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ポルックス  作者: リア
ポルックス
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95話 開戦

「早く眠ってしまいたい。」



 心に巣食う不安から必死で目を逸らすように、夢の中へと入り込んでいった。




 やっとの思いで夢の世界へ入り込んだものの、目に映ったのは、今の気持ちを透かして見たような黒一色だった。



「さてと。」



 黒く染まっていた世界は何も無いわけではなく、夜の暗闇であったようだ。手を伸ばす感覚、懐中電灯を掴んだ感覚が伝わってきた。



「森の中まで。」



 父親がそう呟いた途端、目の前には月明かりが現れ、木目の床だった部屋から土の地面へと変わった。驚くべきことに、これは瞬間移動だ。



「今日も実験を始めるか。」



 今回の夢では、父親がここへ来てからもう1年近く経っているらしい。今までずっとこの不思議な力について研究を重ねたことで、あらゆるものを移動させる力が存在していることがわかった。

 簡単に言えば、テレポート。瞬間移動だ。

 父親はそれを使い、自分自身や、土、水、光などを転移させることに成功している。有機物、無機物、エネルギー、液体、固体、気体、なんでもござれだ。



「やはり不可能か。」



 しかし、これには呼び出すものの形状がはっきりとイメージできること、あるいは不定形であることが必要になってくる。

 魔法と類似している点はあるが、こちらの方が汎用性が高い。形さえ分かれば有機物でも固体でも呼び出すことができるのだ。それに、目の前以外の場所にも呼び出すことができる。

 今父親が失敗したのは、テレビで見た工業用の機械を呼び出すというもの。構造すら理解していない状態では不可能だった。呼び出すことが出来ても困るわけだが。



「よし、研究は終わりだ。」



 これ以上調べられることは思い当たらない。あとは練習でもするくらいか。

 父親の言う魔法の研究は進んでいる。しかし、こちらに来てから未来視は未だ発動していない。その理由はまだ謎のままだ。今度はそれを調べるつもりらしい。と言っても、足がかりすらない様子だが。



「何が足りないんだ。」




 目が覚めた。起き上がろうとするが、右腕が異様に重い。四包が抱きついたまま、離れようとしないのだ。腕を締め付けたまま眠るというのは器用なのかどうなのか。



「四包、起きろ。早く出発するぞ。」

「ぅん? うん。」



 半分寝ているような状態で、僕の腕を締め付けたまま体を起こす。いつか起きるだろうと踏んでそのままの状態で屋敷を出た。針路は南。稔君が待っているはずだ。



「おはよう、お兄ちゃん。」

「やっと起きたか。なら離れてくれ。歩きづらい。」

「わっ、ごめんね。」



 今気づいた。と言わんばかりに焦って離れた四包。起きたと同時に不安も思い出したのだろう、表情が沈みがちになっている。四包にそんな表情は似合わない。



「四包、手を繋がないか?」

「えっ?」

「いいだろ?」



 僕にとって、四包の温もりは心を落ち着かせるのに最適なものになっている。もしかしたら四包もそうかもしれないと思ったのだ。単純に、僕だって不安を抱えているから、というのもあるが。

 強引にでも四包の手を取って、南へ走る。



「返事聞く前に走り出さないでよ。」

「嫌か?」

「ううん。なんか落ち着く。」

「僕もだ。」



 そうして緊張をほぐし、南へ向かった。戦いに参加しない人達が集まっているが、稔君らしき人は見えない。避難者の多くが女性や年端も行かない子どもばかりなので、体格の良い稔君ならすぐに見つかると思っていたのだが。



「あっ、あそこ。」

「稔君か?」

「違うよ。お兄さんたち。」



 あの3人組か。てっきり撃退に向かっているものだと思っていたのだが、彼らはここで何をしているのだろう。



「お兄さんたち。」

「四包ちゃん。昨日ぶりだね。」

「稔君見なかった?」

「昨日一緒にいたあの子か。四包ちゃんたちが行ってから、王様に付いていってたな。そこからは見てないよ。」



 ここへ来る途中に四包から聞いたのだが、この国の今の王様が稔君の師匠と同一人物だという。大方、その人と話をしていたのだろう。そのまま別の避難場所へ向かったのか、この辺りにはいないみたいだ。



「ここで何をしているんですか?」

「ああ、荷運びだよ。これから撃退に向かうんだ。」



 いつもと変わらない調子で、撃退という言葉を口にしている。...不安は無いのだろうか?



「怖く、ないの?」

「怖くなんてあるもんか。この日のために準備してきたんだ。」

「ここで怖がっていたら、あいつらの仇が打てないからな。」



 きっとこの人たちも、襲撃に大切な人を奪われたのだろう。復讐という士気は死の恐怖にも勝るということか。



「生きて、帰ってきてね。」

「四包ちゃんにそう言われたら、やるっきゃないな。」

「任せとけって。」

「絶対勝って帰ってくるよ。」



 そう断言してくれたおかげで、少しだけ、心が軽くなった気がした。

 避難場所を西方へ向かい、稔君を探すものの、見つからない。どこへ行ってしまったのだろう。



「万穂さん!」

「四包に海胴! どこへ行ってたんだい? 戻ってくるものだと思っていたのに。」

「それよりっ、稔君見なかった?」

「見ていませんね。」



 柑那さんが答えると同時に、周りを見渡すも、やはり見つからない。くまなく探したつもりであったが、どこかで見逃してしまったのか。



「海胴兄ちゃん、あれなに?」



 青い空に、灰色の物体がはばたいている。あれは鳩か。こっちへ向かってくるようだ。あの鳩、どこかで見たような。



「こっち来るよ!」

「そうか、耕司さんの鳩だ。」



 どうして僕のところへ?

 そんな疑問をよそに、その鳩は目の前の木の枝に止まり、こちらを見てくる。早く取れと言わんばかりだ。



「お疲れ様です。」



 そう言って手紙を受け取り、中身を見た。




 夜、敵戦力、およそ千人が上陸。そのまま野宿を開始。

 同夜、敵戦力、天恵の報告にあった「スナガニ」と思しき巨大な生物と交戦。犠牲者数は不明。「スナガニ」が逃走し、敵戦力は野宿を続行。

 朝、敵戦力、行軍用意。こちらは逃走。まもなく襲撃が開始すると思われる。




 これはおそらく、撃退する人達へ向けての手紙だ。そして、これの裏にはまだ続きがあった。




 海胴殿、四包殿、達者で。




 きっと、撃退班がこれを読んだ後に、稔君がもう一度これを書いて飛ばしたのだ。つまり、稔君は撃退班と共にいる、ということになる。

 その情報に、この言葉。これが何を意味するか、分からないほど馬鹿ではない。



「...」

「お兄ちゃん...」



 そのとき。爆発音のようなものと、怒号が耳に届いた。



「襲撃が始まったんだ!」

お読みいただきありがとうございます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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