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ポルックス  作者: リア
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79話 案作

「わあっ!」



 屋敷の外まで美春さんを見送り、さあ中へ戻ろうかというところに、扉の陰から人の姿が大声を上げて飛び出してきた。

 日頃の鍛錬のおかげか、声を発された瞬間にその方向へ向き直り、即座に自然体の構えを取り、迫る人影に流れるような一閃。今は手ぶらの状態であるが、もし木刀を持っていれば完璧のタイミングで相手の胴を打つことができただろう。

 今は代わりに足払いで、四包へ到達する前に転倒させる。



「ぶべっ。」

「きゃっ! 何?! って、なんだ祐介さんか。」

「急に飛び付いてきたら危ないじゃないですか。」



 いつぞやの僕と同じ呻き声を上げて、地面に倒れ伏した祐介さん。本当にこの人は、残念にも程がある。電気ショックが必要なのではなかろうか。主に頭に。



「飛び出して驚かそうなんて、子どもがやることですよ。」

「その子どもがするようなことに、足払いで返さなくても。」

「自業自得だよ。さあ、立って立って。」

「うぅ、最近四包ちゃんも当たりがきついよ。」



 なんて言ったって祐介さんは執拗いからな。いくら四包が優しいとはいえ、限度がある。仏の顔も三度まで、というやつだ。

 それに、足払いで済んでよかったと思ってほしい。もし僕が鍛錬終わりで木刀を持っていたら、痛みはこの比ではなかったのだから。



「「「終わったー!」」」



 やっと案が形になった。これで明日には明日香さんに提出できそうだ。...なんだかややこしいな。



「これで祐介さんもお役御免ですね。」

「その言い方どうにかならない?」

「お疲れ様、祐介さん。」

「無視?!」



 四包も祐介さんへの対応が分かってきたようだ。




「クライス君、花火大会に行こう。」

『なんだそれは?』



 ある日の昼過ぎ。日本語の勉強中、唐突に名前を呼ばれて振り返ると、母さんはそんなことを言い出した。父親はそもそも花火大会が何か分からず困惑気味。

 今日夢での父親は、簡単な日本語なら理解できるようになった。といっても、語彙力などしれているが。一般的な動詞、名詞をある程度覚えたくらい。



「花火大会だよ。来てみたらわかるって。」

『お前がそう言うのなら。』

「よしっ! 決まりだね。」



 首肯する。すると、彼女は向日葵のような笑顔を咲かせ、気分良く歩き去っていった。二階に上がっていったことから、おそらく彼女の部屋だろう。

 会話をほっぽり出して、いったい何をしているのか。まだそれが何かも聴いていないのに。気になった父親は、同じく二階へと上がる。そして、ノックも無しに彼女の部屋に押し入った。



「えっ...」

『...』



 そこには桃色の下着姿の彼女が。艶やかな肌を惜しげも無く晒し、手には大きな一枚の布を持っている。

 これ、僕視点だと母親の下着姿を見ていることになるのだ。いくら四包と似ているとはいえ、母親の半裸を楽しめるような趣味はない。ただ、四包よりもバストのサイズは大きかった。



「きゃー! 出てって!」

『「花火大会」とはいったい』

「いいから出てけー!」



 顔を真っ赤にした彼女に部屋から叩き出されてしまった。そもそも、父親にはノックという文化が無いらしい。以前では集落の長という立場であったため、何にも気兼ねすることがなかったようだ。

 もうひとつの文化的な差異。彼の集落で成人していない、つまり二十歳以下は、婚姻対象として認められない。よって、この時期、学生であった母さんには興味がなかったようなのだ。興味が無いにしても、デリカシーが無さすぎる。



「勝手に部屋に入ってこないで!」

『すまない。』

「絶対だよ!」



 扉越しに釘を刺される。打たれなかっただけマシだと思うしかない。

 日が傾いてきた頃、ようやく彼女が部屋から出てきた。それまでずっと廊下で正座待機。そんなに花火大会が気になるか。



「わっ、クライス君。どう?」



 待機していた父親に驚きながらも、感想を求める。正直に言って綺麗だった。赤色の浴衣は彼女の白い肌を少し赤らんでいるように見せ、さらに黒い髪が映える。四包に似ているだけあって、その姿は可愛らしい。



