作戦の前に
投稿遅れました!
いきなり襲ってこないとは限らない状況。
自分たちは交代で休憩を取る事にしていた。
まずは一晩中寝ていなかったシャッスと、マナを使い過ぎて疲れているイーフェから。
自分は幸い、疲労を感じない。
体が魔動隷だからなのか、緊張で張り詰めているかは分からなかった。
宿屋の外で座り込んで、ぼーっと空を流れる雲を眺めていた。
雲の量がだんだんと多くなっている。シャッスの言う通り、おそら夜は曇りになる。
成り行きとはいえ、このあと戦闘になるかもしれない。
しかも、村の人間を何人も殺したような奴らだ。
獣でもない、魔獣でもない可能性。
脇に置いた自分の武器であるハンマーを見つめる。
手慣れである狩人たちも手に負えないほどの相手。
確かに自分は、この人間では当然振れないような武器を振ることができる。
しかし、戦闘経験は一つもないし、心構えも違う。
いくらこの武器が砕けない鉱石で作られているとはいえ、振るう者が素人なら、その素晴らしさも失われるだろう。
それでも、足手まといになるわけにはいかない。
(ライラも真剣に悩んでいたもんな……)
ライラは相当真剣に悩んでいた。
イーフェもシャッスも、この村に生きる人間全てが。
そんな姿を見ていると、なんともいえない気持ちに苛まれる。
今を真剣に生きようとしている人。誰かを守りたいと思っている人。
自分はそんな現場に遭遇したことはなかった。
今まで流れに沿って、いい加減に生きてたのかもしれない。
だからこそ『なんとも言えない気持ち』を感じるのだろう。
今回の戦いだってそうだ。成り行きで参加している。
(俺に人を守る……。そんなことできるのか?)
先ほど奮い立たせた気持ちも、時間とともに冷静になるとブレーキをかけるようになる。
確かに自分にも正義感的なものは存在している。
もしできることなら、困っている人は助けてあげたい。
しかしその力は自分にあるのだろうか?
自分の小さな手のひらを見つめる。この手で救うことができる者はいるのだろうか。
深く思考に陥ってしまうのは自分の悪い癖だ。
「あんまり考えてると、動きが鈍るわよ?」
真剣に悩みすぎていたせいか、気づけば隣にライラが立っている。
いつから其処にいたのだろうか。
「手のひらなんか見ちゃって。貴女なら大丈夫よ」
「信頼……してくれてるのか?」
「まぁ、私の魔動隷だし、古代魔動隷でもあるしね」
自分の眼の前に立つと、ライラは徐に円形の陣を開く。
「何してんだ?」
「記述よ。戦えるように最適化してるの」
「そんな事できるのか!?」
「できるわ。でも劇的に強くなるわけじゃないわ」
最適化と言う言葉から、おそらく力とかを高める物ではないのだろう。
ロボットでいうなら、動きやすくするためのプログラムを組む。的な事だろうか。
「発掘された魔動隷は大抵、記述が滅茶苦茶なのよ。理由は分からないのだけれどね」
「解読困難か」
「何よそれ?」
「絡み合った麺料理。一本一本解くのは大変だろ?」
「それは言い得て妙ね……」
ライラはクスッと微笑む。
「まぁ、その解読困難を、うまく構成し直してより動きやすく、処理しやすくするのが最適化って事」
「解読困難でも魔動隷は動くのか?」
「日常的に動かすのは可能ね。貴女だって動くでしょ?」
古代で何があったかはわからないが、他人のコードを読み解くのは苦労する事だろう。記述が下手くそなら余計に。
「反応が少しは早くなるかもしれないけど、動かすのは貴女自身よ」
「結局は俺次第ってことか」
「古代魔動隷は人間よりも遥かに丈夫。狼ぐらいじゃ滅多に負けないわよ」
「狼じゃなかったら?」
ライラの言葉が止まる。
作業はしたまま、しばらく黙り込んだ。
「相手が魔獣なら、慣れていれば勝てるわね」
「つまり俺は負けると……」
「負けないわよ」
どこからその自信が出ているかわからないが、ライラは言葉を否定した。
作業が終わったのか、スクリーンを閉じると、自分に笑いかけた。
「貴女は私が最適化した魔動隷なんだもの」
彼女なりに勇気付けてくれてるのだろう。
不安ではあったが、これだけ期待もされれば少しは答えてみたいとは思う。
「シャッスたちが起きてきたら、私たちも少し休みましょう」
「あぁ、作戦会議も終わってるからな……」
「村の人達も数名だけど手伝ってくれてるわ」
「よく集まってくれたよな……」
完全な厭戦ムードの中、数名が名乗り出てくれた。
逃げ出そうとするものもいる中、相当な勇気の持ち主達だ。
今は、作戦をするために道具を集めてもらっていた。
「私たちもそれに応えないといけないわね」
「安全に報酬が欲しかったんじゃないのか?」
「そりゃそうだけど……。あんなの見たらね」
おそらく昼間の惨状のことだろう。
自分の言葉で嫌なことを思い出させてしまっただろうか。
「誰だって悲しむ人は見たくないわ」
「そうだな……」
死んだ者にだって、家族や大切な人だっていたはずだ。
できることならこの悲しい雰囲気を終わらせたかった。
今はただ、今夜の作戦の成功と、イーフェの結界とやらが効くことを祈るしかなかった。
「ライラ」
「何よ?」
「なんとか成功させて、ハッピーエンドと行きたいもんだな」
「そうならないと困るわ。頼りにしてるわよ」
人に頼られる感覚は悪いものじゃない。
立ち上がりハンマーを担ぐ。
「何かするの?」
「せっかく最適化したんだ。動きを試しておきたい」
「良いわね。動きを見ればもう少し微調整できるわ」
技師としての腕が鳴るといった感じで、ライラの言葉が少し弾む。
「自分の安心材料のためで悪いけど、付き合ってくれるか?」
「もちろんよ。天才魔動技師に任せておきなさい!」
頼りにしているとは言われたが、本当に頼りになるのは彼女の方だ。
年齢も自分より下で、それなのにしっかりとしている。
報酬には目がないかもしれないが、誰かのために動こうとできる。
他人の悲しみに敏感で、助けようと思う性格。
物語なら主人公の座にいる人物だろう。
「ほら、時間もないんだから行くわよ! 完璧に仕上げる予定なんだからね」
自分は彼女に手を引かれながら、その場を後にする。
これから起こる事も、彼女となら乗り越えられる気すらする。
それは曖昧な考えでもありながら、どこか確信に近いものも感じていた。




