聖剣になってからやりたいこと
「ペロープトさん、あなたが聖剣になってからやりたいこと、成し遂げたいことはなんですか?」
聖剣になってからやりたいこと……。
聖剣になってからやりたいこと……?
聖剣とは聖剣であって、俺は聖剣になりたい。
いやいや禅問答なんかじゃなくて、もっとシンプルな問題だ。
俺は聖剣になりたい……聖剣になった俺は何になりたいのだろうか?
「ひ、人を救いたいです」
聖剣の多くは英雄が扱う。しかれば、聖剣の持つ目的も英雄のそれと合致する。
急ごしらえの答えだが、こんな問題に正解も不正解もない。とりあえず善性の答えを述べれば問題はないだろう。
「どうやって人を救いたいのですか?」
ロンギヌスの槍様は追及の質問をした。
「どうやって……。もちろん、私自身が武具となりて、私を使役する英雄が被救済者を護ります」
「あなたは、被救済者をなにから護るんですか?」
俺は子供じゃない。戦争も経験した。そこに善悪の答えがないことは知っている。
では、ナニから護るか?
「悪です。善悪の基準は文化や国家を超えた個々人の裁量に基づきます。
悪について定義するためには善を定義する必要がありますが、善もまた定義不可能な事象のため説明はできません」
ロンギヌスの槍様は俺のはぐらかした答えを遮るように「では」といった。
答えを持ってこなかったことを見破られているのか? だったらそう言えばいいのに。
まるで詰将棋だな……いや、指導対局みたいだ。
「では、英雄の悪と聖剣となったペリープト君の善が一致した場合、あなたはどうしますか?」
「……」
「長考して構いませんよ。もっとも、一日、二日とかけられては困ってしまいますが」
適度な言い訳を考えることは昔から得意だった。
ドイツ軍にいたころは、よく夜長の偵察時にホラ話を周りに披露しては退屈を凌いでいた。口がよく回ることは長所といってもいい。
面接の場で言えることじゃないから、ロンギヌスの槍様には別の自慢できる長所を話したけれど。
物語をでっちあげることは得意だ。
でも、本当に大事な質問をされたとき、でっちあげは逃げるということだ。
俺は黙った。代わりに、考える。
俺にとっての正義が英雄の嫌うモノだった場合。
また、英雄の英雄的行為が、俺にとって看過できないことだった場合。
そんなとき、俺はどうするのが"正しい"のか。
考えていると、ロンギヌスの槍様がぽつりとつぶやいた。
「面接になると、こうやって顔を合わせるし、咄嗟の判断についても聞くことができる。わざわざ直接喋ることを嫌いな人も多いんだけれどね、でもそうしないとわからないことも多々ある、と僕は思うんだ」
その様はやはり貫禄のあるおじいちゃんにしか見えなかった。
「履歴書に書かれたことからわかるのは過去に何があったか、何をしたか。そこから何を学んだか、まで書かれているけれど、実際に発言通りの技能が身についているかは不明瞭だ。
だからこそ、こういう場で正真正銘を知る必要がある」
それなのに槍の言葉は、内心に巣食っていた悪を貫くように尖っていた。
誤魔化しは効かないな。俺は、真剣に悩んだ。
数分して、答えの欠片を掴んだ気がした。
全貌は見えないが、喋りながら答えの尻尾を追いかける。
「英雄が断罪する悪が、もしも私の信念上の善と一致した場合、私なら――」
間違いなく、こうする。
「私なら、私の信じる善を基準に、英雄を止めます」
「それはどうしてですか?」
ロンギヌスの槍様は賛成も否定もせずに水を向けた。
「英雄の悪が良悪の悪であるとは限りません。また、私の善が良悪の良であるとも限らないからです。
どのように行動することが正解かわからないなら、信頼があっても無条件に従わず、ひとまずは話し合うのが最善だと考えました」
答えを聞き終えると、満足そうにロンギヌスの槍様が頷いた。
「英雄も間違いを犯す。多くの場合において正しき道を進む英雄ですが、全員が全員、いつなん時も正義漢であるとは限りません。
英雄の間違いは聖剣が正す。聖剣の間違いは英雄が正す。
英雄を止められるのは英雄と対になる聖剣のみなのですから」
聖剣だけが英雄を止められる。
聖剣を扱えるだけの英雄は、人であって人智を超越している。彼らと対等の立場にいるのは、他ならない命を支え合う武器。
そういう責任もあるのか……。まさか面接の段階になって、また聖剣について詳しく知ることになるとは思いもよらなかった。
「対等な間柄を築くために必要な個性――つまり、知識や経験則を基盤とした意見。それを表明する力を持たなければなりません」
「だから知識が必要だとロンギヌスの槍様は仰ったんですね」
「大事なのは、そこから導きだした自分の意思です。それをペリープト君はよくわかっています」
また、嬉しいことを言われた。
今度は水を差されることもなく、十二分に喜んだ。
もちろん、面接中だから胸の中だけで。
「まあ、応えられなかったらその場で不採用でしたが」
罠が大きい……。
一瞬で冷却した喜びを苦笑いに昇華して誤魔化した。
俺と向かいあうロンギヌスの槍様が言った。
「これが最後の質問です。ペリープト君は百年後、どのような聖剣になっていますか?」