「ちょっと、何か言ってよ。」



 このとき父親は、少々見とれていた。思わず口を開けて、惚けてしまうくらいに。そのままじっと見つめていたので、彼女は少し頬を染めてそっぽを向いてしまった。



「ほ、ほら、行くよ。」

『あ、ああ。』



 先導する彼女の横に立ち、田舎道を歩いて行く。景色は少し変わっているが、僕と四包が登校していた方向とは反対の道だ。とすると、向かう先はあの高台の公園か。僕も四包と毎年のように行ったものだ。屋台なんかもやっていて、結構な賑わいを見せている。



「ほら、これあげる。」

『これは? 綿か何かか?』

「わたあめって言うの。食べ物だよ。食べ物。」

『ふむ。』



 こんなフワフワとした物体では腹は膨れないだろうなどと考えつつ、思い切って口に含む。フワフワの塊は舌に触れた瞬間に溶けて、濃厚な甘味を発生させた。



『美味いな。』

「美味しいでしょ。こっちも食べてみて。」



 食べかけのわたあめを渡して、次に手渡されたものはりんご飴。無理やり噛み取ろうとして苦戦する。ガリッと音を立てて口に入ったものは、また甘味。しかし甘い中にも、仄かな林檎の酸味を含んでいる。

 そうして夏祭りの定番とも言えるメニューを次から次へと食しては母さんと分け合う、というあからさまなデートをして、花火の場所取りをする。生憎とレジャーシートは家に忘れてきたようだ。



「ほら、始まるよ!」



 すっかり暗くなった大空に、ひゅーっという間抜けな音が響くと同時に、今日の夢は終わりを告げた。幸せな夢で結構なことだが、これが僕達を捨てた父親のものだと思うと腹が立つ。




「ごめんください。」



 今はトレーニングが終わってすぐ。明日香さんのお店、「服屋 和泉」の中にいる。服屋らしく畳まれた洋服が棚の上に陳列してある。

 定番の挨拶はするものの、シンと静まり返った店内には誰の言葉も返ってこない。



「今日はどこも人気が無いね。」

「そうでござるな。何かあったのでござろうか。」

「こう誰もいないと不安になりますね。」



 ここへ来る途中、といっても二、三軒程度だが、どこにも人の気配を感じなかった。朝早いという訳でも無いので、生活音くらい聞こえてくるはずなのに。

 ふと、外からコツコツと足音が。だんだん近づいてくる。ただそれだけのことなのに、今は妙にドキドキする。



「そういえばお兄ちゃん、誰もいないけど、これって不法侵入なんじゃ...」

「あ。」



 今から店の外に出るのはさすがに怪しすぎる。かといって出迎えるのも違う気がするし、店内を物色するなど論外だ。空き巣認定は免れない。ここで出せる最適解は...



「二人とも、入口に集まってください。いかにも今入ってきた風を装って。」

「なるほど、誰もいないことに気づいていない設定でござるな。」



 少々厳しいが、仕方あるまい。おそらく今近づいている人は入口の辺りを視界に入れているはずなので、無理がある設定なのだが、最も怪しまれない設定ではあるだろう。



「いや、お兄ちゃん、不法侵入ではあるけど、ちゃんと要件があって来たんだから堂々としてたらいいじゃん。」

「それもそうだな。」

「店を開けたまま留守にする方が悪いのでござる。」



 というわけで、僕の思考は無駄に終わった。そんな茶番をしていると、近づいてくる足音が店の前で止まったようだ。必要無いのに、なぜか緊張してしまう。いつもの癖で「いらっしゃいませ」などと言わないようにしなければ。

 そんな緊張をよそに、その足音はマイペースな歩行を止め、ドアノブに手をかけた。



「誰?」

お読みいただきありがとうございます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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