74話 娯楽
「次はどこに行こっか。」
街道を歩き、めぼしいお店を探す。何も買う気は無いし、買えもしないのだが、気にしてはいけない。こういうものは、雰囲気を楽しむものなのだ。
街路沿いには沢山の店が並んでいるが、そのほとんどに明かりがついていない。商売をするよりは農業をしていた方が生き延び易いのだろう。
「射的屋かぁ。」
「お兄ちゃん、気になるの?」
「どうやって生計を立てているのかと思ってな。」
明らかな娯楽だ。これに興じる人など滅多にいないだろう。看板もどこか寂れている。一応営業はしているみたいだが、とてもこれで生きていけるとは思えない。お客さんが居たとしても、荒くれ者が似合う店だ。かかわり合いにはなりたくない。
「こんにちはー。」
「ちょっ、四包?!」
思ったそばから堂々と入場していく四包。案の定、屈強そうな男数名に不審な目を向けられる。帰りたい。
「お嬢ちゃん、ここは大人の遊び場だ。子供は帰んな。」
「おっちゃん、ここってどんなところなの?」
「話聞けよおい。」
折角帰り道を与えてくれたお客さんの忠告をガン無視し、店員と思しき人に説明を求める四包。僕はここに長居したくないのだが。その意を汲み取る気はなさそうだ。
「あの的に向かって矢を投げな。上手く当てりゃ良いものをくれてやる。ただし、失敗したら...」
「えい。」
「最後まで聞こうや、嬢ちゃん。」
置いてある矢、ダーツのものに近いそれをスッと投げ、的の真ん中に見事命中させた四包。外すことなど考えていないように、ひょいひょいと投げていく。
そうして5本連続で的の中に収めた四包は、店員さんに振り返り。
「ね、何をくれるの?」
「...」
「おーい、おっちゃん?」
店員さんも、椅子に座っていたお客さんも呆然としている。僕は慣れたものだが、それでも百発百中は驚くべきことだ。
四包はスポーツの天才と言っても過言ではない。その中でも弓道やダーツなど、的を射抜く競技に関してはずば抜けている。まるで的が中心を差し出しているかのように、矢が吸い込まれてゆくのだ。
「す、すげえ。」
「ねえ、おっちゃん。景品は無いの?」
「あ、ああ、ちょっと待っててくれ。」
驚きを隠せない表情で、カウンターの下から景品を取り出す。籠に入ったものの中から好きなものを選ぶようだ。小学校の頃にやった射的みたいで少し笑える。
「お兄ちゃん、何が良い?」
「僕が選んでもいいのか?」
「うん。私が欲しいようなものは無いし。」
「悪いね、男しか来ないと思ってたもんだからよ。」
たしかに、景品の内容としては、よく分からない機械の部品や、知らない言語で書かれた本、錆びついた刀など、使い物にならないガラクタばかり。多少男心を刺激するようなメカニックなものもあるが、実用性は皆無。
「あれは景品ですか?」
「なんだ兄ちゃん、木材なんてものが欲しいのか?」
「あれは店の修復に使う気だったんだが、五本連続なんて妙技を見せられちゃ断れねえな。」
使えないガラクタに代わり、木材を頂いた。これで作りたいものがあるのだ。出来る出来ないは別にしても。
「そういえば、外した場合はどうなっていたんですか?」
「飯を奢ってもらう。」
「俺なんてもう何回負けて奢ったことか。」
わーお、良心的。生活のためには仕方がないのかもしれないが、一気にイメージが崩れた。もっと荒っぽい代償が待っているものだと思っていたのに。
「こんな天才は初めてだ。もう来ないでくれ。生計が立たん。」
「またな嬢ちゃん。今度俺にも教えてくれや。」
「またね、おっちゃんたち。」
「ありがとうございました。」
元々曇っていて薄暗い街が、さらに暗くなってきた。もうすぐ日が落ちるのだろう。
そういえば、先程の人たちの名前を聞いていなかった。周りとの交流は大事だと、母さんに言い聞かされていたのに。
「帰るか、四包。」
「そうだね。」
元来た道を引き返してゆく。今日は時の流れが速く感じるな。それだけこのデートを楽しんでいたということなのだろう。
