自分の武器
風車小屋からしばらく村の中を歩き、そしてまた村の中心から少し離れた場所にその建物はあった。
看板には鍛冶屋の文字。建物の裏にはいくつかの煙突も見える。
おそらく鉄などを鍛造しているのだろう。煙突からは勢いよく煙が立っていた。
ライラはまるで知り合いの家に上り込むように、その建物に入って行く。
自分たちもそれについて行くように建物に入った。
薄暗い店内の奥に赤い光。炉があるのだろう。
「おっさんー。ちょっと頼みがあるんだけどー」
ライラは奥に聞こえるように声を出した。
あまり人気はないが、奥から鉄を叩くような高い音が聞こえる。
しかしライラの声にその音も聞こえなくなり、そして奥から青年が出てくる。工房に似合った厚い生地のエプロンを着ている。
口はマスクで覆っていたが、自分たちの姿を見るとそれを外した。
ライラはおっさんと言っているが、年齢は元の自分と変わらない二十代と言ったところか。
「おいおい、おっさんは酷いな。これでもお前と5歳ぐらいしか変わらんはずだが?」
少し呆れたかのように男は言う。
自分としては職人というものだから、もっと威厳のある老人をイメージしていた。
「それに何だゾロゾロと。チビに? 巨乳?」
「きょっ!?」
初対面の相手にそれはさすがに失礼な言葉を男は臆することなく口に出した。
イーフェの表情はみるみるうちに赤くなっている。
「この子はミツキで、こっちの巨乳がイーフェ」
「ライラ……!」
悪乗りしているのか、ライラもニヤニヤしながらそう紹介する。
イーフェは拗ねたように顔を背けた。
「何の用だ? 農耕道具の修理で忙しいんだが?」
「これなんだけど直せる?」
ライラは男に壊れてしまった歯車を差し出した。
さすが職人と言ったところだろうか? それを受け取ると、人が変わったかのように隅々まで観察しているようだった。
「風車小屋のか……。細かい亀裂が多いな……」
「で、直せるの? 直せないの?」
「……作り直しだなこりゃ」
ライラは職人の言葉に小さくため息をつく。
「まぁ、二、三日待ってくれ。どうにかすっから」
「それなら帰ってくる頃には直ってるわね」
「そうだな」
ライラは自分たちに向き直って声をかけた。
しかし、歯車は結構複雑な形だ。それを手作業で作るのだろうから、この人が職人と言われている意味もわかる気がする。
「あと、なんか武器ない? ちょっと仕事に使うんだけど」
「武器? あいにく最近は農耕道具ばっかりでね」
店内を見回しても、武器になりそうなものは包丁ぐらいだった。
他は壊れた農耕道具が転がっている。修理待ちの物品なのだろう。
「しかもお前、買う金とかないだろ?」
「王立魔導院直属の依頼なの。依頼が成功すれば分け前渡せるんだけど?」
「……ほぉ?」
男はその話に食いついてくる。
職人と言いつつも、やはり商人気質も持っているのだろう。
ライラは男に近づくと、背伸びをして耳元でこっそりと話す。
「なぁ、イーフェ」
「何なのです……」
未だ拗ねている彼女に耳打ちで話す。
「さっきライラと何話したんだ?」
「……報酬の話なのです」
本当にそれだけだろうか。
こっそりと話す必要はあったのだろうか?
と言ったところで、自分が知ってどうこうなる話でもないが。
「……まぁ、安全に得れるならそれでいいか」
「決まりね。ほら、ミツキ用の武器を見繕いなさい!」
交渉の方はうまく言ったらしく、男とライラはガッチリと握手を交わした。
今さらっと、自分の武器のことを話した気がしたが……。
「俺の……武器?」
「当たり前でしょ。前線張れるの貴女だけなのだから」
今まで戦ったことはもちろんない。日本にいれば、狩猟でも生業にしてない限り、戦うなんてことはないだろう。
まぁ、それでも遠距離のライフルだろうが。
「俺に戦えと?」
「魔動隷なんだから当たり前じゃない」
少し予想はしていた。
体力や筋力上昇が常にかかっているこの体なら前線特化だろう。
しかし、肝心の経験はない。
体は魔動隷でも、心は一般人なのだから。
「もしもの自衛用って思えばいいわよ」
「……もしもがないように願いたいな」
本当にそんなこと願い下げである。
話しているうちに男はいつのまにか奥に入って行った。
そしてしばらくすると、数本の剣と斧を持ってきた。
机の上にはそれが綺麗に並べられる。
剣というものを実際に見たことがない自分には新鮮な光景だ。
彫刻されているもの、質素だが扱いやすそうなもの。短剣や手持ちの斧が所狭しと置かれる。
「好きなの持って行くといい。まぁ、チビに扱えればだけどな」
少しだかからかうように言われると、自分としてもムッとする。
何だろうか、ロリは好きだが、子供扱いされるのはあまり心地は良くない。
「振ってみていいか?」
「お好きにどうぞ」
「ミツキ。気をつけなさいよ?」
男の振れるるもんならな。とでもいいそうな表情。
その様子を見てライラはため息をつく。
しかしこれは刃物だ。確かに気をつけなくてはいけない。
自分は一回深呼吸をすると机の前に立つ。
そして、一番重そうな両手剣を手に取る。
重いものを想定していたため、それを見越して柄を強く握りしめる。
その時だった。
「あっ、は?」
砕けた。
いや柄も金属製であるのは間違いないが、強く握った瞬間にヒビが入って文字通り砕けた。
