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ポルックス  作者: リア
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76話 彼氏

「拙者、良いことを思いついたのでござる。」



 嫌な予感がする。祐介さん程では無いが、稔君も間抜けな部分があるのだ。余計なことを言って美春さんを困惑させなければ良いのだが。



「美春殿、言って聞かないのなら拳で語るしか無いのでござる。」

「こ、拳?」



 不安的中。何を言い出すかと思えば、王道のバトル漫画じみた解決策。四包からよく聞かされたものだ。あの漫画のこのシーンが泣けるのだとか何だとか。



「そうでござる! お父さんと戦って互いに理解を深め、美春殿がもう子供ではないことを分からせるのでござる!」

「で、でも私、運動、苦手」

「大丈夫でござる。一緒に朝の鍛錬をあいたっ! 海胴殿、何をするでござるか。」

「何をするじゃありませんよ。何を言っているんですか。」



 いかにもか弱そうな女性に何を言っているのか。こんな華奢な女性があのトレーニングを耐えることは難しいはずだ。お父さんも娘と喧嘩などしたくないだろう。



「稔君は論外です。しばらく黙っていてください。」

「ぐぬぅ。」

「四包も、若干目を輝かせるな。」

「はーい。」



 四包は「親子バトルはロマンなんだよ」なんて言いながら他の方法を模索する。さて、僕も考えなければ。




 僕なら、もし四包が彼氏を連れてきたらどうする。



「お兄ちゃん、私ね、付き合ってる人がいるの。」

「お、おう。」



 なるほど、この時点でダメージを受けるわけだ。想像だけでも、胸を押さえざるを得ない。ああ、僕が手塩にかけて育てた四包が僕の手を離れていく。



「お兄ちゃん? 聞いてる?」

「あ、ああ。うん。ちょっと、一人にしてくれ。」



 まずは精神ダメージを回復だ。すぐさまその彼氏当人と会うなど考えられない。まずは平常心。深呼吸だ。すーぅ、はーぁ。



「それでね、お兄ちゃん、その彼氏なんだけど。」

「こんにちはー。よろしくお願いしまーす。」



 美春さんからの情報によると、彼氏さんは明るくて軽い性格らしい。僕とは違って、誰とでも分け隔てなく話せるタイプ。僕は家族と家族以外とで口調すら変わってしまう。

 ここからの彼の行動は、美春さんに聞いた彼の考えや性格から予想したものとする。



「よ、よろしくお願いします。」

「義兄さんって呼ばせてもらっていいですか。」



 ああ、はっ倒したい。そういうことはもうちょっと「四包さんとお付き合いさせていただいております。」なり何なり、ワンクッション置いてから言うべきだろう。



「自分、四包さんのこと幸せにするんで、よろしくお願いします。」

「君はどんな仕事に就くつもりなんですか?」

「はい、未定です。」



 自分で予想しておきながら思うが、これはどうなんだ。しかし、前の世界でのクラスメイトで浮ついた人達はこんなことくらい平然と口にするだろう。かく言う僕も将来の夢などは持っていなかった。ただこういう場面では、目標かやりたいこと、理想ぐらいは言って欲しいものだ。



「では、どのような生活を計画していますか。」

「共働きができたらいいなと思ってます。」



 ふむ、まあ良いだろう。前の世界ではそれが主流となりつつあった。今の世界では農業がメインであるため、男性が重宝されているが、四包の能力があれば問題無い。



「ただ、自分家事とかしたことないんで、四包さんに頼ることになりそうっす。」



 はい、アウト。家事をしたことが無いのは仕方ないかもしれない。家庭の教育方針もある。しかし、だからといって四包に丸投げは夫婦になる身としてどうなんだ。家事はせめて、分担にしなさい。



