69話 雛形
「お二人共!お客様でござる!」
タライを2人で囲んで洗濯している中、稔君が飛び込んできた。今日は訪ねてくる人が多いな。稔君が苦笑いなのが気になるが、とりあえず行ってみよう。
「いらっしゃいませ...え?」
「どうしたんだ、四包。」
扉を開けてすぐ固まった四包。そんなに驚くような人が来ているのか。この世界で僕達が知っている人なんて限られている。教会の人達が忘れ物を取りに帰ってきたとしても、ここまでは驚かないだろう。
「四包、ちょっと進んでくれないか?」
「うん、ごめん。」
「一体誰が...は?」
誰かが倒れている。別に血塗れでも何でも無く、ごく普通に倒れていた。この倒れ方、見覚えがある。というか、昨日も見た。
「祐介さん、何してるんですか。」
「桜介君と仕事に行ったんじゃなかったの?」
「...」
反応が無い。ただの屍のようだ。
「稔君、今日はどうして倒れているんですか?」
「扉の段差につまづいて転けたのでござる。」
「しょうもなっ!」
毎度毎度、この倒れて動かないのをどうにかして欲しい。そろそろ本気で電気ショックを考え始めようか。
僕の思考を読み取ったのか、四包に指示を出す前に起き上がった。心做しか四包が残念そうな表情になった気がする。心の内は僕と同じようだ。
「何の用ですか。桜介君に怒られますよ。」
「ちゃんとした依頼だよ。桜介には秘密なんだけど。」
「あーあ、これは桜介君、カンカンだろうな。」
「カンカンだなんて表現は久しぶりに聞いたでござる。」
確かに、きょうび聞かない。前に聞いたのはいつだろう。幼稚園ぐらいの頃だったか。もしかしたら小学校低学年でも聞いたかもしれない。時代は流れていくものなのだな。
「四包ちゃんに、絵の雛形になって欲しいんです。」
「お兄ちゃん、雛形ってなあに?」
「絵のモデルってことだ。祐介さんは四包の絵を描きたいらしい。」
「俺の趣味は絵を描くことなんだ。それで桜介に四包ちゃんの絵をあげたら喜ぶかと思ってね。」
なるほど、振られたとはいえ、一目惚れをしたような相手だ。写真の一枚でも欲しくはあるのかもしれない。あくまで「かもしれない」だけであって、本当は忘れたい思い出という可能性もあるので、そんな不用意なプレゼントは避けたほうが良いと思う。
それでも、祐介さんが必死で考えて、頑張って作ったものなら桜介君も無下にはしないだろう。
「それで、仕事というからには何かしらの報酬を頂きたいのですが。」
「えーっと、それは...」
「「「じーっ...」」」
「すいません、後払いでよろしいでしょうか。」
3人揃って疑いの目を向けた結果、後払い宣言が出た。天恵は基本後払いだが、この人が言うものはツケに近い。父親としての自覚があるのだろうか。
「まあいいですよ。信用してますからね。」
「ありがとう。それじゃあ早速、四包ちゃん頼むよ。」
「待って! この格好で絵を描かれるの?」
「何か問題があるのか?」
「大ありだよ! 恥ずかしいじゃん! 着替えてくる!」
スタスタと歩いて行ってしまった。先程まで洗濯の真っ最中であったので、袖や胸の辺りに少し水が撥ねているが、そこまで気にすることだろうか。まあいい、身嗜みに気を使うのは良いことだ。それにそろそろ...
「お兄ちゃーん!」
「はいはーい。すみません、ちょっと席を外します。」
「きちんと着付けてあげるでござるよ。」
ほら来た。四包は高校に入るまで、衣服に対して頓着が無かったのだ。高校生になって周りの目を気にするようになってから、ようやくオシャレに目覚めた。それでもその知識は一般の女子高生とは比べ物にならないほど少ない。そのため、僕が雑誌で研究してアドバイスすることが多々あった。今回もそのパターンだろう。
「お兄ちゃん、着る服が少なすぎるんだけど...」
「そりゃあ洗濯しているからな。」
「これでどうやって着飾ればいいの。」
残っている衣服は白いリネンのワンピース1着のみ。それに前の世界から持ち込んだ数種類のアクセサリー。たしかにどうしようもない。
「いいじゃないか。ワンピースだけで。四包はそれだけで十分可愛い。」
「かわいっ...って、じゃなくて! 少しでも綺麗に見られたいの!」
「そもそもどうしてそこまで拘るんだ。」
「だって一生残るかもしれないんだよ? 後の世の人に見られるのがこんなにだらしなかったら嫌でしょ?」
「たしかに。」
何気ない写真程度に思っていたが、前の世界でもあったことだ。何百年も前の絵が見つかるなんてことも有り得るし、そのときにこの有様では格好がつかない。
「よし、とりあえずワンピースを着てみろ。そこからアレンジを加えていく。」
「了解! スポッと。」
服の上からワンピースを被り、中の服を脱ぎ捨てる。これも洗濯だな。
さて、今の状況で言えば真っ白な布を纏っただけ。模様も何も無いので、描くには簡単だが、もう少しだけアクセントが欲しい。
「四包、ちゃんとポーチも整理しろって前から言ってたよな。」
「ごめん、お兄ちゃん。それは後で怒られるから今は早く。」
ガサゴソと中身を漁る。小さなポーチに反して中身は結構沢山あるようだ。取り出したのは青いリボン。使えそうだと思って引き抜いていくと、これが驚くほど長かった。だいたい1メートルくらい。一体何のつもりで入れたのかは謎だが、今はこれが使える。
「四包、じっとしてろよ。」
「うん。...ってお兄ちゃん! どこ触ってるの!」
「動くなよ。ズレるだろ。」
「あっ! 今胸触った!」
「お前が動くからだろ。じっとしてろって。」
胸の下の位置にリボンを巻く。こうすることで、控えめではあるが女性的な膨らみを強調することが出来る。正直、これが無ければぺったんこに見えていたところだ。
「もぉ、お兄ちゃんの変態!」
「何も感じなかったからいいだろ。」
「失礼!」
「痛い痛い。」
頬を抓られる。本当に布の感触しかしなかったのだからしょうがないだろう。蝶々結びの結び目を鳩尾の辺りに持ってきて、出来上がり。
これで少しマシになった。あと帽子なんかがあれば良いのだが、屋内であるし、そもそも帽子が無い。
「お兄ちゃん、これなんかどう?」
「またリボンか?」
「違うよ、青いシュシュ。」
白いワンピースに青いリボン。白い髪に青いシュシュ。色彩の対比的にはバッチリだし、これでいいか。
「あ、でもポニーテールにすると見えなくなっちゃうか。」
「サイドテールにでもしたらいいんじゃないか?」
「サイドテール?」
「ちょっと貸してみろ。こうやってやるんだ。」
サイドテールとは、側頭部の片側だけで髪を結んだもの。ツインテールの片方だけバージョンだと思っていい。位置を整えて...っと。
「よし、これでバッチリだ。」
「ありがと、お兄ちゃん。じゃあ行ってくるね。」
「おう、しっかり描かれてこい。」
パタパタと階下へ降りていく。四包の絵は応接室で描かれることになっており、その間僕と稔君は暇になる。洗濯の続きでもしておくか。
「それじゃあ四包ちゃん、ここに立って。」
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