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ポルックス  作者: リア
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83/212

82話 案形

「よし、これでいいか。」



 出来上がったそれを片手に、倉庫を出る。そのまま職場となりつつある応接室へ向かった。開店中は基本的に応接室で待機し、依頼主が来たら迎えるという仕事スタイルとなっているのだ。



「海胴殿。ちょうど良いところに。」

「どうしたんですか、稔君。」



 四包の姿が見えない。トイレにでも行っているだろうか。まあ気にする程のことではない。それより稔君の話を聞こう。



「先程、明日香殿が来て試作品を置いていったのでござる。」

「仕事が早いですね。」

「それで四包殿が着替えているところなのでござる。」



 なんでも、試作品を着てアピールしてほしい、ということだ。一刻も早く受け入れてもらうには良い手だろう。少しずつでも広まってもらわなければ、考えた意味が無い。

 後ろから扉を開く音が聞こえた。どうやら四包が戻ってきたようだ。



「どうかな、お兄ちゃん。」

「...綺麗だ。」

「え、えへへ。」



 思わず息を飲んだ。少し暗めの赤というシックな色合いの着物。それが四包の可憐な容姿を引き締めて、美麗な姿へ昇華させている。結い上げた髪がサラリとなびくのもまた美しい。



「本当に美しいでござる。」

「ありがと、稔君。」

「これは明日香さんにお礼を言わないとな。」



 目の保養になった。うちの妹がこんなに立派になって。七五三の頃とは比べ物にならないほど洗練された美しさだ。あの頃も華奢で可愛らしかったのだが、今の四包は次元が違う。



「着心地はどうだ?」

「ちょっと動きにくいけど、走るわけでもないなら問題無いかな。」

「四包殿がこう美しいと拙者も着てみたくなるでござるな。」

「お、大げさだよ。」



 それを狙っての試作品だ。そうでなくても、この麗しい妹を自慢したくて仕方がない。ああ全く、照れ笑いを浮かべても揺るがない美しさ。そればかりか愛くるしさも合わさって、実に素晴らしい。



「でも、これで節約になってるのかな?」

「ああ。着物の裁断は全て直線。無駄な生地を作らないんだ。」

「異世界の知識は凄いでござるな。」



 それだけじゃない。直線の切り目であることにより、再利用までしやすくなっている。鞄にも羽織ものにもなるのだ。日本の文化が生み出したエコ物品のひとつである。



「お兄ちゃん、それ、何持ってるの? もしかして...」

「多分考えている通り。不格好だがなんとか形になった。」

「何でござるか?」

「弓ですよ。」



 射的屋さんから貰った木材を削って作った弓。四包は元々有能な弓道部だった。せっかくの才能を無駄にするのは惜しい。練習用に一本、いや、一張? 数え方は忘れてしまったが、欲しかったのだ。一応矢も数本作ってある。

 四包は珍しそうにお手製の弓を観察し、弦のハリを確認してこちらへ向き直った。



「お兄ちゃん、これ。」

「四包が使っていたのを真似てみたんだが、何かまずいところがあったら言ってくれ。」

「ううん、違うの。ほんとに凄いよ。こんなの作れちゃうなんて。」

「そ、そうか。」

「お兄ちゃん、ありがとう!」



 なんだか急に恥ずかしくなってきた。だが、四包が喜んでくれたようで、僕も嬉しい。



「じゃあまずは試し打ちだ! 稔君、的になって!」

「承知でござる!」

「やめろ。」



 木刀で打ち返さんとする稔君を制止し、代わりに木の板を壁に立てかける。四包は玄関ホールの端から弓を番えた。さすが弓道部。構えが様になっている。



「あんな距離から届くのでござるか?」

「まあ見ていてください。」



 この屋敷は広い。玄関ホールだけでも、端から端まで10メートルはあるだろう。弓道場ではこの倍の距離で放つのだ。この程度で動揺してはいけない。



「ふっ。」

「流石だな。」

「えっ、えええええ!?」



 ガンッという音と共に、立てかけた板を矢が貫いた。板は貫通したが、壁との隙間で止まってくれたので一安心。壁を傷つけるのは好ましくない。というより、まさかここまで出来るとはな。



