尽くしている。
張り詰める空気は、一日前の惨劇を表しているかのようだった。
しかし本当に来るのだろうか。
気配が全くと言って良いほど感じられず、いたずらに時だけが過ぎて行く。
「本当に来ると思うか?」
「これは勘になっちまうが……。もう既に村の外周にはいるはずだ」
シャッスは警戒を全く解くことなく、腰に携えた剣に手をかけていた。
「あいつらの作戦だ。昨日も気が緩んだところを襲ってきた」
「オオカミにしては知能が高すぎるな」
やはり魔獣なのだろうか? 不安が心の中で渦巻く。
「オオカミだろうが、そうじゃなかろうが、守ることに変わりはない」
「イーフェのマナが回復するまでもう少しだったよな」
「あぁ、結界さえ発動すればこっちのもんだ」
自分たちの背後には村の中心にある礼拝堂と鐘楼が存在している。
この礼拝堂の鐘楼には入り口が一箇所で、石造りであるために獣の侵入は不可能だ。
ライラ、イーフェと村人の女子供、そして老人は今この中に避難している。
一箇所に避難させていれば、防衛も簡単になると言うシャッスのアイディアだ。
しかも礼拝堂の周りは、民家が円状に取り囲む広場になっており、間合いに入れば隠れるところは存在しない。
相手にとってもいきなりの奇襲ができない。少しでも地の利を作ろうとしての策だ。
そして、村の決まったポイントに火を焚いている。
これまで奇襲を続けてきた相手なのだから、好き好んで明るい所に突っ込んでは来ないだろう。と言う発想から、わざと暗いところを用意してある。
相手を誘い込むための誘導路だ。
姿が見えない敵を相手にするのは難儀なことだ。
相手の強さは、その視認できないところにあるため、わざと暗闇からは引きずり出してやろうという作戦だ。
「あいつらは必ず乗ってくる」
そしてこの礼拝堂前の広場も暗闇に覆われている。
しかし策はすでに打ってあるのだ。
上手くいけば、相手の正体をつかむことも可能だ。
そうすれば今後の対策も立てやすい。
「しかし思い切った作戦だ……。理には叶ってるが、素直に襲ってきた場合には、俺たちは確実に戦闘になるんだろ?」
「あぁ、そうなる。でも……」
真剣な表情でシャッスは拳を力強く握っている。
「ここで負けるようじゃ……。俺は……」
「シャッス?」
「あぁわりぃ、なんでもねぇよ」
シャッスは表情を緩ませて苦笑を見せる。
明らかに何かを真剣に考えていた表情に疑問が残るが、今は目の前の事に集中することを選ぶ。
しんと静まり返った村の中はあまりにも動きがなさすぎる。
やはり警戒して入ってこないのだろうか?
賢い連中なら、二日連続の襲撃なんて考えないのかもしれない。
「流石に二日目は――ッ!」
その時だった。
背後からの刺すような殺気。その感覚だけで命を刈り取られるような、鋭い鎌を突きつけられたような感覚に、ハンマーを構えて振り返る。
「どうしたっ!?」
確かに感じた。広場の周りにある人家の陰からの視線。
シャッスも警戒を強化したのか、鞘から音を立てて素早く剣を抜く。
「間違いない……」
敵はもう村の中に侵入している。
音もなく、影もなく、姿もなく。
言うなれば暗殺者のように、闇に溶け込むようにこの村に侵入している。
いや、ここまでは作戦通りだ。
何せこの広場に集まってくれたのだから。
そして一つ、また一つと殺気が増えていく。
敵の殺意が強すぎるのか、自分が魔動隷だから存在を感じるのか……。
シャッスがそれに気づいていないということは、おそらく後者なのだろう。
「っ……!」
しばし遅れてシャッスの表情が引き締まる。
おそらく、敵が近寄ってきたことで気配に気づいたのだろう。
あまりにも突然のことに、緊張からか喉が乾くような気がした。
ゴクッと音を立てて唾を飲み込む。
やがて暗闇にシルエットが浮かぶ。四足歩行の獣らしきものなのは間違いない。
円状に取り囲み、自分たちを包囲する敵。
