81話 花火
「げっ、そうなの?」
店員さんから話を聞いて、三人組のところへ戻る。弁当をつついている彼らに事の顛末を話すと、露骨に嫌そうな顔をした。
「最低限しか野菜持ってきてないんだよなぁ。」
「困ったもんだ。」
「これが何回も続かないといいけどな。」
このまま値上がりしたままでは、多くの人が被害を受けるだろう。僕達にどこまで出来るかわからないが、この国の一員として解決したい問題だ。
「解決よろしくな、四包ちゃん。」
「そうだな。頼んだぜ。」
「重いんだけど。」
まだ罰ゲームは続いていたようだ。
彼らと別れて歩いていると、遠巻きに知り合いを見つけた。人混みの間を縫うようにして接近する。
「こんにちは。」
「梓さん、久しぶり。」
「海胴君に四包さん。と、確か稔君でしたね。」
「そうでござる。」
教会を代表して、梓さんが塩の買い出しに来ているようだ。今は帰るところらしい。今頃になってようやく帰る人がちらほらと見え始めた。
「この首飾り、ありがとうございます。」
「喜んでもらえてよかったよ。」
「子どもたちなんて、寝る時にも着けたままなんですよ。」
世間話を二、三したところで、教会の皆によろしく言ってもらうようにして別れた。
特にあてもなく辺りを散策していると、また見知った顔を見かけた。我ながら、人を見つけ出す直感はあると思うのだが、それでも今日は見つけすぎだ。
「明日香さん。」
「お、坊主じゃねーか。塩か?」
「塩じゃないです。」
これだけ聞くと謎の会話だな。今、彼女はその小さな身体に似合わない大きなリュックを背負っている。これの中身全部塩か?
「これか。蜜柑の分も買ったからな。結構な量になったんだ。」
「大変ですね。」
「手伝ってくれてもいいんだぜ?」
「依頼としてしか受けませんよ。」
「ちぇっ、けちだな。こんないたいけな少女の荷物すら持ってくれないのか。」
敢えて少し大きな声でアピールする明日香さん。この状況、周りから見れば完全に僕が悪い。年端も行かない少女に重い荷物を背負わせる鬼畜に見えていることだろう。実際にはこの人、僕達の倍は生きているというのに。
「わかりましたよ。風聞が悪いのでそれ以上言わないでください。」
「助かるよ。ありがとな。」
にししと笑う明日香さん。やはり僕はこの人が苦手だ。
分担すれば軽いもので、普通と変わらない足取りでいつもの通りへと戻って行く。走ったわけではなく、ゆっくり歩いて帰ったので、屋敷に着く頃には日が傾いていた。
「ほら、ちょっと分けてやるよ。」
「いいの?」
「荷物持ちのお礼だ。これなら文句無いだろ?」
「ありがとうございます。」
ありがたい。あまり使っていなかったとはいえ、あって困るものではないのだ。明日香さんには悪いが、これで物々交換も出来るだろう。
「ほら、始まるよ。」
母さんの声に続いて、ひゅーっという間抜けな音が、観客の喧騒の間に響く。皆が一斉に黒く染まった空を見上げた。
そして次の瞬間。
ドーンッ!
鼓膜を叩く破裂音。咄嗟に身体が跳ね上がった。瞼に蘇るのはあの日の光景。絶望の全てはこの破裂音の後に始まったのだ。
「クライス君?!」
『逃げないとっ!』
花火に盛り上がる人混みの中をかき分けて、脱兎のごとく逃げ出した。どこへ向かうべきかもわからないまま、ただ音から、過去から逃げるように。
「待って、クライス君!」
彼女が呼び止めるが、意味を為さない。周りを見ることすら忘れて、無我夢中で、一心不乱に駆けて行く。
「おっと、気をつけろよ。」
前から歩いてくる人にぶつかった。そのふくよかな体に衝撃を吸収され、倒れることこそなかったが、思わず見上げた顔は。
『あ、あ、あああああ!』
赤く染まっていた。血を流して倒れていった戦友のように。もう何度見たかもわからない、血に染まった荒野のように。
実際には赤い花火で照らされていただけだったのだが、父親は、そんなこととは知らずにまた逃げ惑う。形の見えない恐怖から。
『はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。』
どこまで行っても破裂音が耐えることは無かった。ふと立ち止まって辺りを見ると、見知らぬ山の中。月明かりが照らすその場所は、落ち着いた心で見れば神聖に見えたことだろう。
『頼むから、この音を消し去ってくれ!』
そう叫んで目を強く閉じる。目を瞑ったままの状態ではあるが、心なしか音が小さくなったようだ。少しの安心感を覚えて目を開くとそこは、部屋の中だった。寝泊まりしているその部屋に、靴を履いたまま棒立ちになっている。
『なに、が?』
状況を飲み込めずに呆然としていると、階下から激しい足音が上がってくる。思い出したように恐怖を感じ、ベッドに潜り込んだ。
「クライス、君。」
息を切らして母さんは父親に近づく。しかし、父親が怯えていることに気づき、ベッドに手をかけるのを止めた。そして近くの椅子に腰掛ける。
「ねぇ、クライス君。」
呼びかけられた声に呼応するように、僕本体の意識が覚醒する。
「あれは魔法、なのか?」
夢の中で父親が瞬間移動したときに伝わってきた感覚。僕達がこの異世界へ訪れたときの感覚と同じだった。この力は魔法なのか、それとももっと大きな何かなのか。コーンスープのときも、母さんと出会ったときだってそうだ。
瞬間移動。魔素が無いと仮定したあの世界に、そんなものが本当に有り得るのか。
「おにぃちゃん、どしたのぉ?」
ベッドから身を起こした状態で四包の布団を奪っていたため、起こしてしまったようだ。思考は一時中断して、トレーニングに向かうとしよう。
「瞬間移動の魔法でござるか?」
「はい。何か知りませんか?」
トレーニングが終わった後で稔君に聞いてみる。確証は薄いが、物語か何かで綴られていたりしないだろうか。
「そういえば、先代の王の行動力を評して、まるで「瞬間移動」をしているかのようだと言った人がいたでござる。」
「比喩ですか。当てにならないですね。」
この程度しか情報が無いということは、きっとそんな魔法は存在していない。ということはあの夢が...捏造?
いや、母さんはある日突然父親が庭に転がっていたと言った。母さんが嘘をつくとは思えない。そして、あの夢のクオリティだ。あんな景色が鮮明な夢、見たことがなかった。
「どうしたのでござるか、海胴殿。」
「いえ、不可解な夢を見たもので。少し考え事を。」
「夢のことなど、そう気にすることではないでござるよ。」
ふむ、一理あるかもしれない。何事も考えすぎはよくないか。
「この間と同じく、また倉庫に篭もります。今日中には出来上がると思うので、楽しみにしていてください。」
「なるべく早くね、お兄ちゃん。気になるんだから。」
「店番は任せるのでござる。」
彫刻刀を手に、木材と向かい合う。この間の時間で八割方、形が出来た。あとの二割を整形し、微調整をする。たしか倉庫の中に頑丈な糸があったはずだから、使わせてもらおう。
「よし、これでいいか。」
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