「ありゃ、真ん中を狙ったはずなんだけどな。」

「やっぱり手作りでは正確性に欠けるか。」

「海胴殿っ! あれ木! 木でござるよ!」

「そうですよ。」



 隣でギャーギャー喚き立てる稔君。そんなに騒がなくとも、弓というのは本来、人を殺める武器として使われていたのだ。このくらいできなくてどうする。



「そうですよって、そんなあっさりと...」

「作り直すしかないか?」

「ううん、大丈夫。もう感覚は掴んだから。次は外さないよ。」

「頼もしいことだな。」



 稔君は未だ唖然としているが、そのうち慣れる。僕も初めて見たときは驚いたものだ。絶対に弓道場以外では使うなと釘を刺したりもした。実際に使ってしまえば捕まるわけだが、それでも忠告しておきたくなるほどの威力だ。



「よし、じゃあ試し打ちも済んだし、行こっか。」

「外に行くのはいいが、それも持っていくのか?」

「うん! お侍さんにとっての刀みたいに、弓道部にとっての弓は相棒なの。」

「いや、でも昔は」

「私、過去は振り返らない主義だから。」



 昔は弓道場に相棒を置き去りにしていたのに。気が変わったのか。まあ構わないが。それだけ喜んでくれているということにしておこう。



「...それに、お兄ちゃんが作ってくれたものだしね。」

「何か言ったか?」

「なんでもないよっ。ほら、行こっ。」



 機嫌よく歩き出す。弓を使ったからか、少し着崩れているのに気づいた。別に問題があるレベルではないが、人前に出るのであれば直しておいた方がいい。



「四包、じっとしてろよ。」

「ん、何?」

「着崩れているんだ。」



 襟にあたる部分を持ち、クイッと首元に寄せる。そのときふと見えてしまった。白い紐状の何か。



「なあ四包。お前下に肌着か何か着てないのか?」

「え、要るの?」

「要るんじゃないか?」

「というよりお兄ちゃん、中見たんだね。」

「え、あ、いやそれは」

「見、た、ん、だ、ね?」

「す、少し。」

「変態!」



 そう罵って部屋に帰ってしまった。きっと肌着を着てくるのだろう。着付けには少し時間がかかるし、しばらく待つことになりそうだ。

 しかし、怒ることはないじゃないか。いつも家にいるときだって、無防備に晒していただろう。リラックスするのはいいが、腹を立てるくらいならもう少し振る舞いに気をつけてほしい。



「おまたせ。じゃあ行こっか。」



 こうして、妹を見せびらかす旅が始まった。旅と言っても日帰りだが。要は出歩いていれば良いのだ。とりあえず、明日香さんにお礼を言わなければ。



「明日香さん。」

「おお、坊主じゃねーか。嬢ちゃん、着心地はどうだい?」

「ちょっと動きにくいけど、問題無いよ。」

「そうか、そりゃあよかった。にしても美少女が着ると似合うな。」

「ありがとうございます、明日香さん。」

「何故に坊主が?」

「眼福だから、ですかね。」

「ああ。」



 悟ったような目を向けられる。別に僕が変なわけではなく、四包見れば誰だってそう思うだろう。決して僕が妹を溺愛しているとか、そういうことではない。断じて。



「蜜柑に伝えたら、過去の文献に乗ってたらしくてな。思いのほか早く仕上がったんだ。」



 なるほど。どうして明日香さんが知らなかったのか、ということは聞かないでおいてあげよう。



「やはり四包さんに送ったのは正解でしたね。」

「あ、蜜柑さん。ありがとね。」

「いえいえ。宣伝、頼みましたよ。」



 さあ、ここからが旅の本番だ。ひたすら街を練り歩く。方向感覚には自信があるので、そうそう迷うことなどない。



「あら?」

「あ、加蓮さん! こんにちは!」

「こんにちは。どうしたの、その格好。懐かしいわね。」

「知っているんですか?」

「ええ。私の母がよく着ていたの。最近はめっきり見なくなってしまったのだけどね。」



 そういえば、僕らの祖母の写真も、着物で写っていたような気がする。本人は僕達が生まれる前、若い内に亡くなってしまっているので、普段着としていたかは知る由もないのだが。



「綺麗ね。私も着たくなってくるわ。」

「明日香さんの店にあるから、行ってみるといいよ。」

「明日香さん?」

「和泉という服屋です。」

「ああ、あそこね。今度行ってみることにするわ。」



 時間が許す限り、様々なところを訪れる。今まで通ったことのない道から、よく通る道まで。蛇行しながら進んでいると、畑に辿り着いた。ここならまだ沢山人がいるし、ちょうど良いだろう。



「あ、四包姉ちゃん。」

お読みいただきありがとうございます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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