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ポルックス  作者: リア
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73/212

72話 守力

「大丈夫?」



 四包によく似た黒髪の彼女に心配されて始まった今日の夢。窓の側に立ち、唐突に声を荒げた夢の中の僕を憂慮してくれる彼女に、傍観者ながら有難く思う。太陽を見上げて謎の言語で動揺している人は、通報されてもおかしくない。



『どうしてこんなことに。』

「どうしたの? 太陽がどうかした?」



 言語が全く伝わらないのが歯痒い。

 ふと、控えめな大きさのテレビに目が行く。映像が映っていることに驚きの感情が伝わってくるが、それよりも、その映像の中身が驚きだった。思わず小さなテレビに齧り付くように見入ってしまう。



『ここは...ミールの集落?!』



 ニュース番組の報道項目の1つとして映し出された、国際紛争の報せ。ドローンによって撮影された映像には砂埃ばかりが映っているが、隅のほうに建物が入っている。

 あの家は、戦場にて夢の僕を逃してくれた若者の家らしい。ドローンの高度はだんだん下がっていき、激しい銃声が聞こえてくる。その家の壁も崩れてしまった。



「ラムス教国による武力制圧が激しさを増す中」

「どうしたの。ニュースがどうかした?」

『そうだ、俺、逃げてきたんだ。この映像が本物なら、やはりミール族はもう...』



 ショックと疲労の余り忘れていた、絶望的な事実を思い出してしまった。全く意識しない間に目から雫が零れ落ちる。

 胸中には、守れなかった後悔と逃げてきた自分への憤り。忘れてはいけない、これから背負っていかなければならないこの事実を、忘れてしまっていたことへの罪悪感。



「太陽系の外に、水がある惑星が発見され」



 ニュースが別の項目に映っても、動けなかった。この気持ちを耐え忍ぶには、動かずゆっくりと整理していくしかない。2度と忘れてしまわぬよう、胸の内に事実を抱いて。



「大丈夫、大丈夫だよ。何も怖くないよ。」



 ふと柔らかな感触が背を包み、頭に手を置かれて優しく撫でられる。的外れな言葉がけだが、それでも、この渦巻く気持ちを少しだけ穏やかにしてくれた。

 こんな辛い経験をする人が居るのだ。高々足が痛いくらいで、高々卒倒するほど不味いものを食べたくらいでへばっていた自分が恥ずかしい。僕はこの人よりももっと強くならなければいけない。大切な人を守れるくらいに。




 目を覚ました。今の時間はおそらく、いつも起きるより1時間から2時間ほど前。外は暗く、明かりを消されたいつもの部屋には、廊下から魔法の光が少し射し込んでいるだけ。



「足の痛みは...問題無いな。」



 目を覚ました椅子の上で足首を曲げ、痛みを確認する。多少の痛みは残るが、夢の中の彼の苦痛に比べればこんなもの、足枷にもならない。



「お兄ちゃん?」

「四包。起こしたか、ごめんな。」



 いつもなら熟睡している時間のはずなのに、ぱっちりと目を開けて、僕を捉えている。この時間に起きることがわかっていて、それに合わせてくれたかのように。



「お兄ちゃん、お風呂入ってきなよ。」

「ほんとだ。汗臭い。」



 通りでベッドじゃないわけだ。僕だってこんな臭いを四包に嗅がれたくない。昨日全力で雑巾がけをして、結構汗をかいたからな。手には埃か何かの臭いも付いている。



「私も入っていい?」

「こんな時間にか? いつもなら二度寝する時間だろう?」

「そうなんだけどね。なんだか、今はお兄ちゃんと話してたいの。」

「そうか。」



 別に僕から断る理由も無い。いつものように、浴槽にお湯を張ってもらい、服を脱いで頭からお湯を被る。

 肌がジンジンするような、少し高めの温度。ベタつく汗も、朝の眠気も全て洗い流してくれた。やはり起きて最初の朝風呂は心地良い。鍛錬の後のお風呂とはまた違った清々しさだ。



