97話 再戦
「やってやる!」
気合いを入れ直して師匠に貰った刀を構える。結局は投げて使う故、構える必要など無いのでござるが、気の持ちようでござる。
「稔、あいつだ。ちゃんと見とけよ。」
そう言って師匠は、隠れ蓑にしていた瓦礫から飛び出し、一直線に向かっていく。年老いてもその力は健在で、拙者に勝るとも劣らない速度で敵に詰め寄る。
敵も気づいて、師匠の方へ手を翳し、何事か呟いた。途端、師匠の目の前に爆風が発生。しかし、師匠は間合いを見切っており、爆風で何も見えないところに、腰に差した刀を投げる。
『ぐはっ!』
「こういうことだ。稔、わかったか?」
「想像はついたでござる。」
あの魔法は相手と同時に自分の視界も奪っている。そこをついたのでござる。もちろんそれには正確な投擲が必要なのでござるが、不可能ではないでござる。
「ぐっ、これは...」
「あんまり直視するな。」
師匠に近づいていくごとに、血の臭いが強くなってくる。その発生源を見た途端、吐きそうになったでござる。
体を刀が貫き、そこから赤い液体がドクドクと溢れ出していた。見ているだけで鼓動が早くなり、息が乱れ、嫌な汗が噴き出すでござる。
「これが人を殺すってことだ。お前には覚悟があるか?」
「だい、じょうぶでござる。」
拙者は冷徹。人の死にも無関心。そう自分に言い聞かせて、なんとか「大丈夫」という言葉を捻り出した。
「そうか。なら、次はお前がやってみろ。」
「了解、でござる。」
瓦礫の影に隠れたあと、また新手が現れた。拙者はあれを殺す。自分が生き残るため、師匠と話すために。やっていることは家畜を殺すのと変わらないはずなのに、手が震え、体から力が抜けていくのでござる。
「ふーっ...よし。」
地を蹴り、敵の前に躍り出る。相手は慎重な性格のようで、射程内に入るまで魔法を放とうとはしない。
『なっ?! ぐはっ!』
だから、意を決して飛び込むフリをしたのでござる。魔法には詠唱が必要であり、飛び込んだ後もその発動までには時間がかかる。その隙に急ブレーキをかけ、範囲外へ。そのことに驚いた敵は注意力が乱れる。そこへ刀を投擲。
見事、敵を血の海に沈めることは出来たのでござる。しかし、幸か不幸か、狙いを逸らしてしまったようで、殺しきることは出来なかった。
『ぐああああっ! あああっ!』
「...」
人が目の前を、血塗れになってのたうち回っている。彼と拙者は何の関係も無い赤の他人でござる。それを文字通り赤く染め上げた。
やがてその人は動かなくなっていった。もがくことすらやめ、最期にこちらを見た。その人の目は、憎しみに染まっていたでござる。目だけで拙者を殺そうとしているように。
『絶対に殺してやる...!』
「...っ!」
「稔っ!」
全身の毛が逆立った。最早、死に体となっている敵が最期に言葉を発したのだ。物理的な力さえ篭っていそうな、その憎悪の言葉は、拙者の心を強く揺さぶったでござる。
「詠唱かと思ったが、何も起こらねえのか。」
「し、しょう。」
「大丈夫か?」
大丈夫ではなかった。彼が放った最期の言葉は、拙者の心に傷痕をを残している。そして思ってしまった。
人を殺したのだ、と。
「師匠、拙者は...拙者は!」
「落ち着け! 情をかけるな! 死にたいのか!」
「っ!」
そうであった。拙者が殺さなければ、死ぬのは自分。引いてはこの国の国民全員。海胴殿も、四包殿も、差別無く。敵はそういうものなのでござる。
躊躇は不要、情けも不要。そう理解しているはずなのに、動悸は激しくなるばかり。
「稔、お前はもう逃げろ。」
「嫌でござる。」
「お前が居ても邪魔だ。」
「そんなことは」
「俺は弟子が死ぬのを見たくねえ!」
怖いほどに拙者を睨みつけて言う。師匠は拙者を心配してくれているのでござる。いつも無愛想であった師匠の、初めて見せてくれた心配の表情。しかし、拙者は、それを裏切る。
「拙者は死なない! 拙者は弱くない!」
「手が震えてんだろうが!」
「それでも! 拙者は戦わなくてはいけないのでござる!」
「お前が戦う必要なんて無い! いいから逃げろ!」
「お断りでござる! 拙者は、拙者は! この国を守りたいのでござる!」
口をついて出た言葉に、拙者自身驚いたでござる。しかし、一度言葉にしてしまうとそれは案外すんなりと拙者の体に入ってきた。
最初は、師匠と話をするために参加した戦いであった。年老いた師匠が間違っても戦死などしないように。
しかし、それは二の次であったことに気づいたのでござる。
拙者が生まれて、育って、師匠と出会い、四包殿と出会い、海胴殿と出会って、他にもたくさん素敵な人と出会ったこの国が、拙者の最も大切なものだったのでござる。それが、拙者の心の奥底が語った事実。
「...はあ。そうか。もういい。」
「師匠...」
今のは、破門の言葉? 言うことを聞かない拙者には愛想を尽かしたと? それも仕方あるまい。拙者はそういう弟子でござる。たとえ破門されても、拙者は拙者で...