「じゃあ、どういう風に四包を幸せにしてくれるんですか。」

「四包さんがいつでも笑顔でいられるようにしたいと思っています。」



 ここで初めて良いことを言った。ナイスだ。僕のイマジネーション。これで彼のイメージを快方に向かわせることができる。



「じゃあ最後に、四包と添い遂げる覚悟がありますか。」



 最も大切な部分だ。その覚悟が無い人に四包は渡せない。浮気なんてもってのほかだ。全身全霊を以て、四包を愛してやって欲しい。



「心配いりません。自分、不器用なんで、一人しか愛せないんです。」



 ほっ。よかった。これで必要最低限の条件、四包を幸せにしたいと願う思いは合格だ。及第点といったところか。



「浮気をするならキッパリ離婚します。」

「あ"?」



 前言撤回。やっぱコイツ駄目だわ。



「ね、お兄ちゃん、いいでしょ?」

「いいわけあるかっ! もっとちゃんとした人を選びなさい!」




 と、こうなるわけだ。最悪を予想しているとはいえ、いくらなんでももう少しマトモな人だろう。だが、説得には呼ばない方が良い。



「海胴殿、お腹でも痛いのでござるか? 急に黙り込んで。」

「そうだよ、お兄ちゃん。眉間にしわ寄せちゃって。」

「え? これで?」



 美春さんには僕の無表情の中を見抜けなかったようだ。稔君も、どこかしらおかしいということしか感じ取れていない。僕の表情を読み取れるのは四包だけか。



「その彼氏さんを説得に連れていったときの予想をしていただけです。」

「じゃあなんで怒ったような顔してたの?」

「想像の中の彼氏さんが余りにも酷すぎて...」



 現実はどうか違って欲しいものだ。こういうことを思うと、大抵は裏目に出てしまうものなのだが、そう願わずにはいられない。

 一応、予想と現実の答え合わせをしておく。僕が予想で行った質問と回答を美春さんに聞いてもらい、言いそうか否かを判別してもらう。



「さすがにそんなに酷いわけないでござる。」

「そうだよ、そんな人選ばないって。美春さんに失礼でしょ。」

「えっと、割と、的を、射ている、かと。」

「嘘だろ。」



 つい心の声が漏れてしまうくらい、衝撃的な事実だった。逆に稔君と四包が失礼な空気になったので頭を下げ、美春さんは「いえいえ」と手を振っている。この場合、僕は正解を喜べば良いのか、彼氏さんの残念さを悲しめば良いのか。



「どうしてそんな人を選んだのでござるか?」

「ちょっ、稔君、言い方。」

「えっと、彼は、私の話、聞いて、くれたから。」



 引っ込み思案な美春さんは、学校でも上手く話せず、友達が少なかった。それどころか、他の人たちから仲間はずれにされていたらしい。いじめと呼ぶほど過激ではないが、孤独を感じることもしばしば。

 そんな中でも、家族と件の彼氏さんだけは話を聞いてくれたのだ。美春さんは控えめな性格だが、誰かと話をしている時間が最も好きだった。



「それで、好きになったでござるか。」

「は、はい。」

「きゃー! なんかキュンキュンしちゃうよ!」



 孤独の最中に優しくされたのなら、惹かれてしまうものかもしれない。彼女は人との繋がりを求めるタイプであり、人生の軸も決まっていないとあれば尚更。

 僕には今の話のどこにキュンキュンするのか分からないが、女の子はそういうものだろう。



「結局、その、どうしたら、良い、でしょうか。」

「とりあえず、彼氏さんの好きなとこを全部お父さんに言っちゃえば?」

「えっ! そんな、恥ずかしい、です。」

「恥ずかしがっている場合ではないのでござる。どーんと伝えるしかないのでござるよ。」

「...はい。そうですね。」



 それを言うと、お父さんのメンタルはゴリゴリと削られてしまうのだろうが、思いの丈は伝わるだろう。もしお父さんがまた叫び出してもいいように、何か対策を練らなければ。



「いつもお母さんはどうやってお父さんを窘めているんですか?」

「えと、頭を、撫でてます。あと、耳元で、何か囁いてます。それでお父さん、少し震えた後、静かになります。」

「まるで赤子でござるな。」



 不覚にも、大の大人が泣き喚いて、宥められているところを想像してしまい、笑いそうになる。生まれつきの無表情が役に立ち、笑わずに済んだが。

 それにしても、思わず身を震わせるほど恐ろしいことを言われているのか、可哀想に。



「まずは同じようにしてみるのでござる。それから、耳元で「話を聞かないとこのまま頭を」いたっ! 何でござるか、海胴殿。」

「どうして今日の稔君はそんなに過激なんですかまったく。」

「そういうときは耳元で囁くのもいいけど、ちゃんと目を合わせて言ったほうがいいよ。」



 耳元で囁くのはお母さんの特権だろう。美春さんはお父さんの弱みなど握っていない。目を合わせるのはひとつの手だ。



「それから、彼氏さんがどういう風に幸せにしてくれるのか、伝えた方が良さそうですね。」

「幸せ、ですか?」

「はい。大人は子どもの幸せを願うものです。どんな風に幸せになるか、将来設計なんかを伝えると良いと思います。」

「わかりました。考えて、みます。」



 そんな話し合いをして、今日は解散となった。後日、お父さんに話をつけるらしい。そこに僕達が行くわけにもいかないので、エールを送って結果を待つことになる。



「よっ、まだやってる?」

お読みいただきありがとうございます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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