聖剣を目指す理由
「それじゃあ次は、聖剣を目指した理由についてお聞きしましょうかね。
とはいっても、面接に来るような子は持って生まれた加護や特性を活かすためだと答えるのが常なんだ。
最初から聖剣となりうる力を持っていて、それをどう有効活用するか、又はできるかを訴える場なんだけど……ね」
ね。
と、言外に君は聖剣となりうる存在じゃないと初手直球致命傷アッパーを放ってきた。友達と面接練習をしていなかったらノックアップであっぷっぷしていた。
「あははは。なんか、普通の志望理由でごめんなさい」
「謝ることじゃないよ。こちらとしても、普通の子が来るのが珍しくてテンプレートが組まれていないんだ。
だからペリープト君は好きなように話しておくれ。ボクがそれに合わすから」
かの高名なロンギヌスの槍様に会話を合わせてもらうなんて、ネットのスレッドに書き込んだら嘘乙と罵られること必至だ。
少し頭の中を整理してから、俺は話し始めた。
「私を扱っていたドイツ兵が最後の戦場に立った際のことです。彼の人間は既に上級兵長となり、部下に慕われるよき兵士となっていました」
これは志望理由だが、同時に思い出話でもある。
俺が聖剣になりたいと考え始めたキッカケの出来事。
「彼は負け戦のしんがりを務めました」
その戦に勝てばドイツ軍の勝利は濃厚なものとなり、揺るぎない世界統一まで後一歩だった。俺を三十年も扱ってきた人間は、そのための人生だったと豪語する芯の通ったドイツ兵だった。
国の勝利に心血を注ぎ、全力を費やした最後の戦場。負ける確率なんて計算する必要がない勝ち戦だった。
なのに、たった一本の聖剣によってドイツ軍は破れた。
世界統一の歴史は闇に葬られたのだ。
「死地で国家を歌う上司の尻を蹴飛ばし、脚が飛んで歩くこともままならない部下を庇い、押し寄せる敵の大群をひきつける役目を、彼と彼を兵卒から支えた私が果たしました。
言葉通り、死ぬ覚悟を持って戦場に残りました。
刀身を折られる覚悟はあれど、名もない私を研ぎ、洗い、拭いてくれた彼だけは生かす気負いでいました。ですが……死ぬときは一薙ぎでした」
今でも覚えている。
草木の死んだ戦場。赤色の雨を降らす暗雲。そして倒れる仲間の兵士。
「敵が大群であることに外連味以上の価値はなく、たった一振りの鬼刀がドイツ軍を追い払い、戦況をひっくり返しました」
「ふむ……」
大群の最前線に立っていたその刀は、曇り空の下であっても月の光を反射する。
世界の法則を捻じ曲げる本物の"力"を見たのは、それが初めてだった。
それまでは聖剣なんて伝説上の代物で、ホラに近い説話があるばかりで実像はさして強くもないのだろうと、そう考えていた。
アレは、そうじゃない。
常識の規定の外にいる。
世界を救えるだけの力を持っている。
「鬼刀村正。人に憑依し血を糧とする日本刀。
聖剣というものを間近で感じたのは、一薙ぎで腕ごと切り落とされた私の使用者に止めを刺そうと彼らが近づいたときでした。
とても、非情な気持ちだと存じ上げていますが、それでも、そのとき、月下の花の美しさを知りました」
鬼刀村正の刃に見えた狂気。
昼下がりの猫が舌で舐めるような有象無象の剣には醸し出すことなど到底できようもない、宝石よりも硬い遺志。
「オーラとでも表現できそうな、そんな強靭な心。剣の一本にそこまでの意思が宿るのかと目を瞠る想いでした。戦場で消費される存在だった私たちとは在り方が違う。
私は三十年付き添った使用者の首を落とされる直前まで、何もすることができませんでした」
「直前、ということは、死の間際に何かをしたのかな?」
「はい。考える前に体が動きました。とっさに鬼刀と横たわる使用者の首との間に我が身を立てました。