「お兄ちゃん、お湯加減どう?」

「丁度いいよ。だいぶ慣れてきたな。」

「まあね。はぁぁ、あったまるぅ。」



 蕩けそうな顔をして湯船に肩まで浸かる四包。この屋敷のお風呂は広いので、2人共大の字になろうが当たらずに済む。だからといってなるわけではないが。



「ねえお兄ちゃん、もっとそっち寄ってもいい?」

「好きにしろよ、そのくらい。」

「うん。」



 視界の隅に四包の銀髪が映る。極力肌は見ないように。また変態のレッテルを貼られてはかなわない。

 指先がじんわり温まる感覚を楽しみながら、天井を見上げる。蒸気が昇っていくのを何ともなしに眺めていると、四包が口を開いた。



「お兄ちゃん、足とか大丈夫?」

「ああ、このくらい何とも無い。」

「よかった。稔君も心配してたんだよ。」



 あの鬼教官にも慈悲の心があったのだな。しかし、自分でも驚いたものだ。まさか倒れてしまうとは。身体が急激な成長についてこられなくなったのだろうか。



「今日の朝さ、お兄ちゃん、目つきがいつもと違ったよね。」

「そうか?」



 自分でも気づかなかったが、僕の表情に聡い四包が言うならそうなのだろう。



「なんか無理しようとしてる気がするの。今のお兄ちゃんはなんだか、頑張りすぎちゃう予感がする。」

「...」



 実はその予感、正解だったりする。折角早起きしたのだから、リハビリも兼ねて自主トレーニングでもしようかと思っていた。

 我ながら単純な人間だ。夢に触発されて、同じ轍を踏むまいと努力しようとしていた。何に、どうやって大切な人を奪われるかも、そもそも奪われるのかさえ定かではないのに。



「お兄ちゃん、今日はゆっくり休もうよ。まだ食べ物にもちょっとだけ余裕はあるんだしさ。」

「たまにはそれもいいかもな。」

「よし、決まりだね。」



 今、四包に心配されているのだ。オーバーワークしようとしていた自分を止めてくれた。その可愛い妹が、今日は休もうと言ってくれているのに、働く気は起きない。



「どうしてそんなに頑張ろうと思ったの?」

「昨日あれだけ無理をしたら、あとは何をやっても同じかと思ってな。」



 どうも僕には、1度無理をしてしまうと、どこまで行っても同じだと思ってしまう癖があるのだ。

 なかなか本が読み終わらず、1日徹夜したときのこと。2日3日と連続で徹夜し続けてしてしまう事件があった。それによって初めて、授業中に寝るという罪を犯してしまったのだ。その時ようやく授業中居眠りをする人の気持ちが分かった。先生の声が子守唄にしか聞こえない。



「それと、夢に刺激を受けたことも理由だな。」

「どんな夢だったの? そういえば最近甘えてきたりしないね。」

「そうか、最初のときだけしか話してなかったな。」



 戦争の予知、敵を侮ったこと、近代兵器による敗走、それから地球の反対側まで移動したこと、コーンスープの話、彼の集落は潰れてしまったことなど、掻い摘んで話す。

 顔までじんわりと温まってくるのを感じた。そろそろ出ないとのぼせてしまうな。



「お兄ちゃん、それって」

「上がるか。四包、顔が赤いぞ。」

「お兄ちゃん、あのね。」

「どうした? 早く上がらないとのぼせるぞ?」

「その話、きっとお父さんのことだと思うの。」

「...は?」



 何を根拠に? なんでそうだと言いきれる? 僕達は父親に会った記憶すらなく、何も知らないというのに。



「絶対ってわけじゃないんだけどね、お母さんから似たような話を聞いたの。」

「どんな? 僕は聞いていないぞ。」

「そりゃお兄ちゃん、お父さんのこと大嫌いでしょ? それなのにわざわざ言ったりしないよ。」

「ああ、そうだな。それより話の内容は?」

「ある日突然庭に倒れてたって話は覚えてるよ。そんな人がそう何人もいるとは思えないし、多分同一人物。」



 なるほど、ということは、僕は父親の生き方を夢に見ているというのか。

 たしかに、あれが父親の人生だというのなら、それは壮絶なもので、乗り移って見ていた僕も同情できる。しかし、彼奴が僕達や母さんを捨てたことに変わりはないのだ。納得のいく理由が見られるまで、僕は父親を許したりなんてしない。



「難しい顔してないでさ、お兄ちゃん、今日はデートに行こうよ。」

「どうした唐突に。」



 四包は僕に続いてザバッと浴槽に立ち上がり、お風呂ということを忘れているのか、身体を隠そうともせずに提案する。兄とはいえ、もう少しだけ恥じらいを持ってくれ。目のやり場に困る。いつもはもっと隠すようにしているくせに。



「デートだよデート。いいでしょ?」

「まあ、いいか。」



 父親の生き様を見るのは、夜にしかできないことだ。昼は休むことにしたんだった。

 四包が勝手にデートと言っているだけで、実際はお出かけという意味だと思う。休むというと部屋で本を読むイメージしか無いのだが、それは僕の生き方が悪いのか。



「海胴殿ー?」

「おっと、稔君が来たみたいだ。先に出るぞ。」

「うん...うん? きゃぁー! 今裸だった!」



 身体を隠すように湯船に飛び込んだ四包をよそに、身体を拭いて玄関ホールへと戻る。稔君は、僕を部屋まで呼びに行こうとしてくれたみたいで、向かい側の階段を上っていくところだった。



「お待たせしました、稔君。」

「海胴殿、そっちでござるか。何をしていたのでござる?」

「早くに目が覚めてしまったので、朝風呂を。」

「そうでござったか。」



 何か考えるように視線を彷徨わせながら、階段を降りてくる。僕の目の前まで来ると、唐突に勢いよく頭を下げた。



「海胴殿、すまなかったでござる。」

「何がですか?」

「昨日は無茶をさせすぎたかと思い直したのでござるよ。」



 たしかに厳しい鍛錬ではあった。だが、一番最初に感じたトレーニングの辛さに比べれば、まだ耐えられる。トレーニング始めたての頃は全然筋肉がなかったので、今よりも断然苦しかった。



「海胴殿が好きな掃除を急かすような真似までしてしまったのでござる。昨日言っていた鍛錬追加は無しにするので、どうか許して欲しいのでござるよ。」

「ああいえ、何がなんでもしたいというほど好きでも無いので。気にしないでください。」

「そう言ってもらえるとありがたいのでござる。」

「それと、鍛錬追加は構わないですよ。」

「え?」

「少し慣れてきていたところです。鍛錬というのは辛くないと意味を成しませんからね。」



 稔君は少し考えるような素振りをする。まさかトレーニング追加を望むとは思っていなかったのだろう。



「では、海胴殿。今日から剣術の稽古を始めるのでござる。もう体作りは充分でござろう。」



 たしかに、ランニングや筋トレには飽きていたところだ。それに、剣術は誰かを守るのに、より実践的でモチベーションも上がる。



「わかりました。よろしくお願いします。」

お読みいただきありがとうございます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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