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彼女の優しさ

 あのあと自分たちは必要な買い物を済ませて、ライラの家へと戻った。

 イーフェは宿に戻ればいいものの、寝坊をしたくないと半ば強引にライラの家へとついてきた。

 それからは明日の準備。それが終われば日が落ちていた。

 それほどの準備が必要か。と思ったが、話ではとなり村まで半日以上かかるらしい。

 ライラは割と慎重な性格だ。

 安全と言いつつも自分に武器を持たせたぐらいには。

 深夜の風は冷たい。

 やけに静かな夜に、自分は眠れずに一人外へと出た。

 月明かりだけが辺りを照らしている。

 自分は持ってきた専用武器のハンマーで素振りを行う。

 ブンッ! と風を切る音が耳に届く。

 例の害獣の話も、魔獣の話も。

 それを聞いて自分は緊張しているのかもしれない。

 無心にハンマーを振る。

 前衛を任せられた以上、何かあったら自分は一番前で守らなければいけない。

 緊張するのも当たり前だ。成り行きといっても、パーティの命を守らないといけないのだから。

 さらに、害獣が隣村の人命に被害を与えているという事実が、自分の緊張感を増させる。

 経験はなくとも、イメージトレーニングぐらいはしておきたい。

 前から狼相当の獣が飛びかかってくる事をイメージして、それをハンマーで叩き落とす。

 側面からの敵を避けて、振り下ろしたハンマーを切り返して横へと薙ぎ払う。

 足元はおぼつかない。

 周りから見ていれば、珍妙なダンスに見えるだろう。

 しかし、それが自分にできる精一杯の安心材料の作成だった。


「はぁっ!」


 力を込めて思いっきりハンマーを振り回す。

 可愛らしい声とは裏腹に、力がこもりハンマーはまるで短剣を扱うかのように軽く振られる。

 そして地面に落ちる寸前でそれを止める。


「……いけるのか」


 自分に疑問を投げつけるように呟く。

 誰も答えるものはいない。

 ただ風が頬を撫でて、それになびく髪が月明かりに反射するかのように輝く。

 聞こえてくるのは、自分の息づかいだけだ。


「大丈夫なのですよ」


 突然の声に体をする震えさせて振り向く。

 そこに立っていたのは、眠ったはずのイーフェの姿だった。

 自分のことで精一杯だったせいか、近づいてくることすらに気づかなかった。


「いつからそこに?」


「ミツキが無心に、それを振り始めた頃からなのです」


 イーフェはハンマーを指差して微笑む。

 

「大丈夫なのですよ」


 まるで励ますような口調で彼女は自分に語りかける。

 優しい声色は、自分の不安な心を撫でてくれているようだった。


「前衛は初めてなのですか?」


「初めても何も、俺は戦ったことがない」


 そんな機会、現代人には全くないと言っても良いだろう。

 何かの武道をしていた。と言うなら別の話だが、自分はその才能もないと思っていたため、興味すら浮かばなかった。


「そうなのですか。でも、悪くない動きなのです!」


 励ましやお世辞の類だろう。

 しかし些細なお世辞でも励ましでも、ただ嬉しかった。


「嬉しいよ。お世辞でもな」


 ハンマーを背中に担ぐと、自分はイーフェの目の前えと立った。

 自分よりはるかに身長の高い彼女。自分は見上げながら不器用に微笑む。


「お世辞じゃないのですよ。守ろうと言う気持ち。しっかり伝わったのです」


「んっ……」


 彼女の手が自分の頭に乗る。

 そして、ゆっくりと髪の流れに沿って撫でられた。

 恥ずかしさに視線を外すが、悪い気はしなかった。

 彼女なりの気遣い方なのだろう。


「期待してるのですよ。小さな魔動隷(ゴーレム)さん」


「なんか恥ずいぞ……」


 なんと言えばいいだろうか。

 彼女のふわふわな感じは、こんな時に心の隅を埋めてくれる様だ。

 撫でられれば、いままでの不安もいつの間にか収まる。

 

