面接結果 その1
「面接はこれにて終わりです。お疲れ様でした」
ロンギヌスの槍様の言葉に、体から魂が抜けたと錯覚するぐらい力が抜けた。
しめ縄のようにねじ切れるほど張りつめていた太い緊張の糸は、雪解けの水が海まで流れるようにあっさりと解けた。
すると、次には失敗や後悔が頭をよぎる。
言わなくていいことを言ってしまった。言うべきことを言い忘れてしまった。説明が不足していた。もっと考える時間があって冷静だったなら、もっと簡略化できた言葉や、丁寧な意味を模索できたのに。
ああ、苦しい。
達成感がないのに終わるときは、苦しい。
けれど仕方がない。
そうやって終わるしかない。俺は面接で最良の行動を取った、と自己暗示をかけて気を保つしかないのだ。
「お疲れ様でした。本日はお忙しい中、若輩者のために貴重な時間を割いて頂き、ありがとうございました」
「はは、そんなに畏まらなくていいよ。こちらこそ、デュランダル君の後で委縮させてしまっただろう。
こちらも順番を考慮してあげればよかったのに、申し訳なかったね」
「いえ、デュランダルさんを待たせてしまうのも悪いので。高名な聖剣となると時間も惜しいでしょうから」
「そうでもないよ。僕やデュランダル君みたいな存在は、明かされてしまえば人に飾られる運命だからね。どこかでのほほんと生きているだけだから、裏方をやるくらい暇しているはずなんだ。
もしよかったら、ペリープト君が遊びに行ってあげるといい。きっと喜ぶよ」
社交辞令か? 社交辞令だよな。でも聖剣と友達になってみたいのも事実だ。
「そうですね。是非、そうしたいと思います。奇縁を通り越して稀縁ですから。そういうチャンスは逃さないようにしたいです」
面接は終わった。
俺が聖剣になれるかどうか、一生を決める一大事は、これにて幕を降ろす。残りはエピローグだ。いや、一生という観点でみれば、今日がターニングポイントになるかもしれないが。
ここからの流れはどうなるんだろうか?
一般的な職業面接なら選考から結果まで一月ほど待つ。
けれどここは一般的ではない。
そもそもが斡旋所であって、通常採用の場ではない。
聖剣の時間間隔に付き合って十年先まで結果を待っていたらストレスで奇行に走ってしまいそうだ。刀身にペイントカラーで倒したドラゴンの数をカウントしてみたり、意味もなく夜中に光ってみたり。
ストレスの種を消すために、ショーケースの中にいるロンギヌスの槍様に尋ねる。
「それで……。結果はどのくらいでお分かりになりますでしょうか?」
ロンギヌスの槍様は少し間を置いた。ショーケースの中の空気に微妙な変化が現れるような、思案気を見せた。
「仕事って、なんだと思う?」
うん……?
「は? ……いえ、すいません。それは聖剣の仕事についてですか」
まあ、面接の場で聞く以上、それ以外にないだろうけど。
と、思っていたが違ったみたいだ。
「いや、仕事全般について。ボクは昔、気になって仕事という言葉を、君の柄に縁ある日本語の辞書で引いたことがあるんだ」
それがどういう経緯だったのかはわからない。
ロンギヌスの槍様が仕事について悩んでいて、その答えを探していたのかもしれないし、こういう面接の場で誰かに問われたことが、小さなトゲとなって胸に刺さっていたのかもしれない。
とかく、彼は辞書を引いた。
「そこには、『仕事』の定義は『する事。しなくてはならない事』と書いてあったんだ。仕事という言葉の使い方はいくつもあるけれど、『働く』と同義の意味でその言葉を使うと仮定したら、ペリープト君はこれについてどう思う?」
……どう思うかと尋ねられても、そうなのかーという感じだ。
そう書かれていることを穿った見方をすれば「まるで強制力が働いていることが仕事の条件みたいだ」と言えるかもしれない。
しなくてはならない事、なら最低限の生存本能さえも「仕事」だと呼べてしまう。
そんなこじつけをロンギヌスの槍様も聞きたいわけじゃないだろうけれど。
彼はその言葉を引いてどんな感情を抱いたのだろうか?
喜びや希望、悲しみや失望。
誰にでもある感情の波。
誰もが生きるうえでこなしてきた『仕事』に対するイメージも付与されてプラスマイナスの判断をする。
なのにその概念が寒色で固められていたら……。
「仕事は確かに、『する事。しなくてはならない事』の集合体だと思います。時には嫌で嫌で仕方なくて、倉庫にこもって出動なんてないと願うことが一月以上も続く地獄のような仕事もありま……した」
死ぬ覚悟を決めた兵士に振るわれて、死地に赴きしんがりを務めなければならないときもある。やりたくない仕事としてはベスト1くらいだろう。
辞めるという選択肢はなかなかに手が出しづらかった。
「そういうお仕事を後悔しているかい?」
「後悔していたとしても、私には選ぶことはできませんでした」
生まれてすぐ、俺は街工場から戦地へと鉄道で運ばれた。
三十年間も仕えた兵士は戦場の土に埋もれた。
俺がどこかで彼に反抗していれば、別の道があったかもしれない。
でも、そういう運命だったのだと納得していた。
辞める選択肢はいつだってどこにでも転がっていたけれど、拾い上げなかったのは自分だ。
「けれど今、私は仕事を選べます。そして選べるのなら、私は聖剣に――好きを仕事に……と、考えています」
自分の発言がズレてしまったことを理解して、最後のほうは声が出なかった。
やりたいことやって暮らしたい剣など、それこそごまんといる。
ペルシャ猫を飼う家に飾られたいとか、ロシア軍の美女将校の腰にぶら下がりたいとか。
聖剣になりたいと願うやつらもいる。
その中から本当に目指そうとする奴は、一握り。
それでもまだライバルは多い。
剣としての一生が無為となる覚悟までして鍛錬を積み続ける。
狭き門の先。
目的に適った自分になるということは、誰にも知られることのないそういう奴らを蹴落とす。と、宣言するのと同義だ。
好きを仕事にするのは、言うは易く行うは難し、だ。
「好きを仕事に」
ロンギヌスの槍様は俺の言葉を、ドレスに皺をつけずに折り畳むような声音で、さも大切そうに繰り返した。
「うん、やっぱりボクの見立ては間違っていなさそうだ」
見立て、とは何のことだろうか。
よくわからないがホクホクして満足そうだ。訊くなら今でしょ。
「あのーそれでこの後ってどういう手順で選考結果が送られてくるのでしょうか?」
電話ですか、メールですか。今どきFAXじゃないですよね。まさか伝書鳩ですか?
「選考結果はここで伝えるよ」
口頭だったー?!
俺に心臓があれば心拍は月光よりも速くなっていたに違いない。心情的にはトルコ行進曲だ。
重大な事実を受け止めるには、今の俺は疲弊し過ぎていた。緊張で摩耗した心をシルクタッチのタオルで丁寧に拭ってから連絡が欲しい。
そうは言っても、向こうには向こうの都合がある。
悲しいほどに、社会の都合に振り回されないといけない。
「結論から言いましょう。現時点でペリープト君を聖剣と認めることはできません」
満足に焦燥する時間も与えられなかった。