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聖剣面接  作者: ゆまち春
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最近、気になったニュース

「最近、気になったニュースなんてありますか?」


 面接だというに、まるで世間話のようだった。

 ここから何を推し量れるのかはよくわからない。


 とりあえず、知っていることを喋って、ロンギヌスの槍様の出方をうかがってみた。


「ニュース、ですか……。ヴォイニッチ手稿には儂の名前が載っておるって豪語していた隣人さんが詐称罪で格下げされたことでしょうか」


 1400年代に筆記されたと言われるヴォイニッチ手稿。記載された文字の解読は難解で、オカルトチックな扱われ方をされていたが、解読されたら湯浴みと清潔性について記されていたそうだ。


 勿論、武器の名前なんて載っていなかった。


「ああ、あれ解読されたんだね」

「……ロンギヌスの槍様からすれば、数百年前のことなんて興味もないですよね。すいません」


 なんと言ったって目の前にいるのはロンギヌスの槍。六百年余りの歴史なんて、一回りも二回りも若い。


「いえいえ、そんなことはないですよ。永いこと生きているからといって、世界のスベテを知っているわけではありません。

 寧ろ、長く生きていると驚くべきことなのか感覚が失われてしまうばかりでね。

 だから、こういう若い子とお話が出来るタイミングで、世間について私も知識を仕入れているんだよ」

「知識、ですか」


 それこそ聖書に匹敵する年月、意識を持って活動してきたのだ。博識さで右に出る者はいない。

 今以上の知識を集積したところで最早(もはや)得られるものなんてなさそうだ。

 それでも集める……。これが聖剣なのか。


「そう、知識。世の中で尊いものを挙げればキリはないけれど、何においても必要なことだからね。殊更、トラックナンバー1の世界の住人にとってはね」


 トラックナンバー……何かの曲かな?

 聖剣オンリーバンドを旗揚げしたら誰がボーカルをやるだろうか。時代も国も異なる聖剣を集めたところで音楽性の違いで解散する未来しか見えない。


「トラックナンバーっていうのは、そういう概念でね。ボクも教えてもらったばかりなんだけれど、要は、欠けたらお仕事にならない人の最低数、みたいなものなんだ」

「は、はあ……」


 どうしよう、よくわからない。これが世間話なのか説話に通じているのかすらもわからない。

 神妙な顔をしておくべきなのか……?


「例えば、ボクみたいな斡旋課の仕事は代わりが効く。この時間に面接があることさえ周知しておけば、僕が突発的に盗まれても他の面接官が仕事を担当してくれる」


 ロンギヌスの槍が盗難されたら国家総動員で捜索する事態だ。発見されだけでも速報モノなのに。


「けれど面接があることを誰にも知らせなかった場合、デュランダル君もペリープト君も、面接を受けることができない。

 すなわち、仕事が正常に機能しない。

 この場合のトラックナンバーが1だ」


 なんとなくわかるような、わからないような……。


「トラックナンバーが1ということは、代えが効かない仕事、ということですか?」


 たぶん、本来の言葉の使い方だと、トラックナンバー1の仕事は推奨されていない、という話なのだ。

 誰かが休むだけで仕事が休業になったら、有給を使いたくても使えない状態になるから。


 けど、聖剣は必然的にトラックナンバーが1。

 別の言い方をするならオンリーワン。


「聖剣というものは代えが効かない。同じ時刻に二つと存在しない唯一無二性。そして、英雄と対になるたった一本。

 僕たちの仕事は誰かに押し付けることができない」

「……責任、重大ですね。勿論、承知していますが」

「世界を終わらせる一手も、世界を救う一手も、聖剣が担うんだ。その重さを判断するために必要なのが知恵。

 ――長々と説教をしてしまったみたいで申し訳ないね。歳を喰うとこういうことを言いたくなるんだ。やだやだ」


 まるで気さくな近所のおじいちゃんみたいに、二千年も生きている剣は朗らかに笑う。

 他のニュースは? と促される。

 聞いた教えを覚え込みながら、他のニュースを話した。


「他には、そうですね……。キーブレードさんが久しぶりに表舞台に立つことや、ファッションブランドが兵装にロゴの刺繍を入れたという話も興味深かったです」


 キーブレードの方が年下だけれど、有名度合いで言えば圧倒的にあっちが勝る。それとファンだったりする。わざわざ面接で言わないけど。


「そのファッションブランドのロゴの刺繍を知って、どう思いましたか?」


 ロンギヌスの槍様は後者のニュースについて知りたがっていた。キーブレードについてはよろしいんですか? 久しぶりのナンバリング新作ですよ。


「どう思ったか、と訊かれましても……」


 小声で愚痴をこぼした。愚痴をこぼしたくもなる。


 勝利に近づいた敵国がそれをやっていたのだ。勝利の女神が微笑みだした途端、贅沢をし始める彼らの浅はかさに心の底から怨嗟の想いが沸き出た――と、戦時下の悪感情をそのまま言っても仕方がない。


 本当を知るのが面接官の役割だとしたら、好印象を捻りだすのが就活者なのだ。


「当初は、あまり費用対効果に優れた宣伝ではないと判断しました。戦場で死んだ兵士から武器を拾いあげて再利用することは少なく、ロゴを大衆に見せつける機会もほとんどなかったからです。刺繍をするだけブランドとしては無駄金となります」


 それに一般的に考えれば、戦場に転がる幾百の死体に刺繍されたものと同じロゴを自分の服に刺繍しようと思う消費者はいない。


「当初は、ということは、後から考え方が変わったのですか?」


「はい。後に、大手ファッションブランドは着捨てという文化で動いていることがわかりました。――そういう知識を得たのですね――一度着た服は洗ったり使いまわしたりせずに捨てる。つまりその大手ブランドの常識としては、端から再利用という庶民的な考えはなかったわけです。

 わたしは自分が納得できないことで、相手の視点など様々な価値観を持つことによって理解できることもあるのだと気づきました」


 戦時下でさえ豪快に暮らす。

 日本的に言えば、質素倹約や臥薪嘗胆という言葉とはかけ離れた考え方だ。


 だから納得はできなくても理解はできる。嘘はついていない。


「……なるほど。それでは次に行きましょうか」


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