「そう言えば、イーフェは魔術師(ソーサレス)? だったか」


「はい、そうなのです。それがどうにかしたのですか?」


 イーフェは自分を撫でる事をやめると、質問に首をかしげた。


「上位称号的な事言ってたよな。偉いのか?」


「上を探せばきりがないのです……。でも、実地調査に出る者の中では上の方。だと思ってくれていいのですよ?」


 彼女はどことなく誇らしくそう語る。


「でも、護衛ってギルドに依頼するんだな。王立魔導院ってことは、国の機関だろ? 騎士とか兵士とかが護衛するんじゃないのか?」


 当然の疑問だろう。

 そこそこのお偉いさん。と言うことは、そう言った護衛の一人や二人はついてもおかしくない。

 今回の様な実地調査なら尚更のことだろう。


「ミツキはこの国の事、どのくらい知っているのですか?」


「……実は国の名前すら知らない」


 彼女は質問を質問で返す。

 それに気付かされたことは、この国のことなんて。この世界のことなんて、知っていることは少ないと言うこと。


「この国、マラキア王国は、国家の規模としては小国なのですよ」


 イーフェは持っている杖で、地面に地図らしきものを描き始める。


「これがマラキア王国。この国なのです」


 内陸部の国境線に囲まれた場所を杖で指す。

 この地図がどのくらい正しいものかはわからないが、大陸の大きさからすれば、あまりに小さすぎる規模の国だ。


「隣がアルギュロス帝国。で、こっちがフラートゥス」


 簡易的ではあったが、自分がどの場所にいて、どんな国があるか。それはかろうじて説明で理解できる。


「で、それと護衛がつかないことはなんの関係があるんだ?」


「早い話予算がないのです。その点ギルドは良心的な価格で色々な事をしてくれるのですよ」


 つまり力のない小国は、ギルドに依存している状態だと言う事らしい。

 確かにこの規模で、しかも隣国が割と大きな領土を持っているとなれば、予算のやりくりも難しくなってくるだろう。

 なんとも世知辛い話だ。


「ただ、マラキアは優秀な魔導師や技師が育つ土地なのですよ。だからこそ王立の魔導院や技師団が存在するのです」


「なるほどな……」


「と言っても、予算がないので、まともな研究はそんなにできないのですよ」


 ……ライラがいくら優秀でも、予算を使い込んで飛ばされるわけだ。

 彼女の話を聞く限りでは、納得できてしまう。


「あとこの国には、意外と遺跡が多いのですよ」


「俺みたいな魔動隷(ゴーレム)が発掘されるのか?」


「そうなのです。と言っても、貴女の様な完璧なものは少ないのです」


 貴重品と言う事らしい。

 ライラもあの死んだ爺さんも欲しがった理由がわかる。


「盗掘も多いのです。それに、発掘しても国外に売却することもあるのですよ」


「この国に魔動隷(ゴーレム)は少ないのか?」


「厳密に言うと、古代魔動隷(エンシェント)が少ないのですよ。隣国のアルギュロスの方がはるかに多いのです」


 話を一通り聞いて、自分は肩を落とす。

 小国ということは、入ってくる情報も少ないだろう。

 すでに貯蔵している情報も、あまり多いとは思えない。

 本当に帰れるのか。

 

「どうしたのです? まだ明日が不安なのですか?」


 そんな表情を無意識にやっていただろうか。

 イーフェは心配する様な表情で、自分の顔を覗き込む。


「いや、すまない。まずは明日に集中だな」


「寝ないと体が持たないのですよ?」


「イーフェこそ、明日起きれるのか?」


 今日寝坊したから、こういう状態に陥ってるわけだ。

 しかしながら、話に付き合ってもらったために、少しだけ申し訳ない気持ちになる。


「大丈夫なのです。それより不安や緊張は良くない結果を生むのです」


 ふわふわな言葉遣いだが、時々的確な事を言う彼女。

 少し彼女に対する考えを、改めないといけないかもしれない。


「だから、一緒に寝るのですよ。不安が消し飛ぶ様に、抱きしめてあげるのです!」


「そうだな……は?」


 危ない。

 流されて肯定しかけるところだった。

 突然何を言い出すかと思えば。


「不安を感じる時は、人肌に包まれるのがいいって、本に書いてあったのです!」


 どうだこの知識は。と言わんばかりの言葉だが、聞く人によっては何か誤解を招きかねない。

 それに彼女は誰から見ても美少女の部類だ。

 スタイルも勿論良い。なにせ巨乳だ。

 そんな言葉をかけられれば、男たちはたちまちノックダウンだろう。

 自分もロリが好きでなければ、おそらく撃沈していた。



「それ、あまり言わない方がいいと思うぞ……?」


 一応の忠告をしておくことにした。


「んー?」


 彼女はなんで? と言った表情を見せてくる。

 それから自分はやんわりと、その言葉の意味を説明した。

 彼女は話は聞いていたが、それを理解したかは怪しかった。

 しかし。

 自分の不安は、彼女のおかげで和らいだのだった。

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