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ポルックス  作者: リア
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76/212

75話 合致

「これで明日香さんの依頼も完遂だな。」



 そう口にしてから、日課のトレーニングに臨む。1つ1つの鍛錬の回数こそ増えているが、もうこの辛さには慣れたものだ。



「よし、それでは、昨日と同じく、防ぐ訓練でござる。」

「よろしくお願いします。」



 型を作るが、今日は昨日よりも緩めておく。夢の中で見た父親の真似。どうも、型を重視して、正しい姿勢に戻ろうとするのは僕の性にあわないようだ。僕にとっては恐らく、自由にぶつかった方が良いのだと思う。ここは遺伝しているということか。



「隙だらけでござる...っ?!」



 自分の剣先で視界が邪魔されないことで、初動を見定め易くなり、昨日より早く反応。昨日稔君から習った防御の姿勢をとる。防御姿勢に関しては稔君流の方が堅い。



「昨日教えた構えとは違うでござるな。面白いでござる。」

「父親から学んだんです。見よう見まねですがね...っ!」



 スピードが上がった。今までは手加減していたということか。数秒遅れて僕も集中し直す。自然体の構えから流れるような所作で防御。夢の父親のように反撃。なんてできないが、堅実な守りを心がける。



「ふうっ。良い構えでござる。海胴殿にはそれが合うのでござろう。」

「ありがとうございました。」



 被弾はしたが、昨日よりも格段に少なくなった。父親のことは嫌いだが、技術に罪はない。素直に賞賛し、模倣するとしよう。



「お兄ちゃん、お疲れ様。」

「四包。丁度よかった。二人に話したいことがあるんです。」

「何でござるか?」



 目覚めてすぐに思いついた案を二人に伝える。四包は納得したような顔をし、稔君は疑問符を浮かべた。まあそういう反応になるだろうな。



「じゃあ早速祐介さん呼ぼっか。」

「待て、四包。こんな昼間から呼び出したら迷惑だろう。また桜介君に叱られるのも可哀想だ。」

「そうだね。夕方からでいっか。店番店番っ。」



 そう意気込んだものの、そうタイミング良くお客さんが現れるわけもない。そうなると、必然的に雑談に入る。



「稔君ってさ、誰に剣術を教えてもらったの?」

「そういえば、四包殿には言っていなかったでござるな。」

「稔君には師匠がいたんだ。」

「お兄ちゃんの師匠の師匠だね。」



 その人は襲撃経験者で、3年ほど前から行方不明になっていることを話す。背中に負った火傷が目印だということも。



「それと、これは海胴殿にも言っていなかったのでござるが、一つ、謝らねばならぬのでござる。」

「どうしたんですか?」

「この屋敷に来たときの話を覚えているでござるか?」

「あの怪談? どんなだっけ?」



 この屋敷に泊まった人は記憶が無くなるか地獄を味わうという話であったはずだ。地獄は僕が経験している。

 あれ? 地獄が父親の記憶だとして、どうしてここに父親の記憶が眠っているのだろう。僕達が前の世界で生まれた以上、父親も前の世界の人間であることは間違い無いはずなのに。



「屋敷に何日か泊まった後、行方を眩ませた男性というのが、拙者の師匠なのでござる。」

「なるほど、通りでこの屋敷のことを詳しく知っているわけですね。」

「ここを勧めたのも、一人で訪れる勇気がなく、御二方を利用するつもりだったのでござる。」



 以前稔君が話してくれたとき、行方不明となった男性の名前まで出していた。そんなに古い話でないとはいえ、普通は匿名だと思う。それなのに「将人」という名前が出たのは、稔君の師匠だったからか。



「今更でござるが、本当にすまなかったでござる。」

「いいよいいよ。お陰で住むところが見つかったわけだし。」

「結局お師匠さんの手がかりは見つかりませんでしたがね。稔君がこの屋敷を紹介してくれなければ路頭に迷っていたわけですから、気にしないでください。」

「恩に着るのでござる。」



 ふと屋敷の扉を叩く音が響く。お客さんのようだ。居住まいを正して出迎える。控えめに扉が開き、外から顔を覗かせる女性の姿を捉えた。



「あ、あの...」

「「「いらっしゃいませ。」」」

「わっ! はい。よろしくお願いしますっ!」



 目元まで伸びた黒い前髪。四包よりも一回り小柄な体躯は、気の小ささを表しているのか、扉に隠れて出てきてくれない。この控えめな感じは、前の世界でクラスメイトだった高木さんを彷彿とさせる。メガネをしていれば見間違えそうになるほどだ。