「お兄ちゃん、この道ね、丁度夕日が目の前に見える道なんだって。亜那ちゃんが教えてくれたの。」
「今日は生憎曇っているけどな。」
「そうなんだよ。残念だね。そうそう、ここで流れ星を見たって言ってたよ。」
「流れ星?」
「そ。結構長い時間見えてたんだって。私も見たかったなー。」
流れ星か。前の世界では、飛行機雲が夕日に照らされて、流星のように見えるということがあったのだが、それとは違うか。この世界に飛行機は恐らく存在しないだろう。
「たっだいまー! はー、楽しかった!」
さて、夕食の準備といこう。鼻歌を奏でながら手を洗い、調理を開始する。今はなんだか気分が良い。
「お兄ちゃんも楽しんでくれた?」
「ああ。とても。」
「良かったあ。」
この機嫌の良さはきっと、今日が楽しかったからなのだろう。口にしてようやく納得がいった。
四包は僕の回答に安堵したのか満足したのか、食堂のテーブルに顔を乗せ、にへらと笑って脱力する。可愛い。癒される。
「ほら、出来たぞ。」
「おー、いい匂い。」
今日の夕飯は鍋。最近肌寒くなってきたからな。お出汁さえ作ってしまえば、野菜を入れるだけの簡単な料理。四包を大して待たせることなく完成した。
夢の世界。布団の上で目覚める。たしか、この夢は父親のものなのであったか。
昨日は泣き疲れて早くに眠ってしまったようだ。今日からは居場所を探さなければならない。いつまでもここに養ってもらうわけにはいかないのだ。
『何の音だ?』
僕には聞こえないのだが、どこかから風切り音がしているらしい。育った環境のせいか、父親の感覚は優れているようだ。
窓の外を見てみると、庭で彼女の父親が竹刀を振るっている。あの速度と力強さは稔君にも引けを取らないだろう。
「坊主、何見てやがる。」
『剣術か。御手並み拝見といこう。』
もう1本置いてある竹刀を手に、裸足で庭へ降りた。片手で竹刀を軽々と持ち、ごく自然体に近い構えをとる。
父親の故郷では、剣を構えて相対した時点で、戦闘が始まるらしい。そのため、鍛錬は孤独に行うものであったようだ。あの集落の中で、父親の実力はトップと言っていいレベルだった。
「なんだ、やるってのか。いいだろう。」
『かかってこい。』
目にも止まらぬ速さで繰り返される攻防。この身体は僕の意思に関係無く、父親の意思で動く。無駄のない動きで相手の攻撃を防ぎ、相手の急所を狙った攻撃を放つ。
この剣術にはきちんとした型がない。よって柔軟な対応が可能になるが、その分だけ反応速度とそれに伴う力が必要となる。しかし、若い父親にはその力が少しだけ足らず、だんだん攻撃に回す余力が無くなっていった。
「ここまでだな。」
『負けを認めよう。この男は強い。』
「やるじゃねえか坊主。もっと力をつけろ。そうすれば俺くらい、すぐに越えられる。」
高い気温の中、荒い息を整える。家の中から足音が聞こえてきた。この匂いからして、朝食ができたようだ。
「うわ、この暑いのに。2人とも馬鹿じゃないの?」
「うるさい。それより朝飯だ。早くしろ。」
『あの玉子はまだか。』
「はいはい。」
朝食を摂り、皿洗いを見よう見まねで手伝う。あの集落では神の子として崇められていたため、こういった家事は初めてだったようだが、筋は良い。僕が認める。
「ありがと。それじゃあここに座って。」
『そこに座ればいいのか?』
座布団をポンポンと叩く彼女に従い、胡座をかく。彼女の傍には絵本やカルタなど、子ども用の学習セットが。
「これで日本語を勉強しよう。」
『この国の言語か。ふむ、これが分からねば会話すらままならないからな。』
そう言って「鶴の恩返し」の表紙を捲ったところで、今日の夢は終わった。何故最初にそれを選んだのかは謎だ。
だが、それによってヒントを得た。いや、ほとんど関係無いのだが、イメージが近いので思いついたのだ。
「これで明日香さんの依頼も完遂だな。」
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