自己紹介
「では、簡単な自己紹介を始めにお願いします」
気持ちを落ち着かせるためのハーフタイムを一週間ぐらい取りたかったが、そんなことを申し出たら面接なんて終わってしまう。
気持ちを強く持つんだペリープト。圧倒されたら負けだ。頑張れ、頑張れ…………頑張れない!
「大丈夫かな?」
「は、はい……! あ、あの、ロンギヌスの槍、様……本物ですか?」
俺は何を質問してるんだ!
どうしたって取り繕えない失敗を初手でかましてしまった。だめだ、もう聖剣になる夢は潰えた。
「ははは。まあそうだよねえ。
今の子はボクの姿を見たって、本物かどうかなんてわからないよね。時間と用意があればここに聖杯を成形することも可能だけれど、生憎と準備がなくてね。安心して、ボクは本物だよ。
それとも、緊張しちゃうから偽物の方がよかったかな」
ロンギヌスの槍様はよく喋った。
ゆったりとした口調だけなら気のいい近所のおじいちゃんなのだが、内容が世界大戦を引き起こしてもおかしくないほどの大事だった。
「い、いえ。お会いできて光栄です。ロンギヌスの槍様」
「様なんて敬称は不要だよ。ボクは確かにこの聖剣斡旋所の斡旋課担当だけれども、聖剣としては凄くなんてないからね」
聖遺物で凄くないのなら、世の中のほとんどは無価値に等しい。自己評価が低いのか、冗談で和ませているのかどっちだ。確かめることは一生できないだろう。
そもそも、今、会話していることさえ奇跡だ。帰りに宝くじを百枚買ったら、全て一等が当たる。そのぐらいありえない上に幸運だ。
「斡旋課、ですか」
気になってしまった言葉を口に出してしまう。だって不自然なんだもん。
人の会社だと人事部がある。主に採用はその部署の人間が行う。
剣の会社で似たような語感にすると剣事部となるが、法務部が扱う検事などの言葉と音が同じのため却下された。世間の多くの剣事部は採用課と名乗ることが多い。
「うん。斡旋課。他の会社のように採用をするわけじゃないんだ。ここは聖剣斡旋所だからね。仕事を割り振るのが主な仕事なんだ」
なるほど、と何に対して了承したのかもわからないまま、とりあえず頷いた。
「さ、肩の力は抜けてきたかな。時間はたくさんあるから焦らなくていいけれど、自己紹介は先にやらないと、名前も呼べないからね」
そうだ、俺は驚きに来たわけじゃない。聖剣になるために面接にやってきたんだ。
呆然としていた顔や態度を改めてから、自己紹介を始めた。
「長剣・ペリープトです。出自はミュンヘン郊外の鍛冶屋。剣歴はまだ五十と二十二ほどで、聖剣となって名を遺した方々に比べればまだまだ若者の域を出ませんが、戦歴は三十年と長く務めていました」
一息つこうとしたのに、緊張のせいで真冬のロシアに遠征したときを思い出すほど、口がよく滑った。
「私の特徴は諸刃の刀身と日本国譲りの柄が組み合わさった世界で一つのロングソードであることです。神話に近づき世界にその名を遺す聖剣となるべく、修練も重ねてきました。本日はよろしくお願いします」
あ~~~~!!!!
特徴がなんだって?! お前、それ、外見の特徴じゃねえか! そんなの見ればわかるんだよ俺はバカか!