「こちらへどうぞ。」

「ど、どうも。」

「はいっ。こんなものしかないけど、よかったらどうぞ。」

「あ、ありがとうございます。」



 応接室に案内し、本当につまらないものではあるが、白湯を出す。生憎、お茶っ葉など気の利いたものは持っていない。



「依頼の内容をお伺いしてもよろしいですか。」

「は、はいっ。え、えと、私には恋人がいるんです。」




 私から勇気を出して彼に告白し、付き合い始め、数年が経ったある日、私は父に報告することを決めた。



「あ、あのね、お父さん。」

「どうしたんだ、美春(みはる)。」



 いつもの優しい微笑みで、私の話を聞こうとしてくれるお父さん。私は小さい頃からの引っ込み思案で、考えたことをなかなか口に出せない。それが理由で友達が少なかったりしたのだけれど、お父さんは、私が話すのをきちんと待ってくれる。



「私ね、今、付き合ってる人がいるの。」

「うんうん、そうかそうか...うん?」



 いつもの微笑にひびが入った。そのまま暫く時が止まったかのように静寂が訪れる。なんだか不安になって声をかけた。



「お、お父さん?」

「...はっ! おおおお父さんは許しませんよぉ! 美春に彼氏だなんて、美春に彼氏だなんてぇ!」

「お父さん! どうしたの?! お父さん!」



 突然叫び出したお父さんに、私はあたふたとすることしかできなかった。結局お母さんがお父さんを止めて、その場は収まったのだけれど。



「とにかく! お父さんは許しませんからね! 美春に恋愛はまだ早い!」



 という感じで、派手に撥ねつけられてしまった。お母さんは私の味方で、何とかお父さんを説得しようとしてくれたのだけれど「お前には関係無い!」の一点張りで、話も聞いてくれない。

 そのことを彼に話すと、会ってみたいと言うので会わせてみた。するとお父さんはまた叫び出して。



「お前か! 美春を誑かしたのはぁ! 表に出ろぉ!」

「ちょっと、お父さん!」



 なんと彼に掴みかかったの。私のお父さんだから手荒なことも出来なくて、彼はそのまま押し倒されてしまった。

 結局またお母さんに助けられて、怪我は無くて済んだのだけれど、これのせいで彼がお父さんを怖がってしまうようになった。もう私が説得するしか道は残されていない。




「なるほどね。それで知恵を借りに来たって感じかな?」

「は、はい。」

「難しいでござるなぁ。父殿の気持ちも分からないではないでござるし。」

「あっ、お代は、お母さんから、野菜を。」

「ありがとうございます。依頼を遂行次第、頂きます。」



 厄介な依頼だ。当然だが、この中の誰にも子どもなどいない。父親の気持ちなど分かるはずが無いのだ。それを説得するというのだから骨が折れる。



「その、普段は、優しいお父さん、なんですけど。」

「そういった人に限って、怒ると怖かったり、愛情の度合いが強すぎたりするのでござる。」



 たしかこういう人を「ヤンデレ」と言うのだったか。あまり聞き馴染みが無いのでよく知らないが。こういう人への対応が載っている本などあっただろうか。



「でも、大切な人が自分から離れて行っちゃうってなったら、そりゃ荒れるよね。」



 なるほど。確かに僕も、四包が何処の馬の骨とも知れない男と歩いていたら、なんというかこう、ムシャクシャする。それと同じだと思うと、そのお父さんに親近感が湧いた。



「あの、私、なんて言ったら、いいんでしょう。」

「まずは落ち着かせないといけませんね。それもお母さんの手を借りずに。」



 ここで手を借りてしまうと、この人の性格上、どうしても甘えてしまう。そんな甘えは捨てなければならない。

 ふと、稔君が手を挙げた。何か凄く嫌な予感がする。



「拙者、良いことを思いついたのでござる。」

お読みいただきありがとうございます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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