8話 実験
「さあ、始めようか。」
僕達の目的は、いち早くこの教会の庇護下という状況を脱出することだ。
といっても、今は教会という共同体に所属している以上、手伝いはしなければならない。自立するための準備時間を稼ぐために、作業を効率よく進めることが必要だ。
朝食をとり、昨日と同じ牛の世話をする。子どもたちの方は、毎日雑草を取る必要はないので、湖の浅いところで洗濯をしているらしい。
「昨日言った通り、牛の糞は集めてこっちの箱。あとで肥料にするからね。それから餌はこっちの箱にあって...」
昨日も言ったことをくどくどと長ったらしく喋っているのは、この教会の、万穂さんを含め4人いる大人の1人で、名前は柑那さん。
細い身体つきに、真っ白い肌。少し浮き出た頬骨も相まって、さながら嫌味たらしい先生のようだ。この人が万穂さんに僕達のことで抗議していた人だったりする。
「まあまあ柑那さん。その子たちも、もうわかってるみたいだから早く済ませましょうよ。」
そう言って柑那さんを宥めるのは、大人びた雰囲気(実際大人なのだが)を纏う梓さん。大人たちの中で最もスタイルが良い女性だ。万穂さんは豊満な身体つきで、柑那さんは細身。その両方の良い部分を取ったかのような体型をしている。3人とも僕と同じくらいの背丈だ。
もう1人の大人、千代さんは小柄で、四包よりも背が低く、いつもあわあわしている可愛らしい人だ。その人は子どもたちの付き添いをしていて、今ここにはいない。
梓さんのおかげで長い話から脱出した僕達は、昨日の倍のペースで作業を進めていく。
「なんだ、やればできるじゃない。昨日とは見違えるようだね。」
万穂さんにお褒めの言葉を頂く。確かに昨日は初めての体験ばかりで上手く出来なかった。四包はまだおぼつかないようだが、僕は昨日の作業で完璧に覚えている。
昨日より早く作業を終え、その分の休憩時間をもらう。この時を待っていた。
「四包、向こうで魔法の練習をしよう。」
「そうだね。よし!頑張るぞ!」
街の外れ、瓦礫が転がる廃都市にやってくる。自立のためにはまず、水を得なければならない。水がなければ食物は育たないし、飢えも少しくらいは凌げる。
「いっくよー!放水!」
街とは反対方向にかざした四包の手から、四包の身体と同じくらいの大きさの輪が浮かび、滝のように水が流れ出す。おいおい、そんなことをしたらすぐに体内の魔素が...ってあれ?止まらないぞ?
「お兄ちゃん!魔法ってすごいね!」
「おいバカ!止めろ!」
コップ一杯分くらいで十分だったのに、廃都市の中心へ向けて扇型に土砂が流れていってしまった。重そうな瓦礫もいくつか流されている。まあ、じきに干上がるだろう。
「四包、身体にちゃんと力は入るか?」
「うん!いつもと変わんないよ!」
体内の魔素が枯渇したときの症状は出ていない。ということはこれが四包の限界ではないということだ。普通ならこんなちょっとした川なんてできないだろう。もしかしなくても四包の体内の魔素はとてつもなく多いに違いない。
「このコップに水を入れるだけでよかったのに。いったい何をイメージしたんだ?」
「この間テレビで見たダムの放水だよ。」
「なぜそのチョイス!?」
「いやぁ、自分の限界に挑戦したくて...てへっ。」
「はぁ...まったく、バカな妹を持ったものだ。」
「失礼な!今度は蛇口をイメージしてちゃんとやります!流水!」
今度は四包の手のひらから水が出てくる。不思議な光景だ。
さて、コップに溜まった水は無色透明無臭、触った感じも普通の水と何ら変わらない。意を決して口に含む。無味だ。飲み干しても、喉やお腹に異常はない。普通の飲み水としていいだろう。
「じゃあ次、植物をイメージしてくれ。」
「はいはーい。大根!」
...それじゃ無理があるだろう。案の定、何も起こらない。植物を作り出すことはできないのか、それとも大根が悪いのか。
「じゃあ次、大根じゃなく植物って唱えようか。」
「植物!」
...ふむ、植物は生み出すことができないようだ。さすがに命あるものを生み出すことは出来ないか。
「次は氷をイメージしてくれ。」
「わかった。製氷!」
...何も起こらない。水と氷は同じ物質である。それらの違いといえば温度と、液体と個体の状態くらいだろう。
「次は水蒸気だ。頼むぞ。」
「うん!わかった!蒸気!」
白い湯気が立ち上る。水蒸気は生成できるようだ。気体は生成可能...と。
この後も実験を続け、その結果、固体はおそらく生成出来ないということがわかった。元は食料調達のための実験だったのだが、脱線して魔法の実験になってしまった。
ちなみに、四包が二文字でしか魔法を使わないのは、各個人に最適な、鍵となる言葉の長さというものがあるかららしい。
「あんたたち!何やってるんだい!休憩は終わりだよ!早く戻ってきな!」
「はーい!」
万穂さんに叱られてしまった。今日のところはこれでおしまいだ。
...今日の実験で得たことも、万穂さんに聞けばわかったのではないか、と今更ながら思い、肩を落として教会へと戻り、次の朝を迎えた。
「今日も頑張ろう。」
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