普通、人間の握力で芯の詰まっている金属を割るなんて不可能だろう。
「砕け……。えぇ……」
男は驚きの声を上げている。そして若干だが顔が引きつっている。
言葉で表せない声を思わず上げてしまっていた。
「ちゃんと鍛造したわけ?」
「しとるわっ!」
まるでこうなることをわかっていたように、ライラはニヤニヤと笑い、男をからかう。
しかし、気をつけろは刃物だからではなく、力加減にという意味だったか。
「すまん。この体だからさ」
「古代魔動隷か……」
男はやっと落ち着いたのか、腕を組んで何かを考える仕草をする。
「まいったな。ここに置いてあるものじゃチビが力強く握ったら、同じように武器をぶっ壊しちまう」
「力加減すればいいんじゃないか?」
「いや、もし戦闘になったら無意識に力むもんだ。戦闘中に得物が壊れたらことだろう?」
男の説明に一理あると納得する。
しかも自分は戦闘初心者だ。その可能性は十分以上にあり得た。
「……ちっと待ってな」
男は再び奥の工房に戻って行く。
何かを閃いたような顔をしていたのだから、妙案でもあるのだろう。
「おっさんの顔見た? 傑作よね」
ライラはライラで、さっきのおっさんの引きつった顔で思い出し笑いをしているようだ。
「人のことを笑うのは良くないのです……。ライラの悪い癖なのです……」
さっき自分も揶揄われたからか、イーフェは男の肩を持っているようだった。
そうしているうちに、工房から何かを引きずる音が聞こえてくる。
「またっ……せたっ……なぁ……」
かなり力を入れて、男はハンマー状のものを引きずっている。
地面を削るが如く引きずるその様は、間違いなくそれが重いものだということを印象付けている。
それも当たり前かもしれない。
円柱状のハンマーヘッドの直径は、ゆうに40cmを超えていた。
振れる人間は……。普通に考えるといないだろう。
「何だそれ……?」
大の大人が一人で持ち運べないハンマーなんかどうするつもりだったのだろうか。
思わず男に聞いてしまった。
「バカなもの作ったわね」
「ふぇ、おっきいのです……」
ライラたちもその大きさに驚きの表情を浮かべた。
柄はおそらく、自分の身長ほどある。
もしこの武器の遠心力で殴られたら、大抵の動物は死ぬだろう。
「マルス鋼で作ったウォーハンマーだ。とある貴族の依頼だったんだが……。結局、売れなかったやつなんだよ」
これを注文する貴族なんて何者なんだ……。
「マルス鋼なんて、やたら高価なもの使ってるわね……」
「製作費は貴族もちさ。とりあえずチビ、これなら折れない。曲がらない。砕けない。自信を持って言えるぞ。持ってみろ」
軽々しく言ってくれる。
しかし、この体の限界を自分はよく知らない。
この期に知っておくのも良いかもしれない。男に近づくとそのハンマーの柄を握った。
「壊れない……」
「もっと強く握ってみな」
言われた通りに強く力を込める。
もちろん壊れない。さっきの物が泥細工だとすれば、これは歴とした鉄製品と言って良いだろう。
「ほらきた! うんうん、俺の鍛造が悪いわけじゃなかっただろ?」
まるで勝ち誇ったかのように、男は自分の肩を強くポンポンと叩いて豪快に笑っている。
「持ち上げたら?」
「そうなのです!」
ライラも興味深く自分を見守る。
性能を知っておきたい。という気持ちは、自分と変わらないようだ。
自分は小さく深呼吸をする。
そして、力を込めて思いっきり両手で持ち上げた。
「うおっ!?」
「マジか……」
「すごいわね。やっぱり……」
「すごいのです!」
全員それぞれの声を上げている。
ハンマーは天に掲げられるように持ち上がった。
羽のように軽い。両手だと持ってる感覚がないほどに軽かった。
思わず片手に持ち替える。
軽い重量感。感覚としてはテニスのラケットぐらいだ。
これならブンブンと振り回すことも可能だろう。
「……よっ!」
一度持ち上げたハンマーを振り下ろし、地面すれすれで止める。
その勢いは軽く風を起こすほどだったが、重みを感じる事はなかった。
「いやぁ、このために俺は作ったのかね……」
自分専用武器。
そう言われているようで、そのハンマーに愛着が湧いてしまった。
思わず強請るような視線で男を見つめてしまう。
「うっ、まぁその……、やるよ。肩掛け用のスリングはそこにあるから勝手に持って行ってくれ……」
男はなぜだろうか。顔を赤くして頬を掻いていた。
「はぁ!? マルス鋼よ!? それがタダ!?」
ライラは男の気前良さに納得いかないようだった。
「まぁなんだ。歯車は任せろ。さぁ、帰った帰った」
男はライラのツッコミに背を向けて、工房の方へと戻っていった。
何だったのだろうか? ライラも自分も不完全燃焼のままだ。
「……なんか納得いかないわね」
「まぁいいだろ? 次の用意に行こうぜ」
自分は言われた通り、ハンマーにスリングを取り付けて背中に背負った。
「そうなのです。1日は短いのですよ」
イーフェの言葉は、昼間まで寝ていた人間の言うこととは思えない。しかし実際、陽は傾き始めている。
工房には夕方の赤い日差しが差し込み始めていた。
少しずつですが進んでいきます。いつも閲覧や評価ありがとうございます!
総合PVも1000を超え、不安でしたが続けられそうです。




