86話 幸子
「お散歩に行こう!」
何も無い部屋に閉じこもっていても暇だからと、四包は立ち上がってそう言った。ちなみに、今の四包は洋服を着ている。さすがに着物で何十キロも走破はできない。
「おっきい砂浜みたいにしか見えないけどね。」
着いたときにはきちんと見られていなかったが、改めて製塩場を見ると、確かにただの広い砂地にしか見えない。工場見学の気分で来てみたのだが、どうも解説が無いと分からなさそうだ。
「うーむ、この広大な土地を探すとなると、大変でござるな。」
「とりあえず、現場を探しましょう。何かヒントがあるかもしれません。」
そうして道沿いに辺りを散策するが、特にめぼしいものは見つからない。やはり製塩場に足を踏み入れなければ無理か。しかしこればっかりは耕司さんに聞いてみなければわからない。
「あ、畑もあるんですね。」
「そのようでござるな。」
戻ってくるときに気づいたのだが、製塩場の反対側には小規模な畑があった。たしかに、物々交換した分だけでは3ヶ月も生き延びられるとは思えない。
「耕司さーん、明日は製塩場の中まで調べてみたいんだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。昨日雨が降ったので、暫くは砂地を乾かさなければならないんです。あんまり派手に足跡をつけられると困りますけど。」
「気をつけます。」
「それと、報酬の件、今お話ししてよろしいですか?」
来た。僕達にとっては生活に関わる一大事。ここで安く見られないようにしなければ。少しだけ居丈高になってみたらどうだろう。目指すは柑那さんだ。
「構いません。お願いします。」
「ではこちらへ。先払いということで、今お渡しします。」
こういった部分には四包と稔君は関わって来ない。苦手ということを自覚しているのだ。特に四包はお人好しだから、すぐに報酬設定を甘くしてしまうだろう。稔君は単純に向いていない。
「では、どのくらい頂けるのでしょうか。」
「えっと、こちら側をどうぞ。」
「...え?」
思わず間抜けな声が出てしまった。こちら側というのも、全野菜の10パーセントくらいはある。大した量ではないように聞こえるかもしれないが、彼らが本業とする塩で売り上げたものの10パーセントだ。いくらなんでも多すぎる。これが、柑那さんの力か。大して変えてもいないのに。
「いいのですか?」
「はい。ぜひ持って行ってください。」
多いに越したことはないといっても、これはさすがに貰いすぎではないか。これでは彼らの生活が厳しくなりかねない。
「本当に、いいのですか?」
「はい。毎回余ってしまうので。」
余ると言ったって、人数が少ないわけでもないだろうに。内訳としては葉野菜が中心...なるほど、葉野菜か。葉野菜というのは足が早い。冷凍してしまえば暫く持つが、冷蔵保存であれば数日が限界だ。
「ありがたく頂戴します。」
「どうぞどうぞ。」
これでしばらく、食生活に困らない。さあ、明日から調査開始だ。ちなみにトレーニングは変わらずあるようなので、それも込みで今日は早く寝よう。
「おはよう、四包ちゃん。」
「おはよー、寺ちゃん。」
あー、懐かしい。夢なのはわかっているけど、久しぶりに友達に会うと嬉しいものだね。
この子は「寺田幸子」ちゃん。小学校のときはずっと同じクラスで、中学高校も同じ学校に進学した幼馴染。小学校の頃はクラスにもう一人「祥子」ちゃんがいたから、私は苗字を取って「寺ちゃん」って呼んでる。私と同じ弓道部に所属してるの。
「四包ちゃん、明日の準備は大丈夫?」
「明日? 何かあったっけ?」
これは何年のときの話かな。身体の感じからして高校生くらい?
まあ夢だし何でもいいや。明日って何だろう。クリスマス...の前日なんて、学校はお休みだもんね。
「もー、バレンタインだよ、バレンタイン。誰かに贈ったりしないの? 毎年普通に帰っちゃうけど。」
「バレンタインかぁ。あんまり料理は得意じゃないし、私には関係無いかな。」
「四包ちゃんが配ってあげたら、単純な男の子はすぐに落ちちゃうと思うんだけどな。」
「そんなわけないでしょ。」
それに、この学校、本当はお菓子を持ってきちゃいけないんだよ。でもこの学校の先生は優しいから、その日だけは特別って見逃してもらえてるんだけど。
「寺ちゃんはどうするの?」
「とりあえず本命は山田先輩にあげよっかな。あとは友チョコを少々。あー、今から緊張してきちゃった。」
「寺ちゃん可愛いんだから、きっと大丈夫だよ。」
「それはあれか。嫌味か。」
「そんなことないよ。」
「無自覚かよ、ちくしょお! でも可愛いから許す!」
気に食わなかったみたいだけど、彼女は本当に可愛い。日本人っぽい黒髪をショートにして、目鼻立ちも整ってる。私は多分、この髪の色のせいで目立ってるだけ。それに、寺ちゃんはおっぱいだって私より大きいし...
「そうだ、お兄さんには作らないの? 昔から四包ちゃんはお兄ちゃん大好きっ子だったでしょ?」
「んー、考えたことはあるんだけどね。」
特にこの頃は、不謹慎だけど、お母さんが亡くなったおかげでお兄ちゃんに甘えやすくなった。一度贈ってみようと思ったこともあったんだけど。
「なんだか三倍返しを通り越して、十倍返しくらいになりそうで。」
「それは辛いね。乙女の威厳が。」
「そうなの。だから作ってあげないんだよ。」
「お兄さん、隣の組だけど、最近無表情に磨きがかかってるよね。」
「そうかな? いつも一緒だからわかんないや。」
「あの人、料理得意なんだっけ?」
「うん。お母さんが亡くなってからは特に。」
「あ...なんかごめんね。」
「ううん、大丈夫。」
不意にお母さんの気配を感じると取り乱しちゃうけど、自分で言う分には大丈夫。落ち着いてるはず。
「寺ちゃん、ホームルーム始まるよ。」
「おっと、じゃあまた後でね。」
「知らない天井だあ。」
「またそれか。」
四包の寝起きパターンがマンネリ化してきている。こう立て続けに睡眠場所が変わっていればそのセリフが出るのもおかしくはないのかもしれないが。
「うーん、お兄ちゃん、稔君はぁ?」
「先に外へ出ている。さっさと目覚めろよ。」
稔君の名前がちゃんと出てくるあたり、今日の寝惚け具合はまだマシなほうだ。この分なら覚醒まで時間は掛からないだろう。先にトレーニングへ。この家は屋敷ほど広くないので、必然的に屋外でとなる。
「何事ですか?」
「すみません、うるさかったですか。」
「いや、いつも起きる時間に物音がしていたので。それより、何をなさっているんですか?」
「鍛錬でござる。どうか気にしないで欲しいでござる。」
「そうでしたか。ではごゆっくり。」
にこやかに挨拶をして、家へ戻っていく耕司さん。さて、僕達は調査開始だ。鍛錬も終わったことだし、現場を見に行ってみよう。
「これは酷いな。」
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