ロリコンだが、ロリになりたかったわけじゃない。
――どうしてこうなってしまたんだろうか。
一言でいうのならこの言葉しか出てこない状況。
自分は木で組まれた簡素な作業台の上に座っていた。そして見つめる眼前には倒れた老人が一人。幸せそうな表情を浮かべて倒れている。別に寝ているわけではない。ピクリとも動かずにその場に仰向けに倒れていた。
察しがいい人ならもう分かっただろう。
彼は死んでいるのだ。
なぜこんなことになっているか。経緯を話すには、少しだけ自分という人間を語らなければならないだろう。
自分はごく普通の大学生だったはずだ。
普通に講義に出て、絡みたくもない知り合い飲みに連れていかれて……。模範的な大学生的生活を続けていた。
至って普通だ。
それでも、ひとつだけ。
普通じゃないと言えば語弊があるかもしれないが、自分は小さいキャラクターが好きなオタクでもあった。
ロリコン。
そう言われても正直否定できない。
もちろん、胸を張って言えることではないのは承知だが、ただ保護欲を刺激されるキャラクターというのは素晴らしいわけで……。
……いまはこの話を置いておこう。
まぁ、そんなこんなで普通な生活を送っていたわけだ。
◾️
普通だったからこと頭を悩ませている。
講義の時間に空きがあったため、寮に帰って昼寝をしていた。
全面ロリキャラのグッズの置かれた至福の空間での昼寝。間違いなく幸せであった。
しかしだ。目覚めた時、幸せは過去形になってしまった。
目の前には70はいってそうな黒いローブを着た白髪の老人。
自分が目覚めた瞬間に
「いやあああああああっほおおおおおおおお!」
と咆哮にも近い奇声を上げられた。特大の唾を飛ばされながらだ。
悪夢の目覚めだった。老人は興奮冷めやらぬようで、仰け反りながら何かの言葉をまくし立てた。
目の前の老人は誰なのだろう。此処は一体どこなのだろう。様々な思考が頭をかき回すせいでうまく言葉にできない。
その時だった。
(……?)
一つ目の違和感。
仰向けに寝ていたはずなのに、なぜか座っていることに気づく。
二つ目の違和感。
首をかしげると自分の顔にかかる真っ白な髪。少なくとも自分は黒髪でこんなに長い髪ではなかったはずだ。再び首をかしげると髪も頬を撫でるように動く。
自分の体であるはずなのに、動作確認をするかのように顔を体に向けた。
(……夢か)
そうとしか思えない。
ボロ布に包まれたはいたその体は、自分のものではなかった。
褐色の肌。あまりにツルツルの肌はまるで少女のようで……。
褐色肌でロリといえば完全にご褒美な訳だが、別にロリになりたかったわけではない。
側で騒ぎ続ける老人をよそに、我ながら冷静にこの夢であろう状況を分析する。
(……あれ?)
そして三つ目の違和感。
首より下が全く動かない。動かそうという意思があるのだが、まるで糸の切れた操り人形のように動かない。
自分は小さくため息をついた。
せっかく夢でロリになったのだ、動いてみたいという欲望は一瞬で打ち砕かれた。
そんな状況で子供のように騒ぎ立てる騒音老人と薄暗い部屋で二人っきり。もはや悪夢以外の何物でもない。
(……早く覚めてくれねぇかな)
そんな自分の考えをよそに、身体中の力を使って叫び声を上げ続ける老人。
興奮に額に血管を浮かび上がらせ、真っ赤な顔で言葉を続ける。
「ついにっ!ついに魔動隷がっ!」
なんなことだか知らない単語が飛び交う。
「ワシはついに魂を実装することに成功した!ワシはやはり大魔導っ……」
なにかを言い終えようとしたその瞬間だった。老人はまるで力が抜けたかのようにそのまま後ろに倒れる。
(なっ……?)
突然の事態にさすがに焦る。目の前で人が倒れたのだ。
それがどんなに可笑しい奴だろうと、焦って当たり前だろう。
(っ……!)
何か声をかけようとしたが、口は動くものの声が出ない。まるでその機能が体にないのか。そう思うほどに声出せない。
(この夢変すぎるだろ……! 早く覚めてくれよ!)
目の前で倒れた老人はピクリとも動かない。
寝ているのなら、胸が微かにでも動くはずだが、それもなかった。
(マジかよ……)
目の前で人が死ぬ夢なんてなんて縁起が悪いんだ。早く覚めることだけを願って瞳を閉じた。
◾️
――どうしてこうなってしまったんだろうか。
覚めない悪夢。
目の前の老人が動かなくなってから随分と時間が経つ。
時間が経つたびに実感せざるを得なくなってくる。
目が覚めなければその可能性を考えなくてはいけない。今見ている光景は、夢でもなければ幻覚でもない現実だということを。
(ロリコンかも知れないけど……。ロリになりたかったわけじゃないんだよ……)
そんなことを考える余裕は出てきた。しかし、体は動くことはない。
薄暗い部屋。木組みの壁を見るに、ログハウスのような家であることは理解できる。
窓はあるが、カーテンのように布が貼られていた。あと、外に続くであろう扉が一つ
置かれている棚には本がぎっしりと詰まっている。そのほかには何かしらの液体が入った瓶が複数。
自分が座っている木組みの作業台のほかには机らしいものも存在しない。
床には何かしらで書かれた文字。意味はわからないが、一言で言うなら呪文。どちらにせよ、体が動かなければこれ以上の状況確認はできない。
(こんな状況、誰かに見られたら厄介だよな……)
一つの不安が頭をよぎる。
もし誰かが訪ねてきたら、きっと厄介だろう。
声も出せない、動くこともできない、老人の死体。何も知らない人間が見れば、何を思うか分かったものじゃない。
ただでさえ意味のわからない状況なのに、これ以上の厄介はご免被りたかった。
(くそ……。そもそもここは何処なんだ!)
小説ならよくある展開なのだが、まさか自分がそんな状況になるとは思いもしなかった。
わからないことが多すぎて、不安ばかりが募る。
――その時だった。
ガチャッと言う音。軋むような扉の開く音。
めんどくさい事が起きますよ。と言わんばかりの音が耳に届く。
自分は不安の表情を浮かべて、音のした方へと視線を向ける。
「じいさーん。今日こそ魔動隷譲って貰うからね……っ」
視線が合う。
互いに視線が交差して見つめ合う。
まるで永遠に近く感じるような静寂。自分の瞳には黒髪の少女が映っていた。
書いていきたい今日この頃。