緊張のせいで思考回路が壊れている。言葉の入口と出口がモグラの巣みたいにどこに繋がっているのかわからない。
「うん。ありがとうね。えーっと……、西洋の長剣ということでいいんだよね。それに日本製の柄、ね。うん」
ああ、嫌なところを復唱される。減点だろうか。聖剣ともなれば見栄えは大事だ。和洋折衷の中途半端な剣が快く受け止められるとは限らない。
ただでさえマイナスの始まり方だ。気を引き締めろ、ペリープト。
「戦の経験があるようだけれど、正確にはどのくらい?」
質問に対し、頭の中で答えを構築してから返す。同じ失敗を繰り返さないように、する。
「ドイツ軍の雄志あるいっぱしの兵卒者に我が身を振るわれて三十六年ほど」
「ずっと同じ人?」
「はい。彼は一兵卒から武勲を挙げて昇級しました。上級兵長になってからは戦場に行く機会も少なく、振るわれたのは数度のみでしたが……。あまり役には立ちませんか」
気弱さが顔を出して弱気な言葉を付け足してしまった。
面接でこんな事を言っちゃダメだ。
自分に自信を持て、って偉い人も言ってた気がする。たぶんその偉い人より偉い剣が目の前にいるけれど。
偉い剣は笑ってくれた。
「ははは、そんなことないよ。聖剣は戦になることが多々ある。寧ろ、そのための聖剣だと言っても過言じゃない。戦の経験があって、三十年も仕えた人を死なせなかったのは充分な利点だよ」
褒められた。今すぐこの部屋を出て叫びながら自慢したい。
「出自はドイツの鍛冶職人、と。名前がないってことは、あまり高名な御方ではないという認識でいいのかな」
「はい……」
「鍛冶の門下のほうも?」
「親子二代で営んでいる街の……街はずれにある名もない鍛冶屋です。私を軍へ納品して二年余りで、弟たちと共に空爆によって吹き飛んだと聞き及んでおります」
「そう。いや、人も、そして剣も、等しく短命だ」
そこで一瞬、ロンギヌスの槍様は言葉を噤んだ。一呼吸おいてから、彼は刺すように言葉を放った。
「一般的な武具の寿命は数えるほどだ。けれど、聖剣はそうはならない。
伝説級の鍛冶職人や妖精や神が編み出した聖剣と、一般的な剣は出来物としての存在と素材が違う。それは理解しているね?」
「……」
声がでなかった。
「ああ、委縮させてしまったらごめんね。ペリープト君の存在を否定しているわけじゃないんだ。
ただ、そうだね……人の言葉で例えるなら"才能"とでも言おうか。生まれついての環境が一生を左右することは往々に存在する。
聖剣になれる剣となれない剣。それが存在することは、いろいろなお仕事や会社と携わる就職活動をするうえで、理解もしていることでしょう。
ましてや戦場で数多の剣を見てきたペリープト君だ。理解できるね」
聖剣になれる剣と、なれない剣。
わかっている。戦場では万をも超える鉄を打って作られた種々様々な武器がいたが、その半数はその戦場で死に、次の戦場では補充されている。
いわば消耗品。
彼らや俺は、聖剣ではなかった。
――でも、俺は!
「存じ上げています」
強く、はっきりとした口調で答えた。
「……そう。いや、知っているならいいんだ。必ずしも誰もが聖剣になれるわけではない。よしんば聖剣になった後、成功で終わることもない。それだけをよくその刀身に刻んで欲しい。
悪かったね、出頭で緊張をさせてしまって」
「聖剣ですから。威厳があるのは当然かと」
皮肉のつもりだ。本当に皮肉になっているかは定かではなかったが、精一杯の強がりだった。
「はっはっは。でも、僕は聖剣とは言っても槍。それに聖遺物だ。実務ができないから裏方をやっているようなものなんだよ。展示されるくらいしか活用方がないからね。
他にもカーテナ君とかも裏で事務を任せているよ。切っ先が折れてしまって戦場には立てないからね」
さらりとイギリス王家に伝わる『慈悲の剣』の名前を言った。切っ先が折れていると言ったが、それでも俺より強いことは自明の理にござる。
「聖剣のお仕事は一国一城を陥落させるだけじゃない。ここは斡旋所だからね。仕事を選ぶことはできても、内容を決めることはボクにはできないんだ。
まあこれは募集要項みたいなものだから気負わないでね。承諾してくれるかな?」