徐々にその輪を狭めていく。しかし、姿がしっかりと確認できない場所で敵は止まった。
四面楚歌。かと思うかもしれないが、これは好機だった。
「シャッス!」
「わかってる! 今だっ!!!」
シャッスの号令で広場を取り囲む民家の屋根に明かりが灯る。
そう、この作戦の最後の一手だ。
防衛とともに、できれば敵の正体を明るみに出してやる。
それがこの作戦。
あらかじめ民家の屋根には、志願した村人たちを配置しておいた。
そして、種火と度数の高い酒瓶をもたせて待機していた。
これは自分が言った案だ。
即席の手榴弾。いわゆる火炎瓶と言えばいいだろうか。
しかしこれは敵を攻撃するものではない。もとよりそれほどの酒瓶は手に入らなかった。
では何に使うか。
広場のいくつかの場所に山積みにされた燃えやすい質の薪、その中には油に浸した布が隠されている。
村人はそれに向かって火炎瓶を投げる。
ガラスは砕け、火のついた酒が流動的に流れる。
その炎が薪の中の油布に火をつける。
そして、それが薪に引火して。
「激しく燃えろっ!」
敵はあっけにとられていたのだろう。
あっという間に広場を赤い光が照らし出す。
黒いシルエットが鮮明に映し出される。
「こいつらは……!」
七匹の狼。
体毛は茶褐色。腐葉土に近いような色合いだった。
四肢は岩のような甲殻に近い皮膚を持っている。
それ以外は普通の狼である。
「ロックウルフっ……!」
「魔物なのかっ!?」
シャッスはその中の一頭に向けて剣を構えた。
「あぁ、下級ではあるが……。此奴らなら勝てるっ!」
狼たちはシャッスの殺気に対して、唸り声をあげている。
姿を見られて堪忍したのか、変わらぬ殺気を放つ。
自分もシャッスに遅れまいと、ハンマーを構えた。
練習は十分にした。心構えも違うはずだ。
「ちびっこ……。自分が魔動隷だからって抜かるなよ」
「わかってる……! ちびっこなめるな……!」
自分が言い終わるか終わらないか。そのタイミングでシャッスは敵の一頭に飛びかかるように斬りかかっていく。
まるで弾丸のような速さだ。
鋭い一撃――。
しかしそれはロックウルフの体毛を削って、芯に当たることはなく躱される。
それが号令だったかのように狼たちは散る。
「こいつらっ!?」
まるで自分たちを弄ぶかのように、動き回る狼ロックウルフ。
消耗するのを待っているかのようだった。正直このままでは不利だ。
シャッスは何回か飛びかかるが、寸前のところで躱される。
戦いに慣れているのは間違いなかった。
「リーダーがいるはずだ! そいつをやれば!」
シャッスは叫ぶが、ほとんどが同じ個体にしか見えない。
「ちびっこ! 古代魔動隷だろうだろっ! 何かないのか!」
「あるわけないだろっ!?」
その時だった。ロックウルフたちの動きが一瞬止まる。
それも全部の動きが一瞬止まると、その殺気は自分に向く。
「なっ!?」
そして一頭がシャッスに飛びかかる。
残りは当然のように自分に向かってくる。
「ちびっこっ! くぅっ!?」
シャッスを相手するのは一匹。しかしそいつはシャッスを引きつけて離さない。
「なんで俺なんだよっ!?」
狼狽えているうちに、ロックウルフは自分を取り囲む。
今度こそ絶体絶命。
村人は怯えているのか助けにすらきてくれない。
シャッスはそれどころじゃない。
「くそっ!」
自分は肩で大きく揺らして息をする。
頼れるのは手に握られている戦鎚のみ。思いっきり握りしめる。
できることは、全神経を集中してこの戦いに耐えること。
イーフェの結界は獣と魔獣避けのものが含まれている。
ロックウルフは魔獣だ。
つまりは結界さえ完成すれば自分たちの勝ちのはずだ。
(やってやる……! あぁ、やってやるよっ!)
初めての戦いにしてはハードモードすぎる。
しかしこれはゲームでない。紛れもない現実だった。
肌を伝う雰囲気に喉を締め上げられるような感覚に苛まれ。
戦いは始まった。
更新などは活動報告を参照してくださいね!