私にとってかの兵は私の命と同列に語りうることができる存在だったため、そうしました」
聖剣は人非ずして聖剣たりえない。
ロンギヌスの槍でさえ、イエスキリストという存在がいなければ聖遺物たりえなかった。
言い方をかえれば、我ら剣は人の歴史に寄り添っている。
「……そのころは刃こぼれ防止の技能も持ち合わせていませんでした。村正の軽撃に弾かれ、使用者の首もろとも吹き飛ばされました」
最後に見た兵の顔が無念だと訴えていた。次に俺を扱う人がいれば、あんな最期にはさせないとも誓った。
ロンギヌスの槍様は冷たい声音をしていた。
「…………話は終わりかな? 志望動機については詳しく聞けなかったけれど」
しまった! つい気持ちよく話し過ぎてしまった。
聖剣を目指した本題はここからだ。
「い、いえ! 弾き飛んだ私はその一撃で鍔や持ち手のグリップ部分を壊されてしまい、諸刃の刀身だけが残る状態で地面に突き刺さっていました。
その私に、聖剣――鬼刀の村正が近づいて、人の口から私に話しかけてくださいました」
村正の使用者は骸骨みたいに生気を失っていた。
「生死に刀、斬りて刀。楔の壊れた刀身の長さたるや蝉の命。怨念となって土に還る同族を見るのは忍びない。殊に斯様な、力だけで覆すような戦場において。恨むなら夢を見過ぎた主君の御国を恨むがいい」
言っていることが理解できたとは言い難い。
しかしその口ぶりは、鬼刀と呼ばれるには程遠い、日本説話に登場する雪女のようにたおやかで艶のある面妖な声音だった。
唐突に、村正の使用者は、自身が持つ刀の柄を小刀で切り落とした。
そして村正の柄とグリップを刀身だけが地面に突き刺さった私に付け替えた。
異物が体を這い廻る生々しい感覚に襲われる。存在しないポンメルの違和感に吐き気がした。すぐにでも刀身ごと焼いて鉄に生まれ変わりたいと思った。
そんな感覚も数刻と続かず、異様な感触を残しながらも、村正の柄は元からロングソードの一部であったかのように馴染んだ。
「村正は私に妖刀としての力をくださいました」
もちろん、全てではない。
あの戦場から逃走できる程度の力。
そもそもあの場にいた村正は実像ではなかった。さながら偶像召喚でもされ、一振り二振りのためだけに呼ばれた非正規の代物だったのだろう。
その証拠に、柄を失った村正は風に溶けるように、灰となって戦場に散った。
「聖剣としての役割を全うするために現れたのだと考えています。世界統一を阻むための抑止力として呼ばれたのだと。
妖刀であっても救国、救世のために聖剣としての力を望まれる。
私はそのお役目に純粋な憧れを抱きました。……見惚れたからという理由もありますが」
まるで子供のようだ。
事前に練習したときはこうではなかった。
けれど、いざ、本物の聖剣の前で話すとなると、下から見上げてしまう。羨望よりも畏怖に近い、憧れが気持ちをもたげる。
「なるほど。志望理由についてはよくわかりました。憧れ、ね」
「……はい」
厳密には、違う。
今まで思い描いていた剣としての一生。ドイツ軍に従事することは、約束された運命だと思っていた。だが、それを反故にする強い力を村正から受け取った。
兵が死んで宙ぶらりんになった俺はドイツ軍を辞めた。自由になり、未来を選べるようになった。
未来を選び取ることができるのなら、俺は聖剣になりたい、と切望したのだ。
やはり子供のような心根で、思ったのだ。
面接の場で言い訳や言い直しをすることもできない。
口をついてしまったことを嘘でしたと撤回することは恥の上塗りだ。
自己評価にバッテンをつけながらも、闘志だけは燃やし続けた。
面接はまだ続いているのだから。
「それでは、次の質問に向かいます……」
「はい!」