この文言はよくある「入社時は総合職扱いで」というやつだ。
俺のドイツ軍時代の同期に小型投石器がいる。この言葉に従ったら南国の浜辺の哨戒任務をさせられているらしい。募集要項は事務だったのにとサーベル先輩の葬式で会ったときに嘆いていた。
「勿論です」
「うん。それならいいんだ。ついでに聞いておきたいんだけれども、天性の加護や特殊技能、特別な性能とかはあるかな」
天性の加護とは、魂を授かったと同時に神様から送られるギフトのことだ。
絶対に的を外さないとか、悪魔を召喚することができるとか、そういう現実とは乖離した異質な能力を指す。
勿論、俺はそんな羨ましい奇異な能力を持ち合わせてはいない。
だから今まで聖剣じゃなかったわけだ。
ロンギヌスの槍様も、半ばないと確信しての言葉だった。
「……刃こぼれ防止Ⅲを取得しています」
それでも見栄を張りたくなる。ハリボテ以下の見栄だったが。
刃こぼれ防止は、Ⅰがあれば戦場で戦力になれる。Ⅲを持っていればちょっとした有名人だ。
しかし、聖剣にもなるとそもそも刃こぼれ防止Ⅴとかいうスキルツリーのトップが女神の加護のおまけ程度で付与される。そういう程度のスキルだ。
Ⅲあれば大概の戦闘系の就職には困らないというのに、ロンギヌスの槍様は不服そうにため息を吐いた。
「Ⅲかぁ……。Ⅳの扉は十年に一度しかチャンスがないけれど、挑戦はしたよね。難しかった?」
剣の技能試験には、それぞれ担当する聖剣がいる。
試験管が中途半端な技量では、多くの者が難しい試験をも突破してしまうため、聖剣クラスの強者が門番となって見定めの試験を行うことになっている。
門番の出す課題をクリアすることで、技能認定を受け取れるというシステムなのだ。
だから聖剣に会うことは、さほど難しくないともいえなくもない。嘘だ。刃こぼれ防止Ⅰの試験でさえ、突破できるのは一万本に一本の割合だそうな。
「Ⅳの扉の門番【フェイルノート】さんに追い返されてしまって」
「前回はアッキヌフォ君だったのか。試験もおおよそ予想がつくよ。私の弓矢を千本打ち返してみせよ、だろう。七百年くらい前にも同じことをやっていたよ、はっは。でも彼の戦闘技能はそこまで強くないハズだよ。体力ばて?」
思わず、ショーケースの中でオーラを放つ聖遺物を二度見した。
強くない……?
聖剣なんですけど。弓の一矢で刀身が半壊するかと思ったぐらい痛かったんですけど! 千本どころか百本でギブだったんですけど?!
この槍、やばい!!!
流石ロンギヌスの槍。あのローマ法王でさえ頭が上がらないというのは伊達ではないらしい。
「……青ざめているけれど、決して彼が弱いと貶めているわけじゃないよ。ただ、戦闘技能の試験は須らく手を抜いているはずだからね。そもそも担当しているのはボクの会社なわけだし。Ⅰの扉もそうだったろう?」
Ⅰの扉の最奥には勾践剣サマがいた。
彼は「これで私のように二千年は錆びない」と仰っていたが、刃こぼれ防止Ⅰでは百年も保たない。Ⅲでさえ、千年も耐えられない。
そもそも刃こぼれ防止は戦闘技能だから錆とは関係ないし。
「……どうでしょう。私には手を抜いているようには見えませんでしたが」
「彼は少しやり過ぎる嫌いがあるからね。もしかしたら本気で相手をしていたかもしれない。後で確認をしてみるよ」
おそらく社交辞令だろう。それにあれで手を抜いたと言われたら、それこそ立ち直れない。
愛想笑いで済ませる。
「そういえば鞘は?」
剣と対になるのは当然のことながら鞘だ。
「彼女は聖剣には興味がないようで」
ドイツ軍時代の彼女とは、ドイツ軍を去ったときに別れた。俺が聖剣を目指すと言ったら、二の句もなしに去っていった。後悔はしていますん。
「そっかそっか。まあ聖剣はロマンだけの職みたいなものだからね。それに西洋の鞘は気難しいからね。僕も何度も振られたよ、トホホ」
「あはは……」
笑ってよかったのか? 冗談だよな。あれ、冗談ですよね?
「うん。自己紹介はこんなところかな。それじゃあ次は……」
汗が一滴、垂れ落ちる。
失敗もあったが、なんとか切り抜けられたように思える。
気を緩めずに進もう。
面接は、まだ始まったばかりだ。