「何してやがる。さっさと付いてこい。次行くぞ。」
「師匠っ! 了解でござる!」
心配は必要なかったようでござる。まったく師匠が意味深なため息などつくから勘違いをしてしまったのでござる。
『ここで会ったが百年目ってな。』
「なっ、あいつは?!」
「師匠、知っているのでござるか?」
顔に切り傷がある大男。その服の右袖はだらしなく垂れ下がっている。はだけているとかそういうわけではなく、無いのでござる。右腕が。
「俺に傷を負わせた張本人だよ。」
「ということは...」
「そう、敵の総大将ってわけだ。前回は、あいつを倒せば襲撃が終わった。」
『借りを返しにきたぜぇ。』
獰猛な笑みを浮かべ、にじり寄ってくる。左手には男の体に見合った大きな刀が握られているでござる。
あいつに合わせるように、師匠も臨戦態勢をとった。額には汗が。こんなに緊張した雰囲気を放つ師匠を初めて見たでござる。
「稔、お前は逃げろ。」
「嫌でござる!」
「いいから! お前の手に負える相手じゃねえ!」
「でもっ!」
『何をゴチャゴチャ言ってやがる!』
グッと姿勢を落としてからの、驚異的な踏み込みから繰り出される強力な一撃を、師匠は刀身で受ける。
途端に襲ってくる感情は、恐怖であった。刀身が見えないというわけではないが、捉えきれなかった。それほどまでの高速の一撃でござる。
「し、師匠!」
「わかっただろ。さっさと逃げろ。」
「しかし師匠は...」
「俺は一度勝ってるんだ。二度目だって負けはしない。いいから逃げろ。」
師匠が負ける筈がない。そう分かっているのに、嫌な予感が全身を駆け巡ったでござる。指示の通り、ある程度は逃げたのでござるが、どうしても気になって、瓦礫の影に隠れた。
『おい、あいつを出せ!』
「久しぶりだな、この野郎。」
少しだけ言葉を交わして始まった殺し合い。敵の方は何を言っているのかわからなかったでござるが、そんなことは気にならなかった。
捉えるのがやっとというほどに入り乱れる剣戟。さすが師匠でござる。しかし、敵もさるもの。一歩も引けを取らない。
「はぁっ、はぁっ。」
『お前じゃねえ! さっきのやつを出せ!』
「ぐっ!」
年老いた師匠の体にこの戦いは無理があったのでござろう。少しずつではあるが、師匠が押され始めた。
「はぁっ、はぁっ。もう、いいよな?」
『おらぁっ!』
あの大男が横薙ぎに払った一撃。師匠はそれを辛うじて防御したものの、勢いを殺せずに吹き飛ばされてしまった。
「かはっ!」
そのままゴロゴロと転がって、瓦礫に突っ込んだ。砂埃が収まったとき、その場所には血溜まりがでいていたでござる。
「師匠っ!」
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